「兵長、寝るならソファで寝て下さい。……兵長、」
「………あ…?」


夜中に目が覚め、まだ灯りがついている事に気づき体を起こすと兵長がイスに座ったまま寝ていた。私はベッドから出てそれに近づき声を掛ける。すると兵長は薄っすら目を開いた。


「…ソファでちゃんと、寝て下さい。」
「………、」
「兵長?」
「……あぁ、なんだ……夢か…」
「…え?夢見てたんですか?」
「、ああ……お前の、夢見てた」
「……え、」


兵長はそう言って、眠そうな顔で腰を上げる。


「…もう少し寝る。」
「……、」
「お前もちゃんと寝ろよ、」
「………あ、はい……。」


ドサリとソファに寝転ぶ背中を見ながら、私は胸の辺りの服をきゅっと掴む。


「……。」


何だ今の。

胸がキュンてなった。


私は少しそわそわしながらベッドに戻り、兵長が見えないようにそっちに背中を向けて横になる。ぎゅっと毛布を握り、体を丸める。

私だって兵長が夢に出てくることなんか普通にあるし、別にだから何だって感じだけど。今更そんなの、大した事じゃないし。こんだけ一緒に居たら夢にくらい出てくるのなんか当たり前といえば当たり前だろうし。本当に大した事じゃない。 …のに。


「(なんだ、これ…。)」


私は胸を押さえながら、ぎゅっと目をつぶった。





「………。」


朝になり目が覚めると、兵長はすでに起きていて、ベッドの上に座りぼーっとしている私に起きたか、と声を掛けてきた。私はこくりと頷き、目をこする。

それから顔を洗って、兵服に着替えた。


「…兵長、スカーフ、やってください。」
「……ああ。」


私は兵長にスカーフを渡し、それを巻いてもらう。


「……。」
「……」
「……。」
「……」
「……。」
「…何だよ。ジッと見つめてくんな。」
「……、」


やってもらっている間その近い距離で私は兵長の顔をジッと見つめる。すると目が合い、やめろと言われた。


「…兵長、昨日の夢、覚えてますか」
「あ?夢?」
「はい。……私の夢、見たって言ってたじゃないですか」
「……は?言ったか?そんなこと」


スカーフを巻き終えた兵長は手を下ろす。そしてそのまま離れる事なくその距離のまま話す。


「言ってたじゃないですか。起こした時」
「………あぁ…そうだったか」
「…はい。どんな夢だったんですか?」
「……覚えてねぇな。」
「え、覚えてないんですか」
「だがまぁ…大した夢じゃなかった気がする。」


普通の顔でそう言って、私から離れてイスに腰掛けた。


「……。」


私は巻いてもらったスカーフに触れ、黙る。

別に胸はなんともない。昨日のあれは、何だったんだろう。ただの気まぐれだったのだろうか。…何でキュンとしたのか。私の胸はどうしたのだろう。

私は腕を組み首をひねらせ、うーんと考え込む。


「…何してんだ。お前」


するとそれに気づいた兵長が訝しげな顔で私を見る。


「…え、あ、いえ…ちょっと。」
「……。」


はっと顔を上げ、何でもないですと言って私もそそくさとイスに腰掛けた。


「……。」


しかし私は何がそんなに嬉しかったんだろう。兵長の夢に私が出てきたことがそんなに嬉しかったのか。なぜあのタイミングでキュンとしたんだ。よく分からない。


「…兵長。」
「…何だ」


何やら書類に目を通している兵長の瞳を見つめながら、私は聞く。


「兵長は、私のこと好きなんですよね?」


すると、紙を捲っていた兵長の動きがぴたりと止まる。

そして顔を顰めて私を見た。


「あ?何だいきなり。」
「いや、なんとなく…」
「なんとなくで朝っぱらからそんな事聞くんじゃねぇ。」
「だって、聞きたくなって」
「何でだよ。…ようやく俺に惚れでもしたのか?」
「……それは分からないですけど…。」
「だろうな。チッ、ふざけやがって」
「……でも兵長、聞きたいんです。私のこと、好きなんですよね?」
「………。」
「……」
「…………好きだが」
「……。そう、ですか」
「オイそうですかって何だよその返答は。もっとマシな事言えねぇのか。このグズ。」


兵長は、私を好きでいてくれている。その事実は十分わかっている。だけどそのことでドキドキする事はない。

私は今まで、兵長と居てドキドキしたり、胸がキュンとなったりしたことが、あまりない。なのに、それなのに昨日の、たったあれだけのことで胸が鳴いたのは、なぜなのだろうか。謎だ。
私が過去、兵長に胸の高鳴りを覚えたのは、……そう、初めて兵長の立体機動を見た時だ。あの時私は高揚した。今でもはっきりと覚えている。私はあの時からずっと、兵長に憧れているのだ。





『兵長!リヴァイ兵長!!!どうやったら兵長みたいに飛べるんですか!?なにかコツとかあるんですか!?心がけていることとかありますか!?普段何食べてるんですか!?どうしたら兵長のようになれますか!?いろいろと細かく教えてください!!』
『……うるせぇよ。一気に喋ってくるんじゃねぇ。』
『私、知りたいんです!!』


兵長のように飛べたらと思うだけで、私は胸のドキドキを抑えられなかった。でもそれは、兵長にドキドキしていたわけではなく、ただ自分があんなふうに飛べたらと想像して高ぶっていただけだった。最初兵長を見た時にドキドキしたのは、兵長に対してだったと思うけど。


『あんたまたリヴァイ兵長のとこ行ってたの?懲りないね。』
『懲りないよ!だって兵長の立体機動って本当にすごいんだよ!?すごいよ、動きがすごいんだよ!私もあんなふうになりたい!』
『分かったから落ち着きなって。リヴァイ兵長の班に入ってから本当に騒がしいなナマエは。』
『だってすごいんだもん。兵長はすごいんだよ。…あのね、なんていうか本当に、すごいの。』
『さっきからすごいしか言ってないけど』


私はいつも同じ部屋の同期の仲間にそう言っていた。みんな呆れていたけど。


『でもリヴァイ兵長ってなんか怖くない?』
『あ、分かる。近寄りがたいっていうか。』
『そう?考えたこともないけど』
『勇者かあんたは』
『なんか目つきとか鋭いよね』
『そうそう。』
『なんかいつも機嫌悪そう』
『そうそう。』
『あと小さい。』
『そうそう!』
『そんなのはどうでもいいよ!私はリヴァイ兵長の立体機動の話をしてるの!たとえ兵長がタレ目とか高身長だったとしてもそんなことは関係ないよ!』
『タレ目って。』


兵長の動きに、巨人を倒す技術に、ただただ憧れた。それだけだった。


『今日も兵長は弟子にしてくれなかった…。』
『いい加減諦めたら?』
『それは無理!弟子入りして、兵長みたいに飛びたい。教えてもらいたいの。そして巨人を殺しまくるの!ブワーって!ズバズバ!って!』
『…ていうか、何でナマエはそんなに前向きなの?巨人を倒すことに。』
『え、だって巨人と戦うのが好きだから。』
『…ほんと理解できないわ、それ。』
『生きてる!って感じするでしょ?』
『いや生きてるっていうか恐怖しか感じないよ。私は』
『…じゃあ一緒に兵長に弟子入りしようよ。』
『なぜそうなる?』
『そしたら今よりももっと強くなって、そしたら戦うのも怖くなくなるかも!』
『……ないわ。多分。ていうかリヴァイ兵長に弟子入りとかキツそうでやだ。』
『えー』


私が行くと兵長はいつもめんどくさそうだったけど、でも無視とかはしなかった。だから私も調子に乗っていたんだと思う。


『今日も弟子になれませんでした。』
『もういいよその話は。黙ってパンを食べろ。』
『冷たい!』
『だってしつこいんだもんナマエ…。本当もう諦めなよ無理なんだって』
『えー……。』
『…ていうか、もしかしてあんたリヴァイ兵長のことが好きなの?』
『…え、何で?』
『いやだってめっちゃしつこいし。最近リヴァイ兵長のことばっかだし。』
『いやいやそんなんじゃないよ?兵長は憧れなの!尊敬してるの!ただそれだけ!』
『…ふーん。』


最初は、なんとも思ってなかった。本当に憧れているだけで、それ以外の感情はなかった。

兵長は弟子にはしてくれなくて、でも私を犬みたいだと言った。それがすごく、嬉しかった。


『ねぇねぇ聞いて!』
『はいはい。今日も弟子になれなかったんでしょ?残念だったねー。』
『いや違うの!そうじゃなくて!』
『…何よ?』
『私、今日から兵長の犬になることにしたから!よろしく!』
『……は?』
『本日をもちまして私は弟子になることを諦め、しかしそのかわりに兵長の犬になりたいと思いまーす!いえーい!』
『…とうとう頭がおかしくなったか。何を言ってるのかマジで分からない。』
『え、だから、犬になるの!』
『正気?』
『正気正気!』
『だとしたらそれはそれでおかしいでしょ。何なのよ犬って。』


兵長は私にスカーフを巻いてくれた。もうその頃には、ただの憧れだけじゃなくなっていた。


『…あれ?ちょ、ナマエ何それ』
『え、なにっ?んふふっ』
『………ついにリヴァイ兵長の真似までしだしたか…。痛い子…』
『え、なにっ!?その哀れんだ目!』
『…それ。そのスカーフ。リヴァイ兵長を意識してんでしょ?』
『……ふっふっふ…。違うよ。これは、兵長が自ら私に巻いてくれたのです!ふはははっ!』
『…駄目だこいつ。ついに妄想癖まで…。』
『いや違うって本当に!現実の話だよ!?兵長がくれたの!!えへへっ!』
『……マジで?』
『マジで!!めちゃくちゃ嬉しかった!!ヤバかった!!』
『……え、なに?リヴァイ兵長と付き合ったってこと?』
『え!?いや違うよ!兵長の犬って事を認めてもらえたの!!』
『は?』
『嬉しすぎるよねー!!』
『……。本当にそれでいいのか、あんたは。』
『いいに決まってるじゃん!!やっと正式な犬になれたんだよ!?』
『言ってる事はともかくいい笑顔だな…。』
『んふふっ、兵長大好き!!』
『しかも好きじゃないんじゃなかったの?』
『っいや、もう私はこれからずっと兵長の犬として生きる!側に居たい!!』
『…あ、そう。がんばって。(もうほっとこう)』
『うん!!ありがと!!』



私はいつの間にか兵長のことが大好きになっていた。弟子にして下さいと言って関わっているうちに、兵長と居るのがただ楽しいと感じるようになっていた。だから、犬でも何でも側に居れたらそれでいいと思った。

それからはいつの間にか兵長と居ることがだんだんと当たり前になってきて、側に居れることが“普通”になった。兵長に命令されて、それに従うことが日常となった。だからそれは嬉しかったけど、それにドキドキすることはなかった。何をされても。
つまり私は、兵長と居ることに慣れていたのだ。慣れきっているのだ。だから、好きだと思ってもらえることさえも、「そうか」と当然のように受け入れてしまっているんじゃないだろうか。
だって、嫌いな相手を自分の部屋に入れるわけがない。抱くわけがない。私はずっと兵長に、どちらかと言えば好かれているのを分かっていた。だから改めて「好き」と言われても、そこまでドキドキしなかったのかもしれない。

私だって、兵長のことを「大好き」なのは当たり前で、普通のことになっていたから。

なのに今になって、兵長が私の夢を見たと言ったくらいで、胸が高鳴った。たったそれだけのことで。


「……。」


寝ている時ですら、兵長の無意識の中にさえも、私の存在があるということが……それが、私は。


…嬉しい、……のか。


そっか。

別にただ、それだけなのかもしれない。理屈なんか…ないのかもしれない。


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