「なぁハンジよ」
「ん、なに?」
「……最近、アイツ変わったと思わねぇか」
「え、ナマエのこと?」
「ああ。」
「…んー……そう?」
「明らかに。」
「そうかな?まぁリヴァイとまた居るようになって元気にはなったと思うけど。あ、あと前よりも落ち着いたよね。犬っぽくなくなった。」
「…そうじゃねぇ。」
「え?…じゃあ何なの?」
「……アイツ、」
「うん」
「……あんなに笑顔可愛かったか?」
「………。え?」
「あんなもん、向けられたらたまったもんじゃねぇぞ。」
「……。」
「明らかに変わっただろ。あれは。」
「……いやそれは…ナマエというより、ただ単に君の見方が変わっただけだと思うけど。(何言ってんだこいつ)」







兵長は、私のこの気持ちは恋じゃないと言った。
兵長は、もっと縋りつくくらいの根性を見せろと言った。

もし兵長に恋をしてたら、私は兵長に縋りつくのかな。兵長があの時のように私を拒んでも、それでもそれを受け入れずに嫌ですと言い張るのだろうか。私を好きになって下さいと、そう言うのだろうか。ずっと、何度でも。


「……、」


恋とか、愛というのは、そういうものなのだろうか。無理だと言ったその気持ちを受け入れて、共に居ることを諦め相手の幸せを願うことは、おかしいのだろうか。間違っていたのかな。

…でも、少なくとも兵長は、それは違うと思っているのだ。兵長のようにもっと求めろと言うのだ。ちょっと拒んだくらいで、諦めるな、と。

兵長は、情けなくても、惨めでも無様だとしても、私が欲しいと、そう言ってくれた。その気持ちは力強くて真っ直ぐで、すごいと思った。私にはそれが出来なかった。でも兵長は、自分が無茶苦茶なことを言っていると自覚しながらもそれを私に伝えてくれた。向き合ってくれた。
だけど私は兵長と向き合いもせず、…逃げた。兵長から逃げた。…そういう事に、なるのだろうか。私が星に願ったあの想いは、ただの逃げだったのだろうか。


「………。」


なんだかワケが分からなくなってきて、テーブルに顔を伏せる。

私は今日休みで、だから兵長の部屋で一人いろいろと考えているけどもう何が何だか。ただ自分が不甲斐なく思えて深いため息が出る。

空気が重くて、私はそれを変えたくなり外に出ることにした。





「あ、ナマエ。おはよう!」

「………ハンジさん。おはようございます、」


外の空気を吸い、晴れた空を見上げながら少し過ごし、兵長の部屋に戻ろうとすればその途中でハンジさんと会った。声を掛けられ、足を止める。


「あれ?どうしたの?なんか元気ないね」
「…あ、いえ。そんなことは……」
「リヴァイとのことで何か悩んでるの?」
「……、」


ハンジさんは少し心配そうな目を向ける。私は思わず目を伏せた。兵長は、自分で考えろって、言ってた。…だから、自分で考えないと。
私は顔を上げ、ハンジさんを見つめる。


「大丈夫、です。ちゃんと、一人で……考えなきゃいけない、ことなので」
「……そう?」
「はい。…でも、ありがとうございます。なんだかハンジさんにはいつも気にかけてもらってて…すみません。」
「いや謝らないでよ、私が勝手に首突っ込んでるだけだから!」


謝ると、ハンジさんは笑顔で私の頭をポンポンと撫でた。……いい人だ。


「そういえばナマエ今日は休みだろ?」
「あ、はい」
「これからの予定は?何かするの?」
「いえ、特には…」
「そっか。……じゃあさ、私の部屋においでよ!」
「……え?」


そう言って私の手を掴み、ハンジさんは返事も聞かずに歩き出す。私は肯定も否定も出来ずそのまま引っ張られる。そして何をするのだろうと疑問を浮かべながら、とりあえずそれについていった。





「いや〜ありがとう!助かったよ!」
「いえ、お役に立てて良かったです。」


あれからハンジさんの部屋へと連れて行かれ、お手伝いをする事になった。と言ってもハンジさんが調べた巨人の実験の資料を整理するという単純な作業だったけど。なぜかいつの間にか散らかってしまうと言って、それを纏めるのを手伝ってくれと言われたのだ。あとはそのついでに他の資料や本の片付けもしておいた。


「しかも掃除までしてもらっちゃって。悪いね」
「…私、いつも兵長と居るので、部屋が片付いていないと落ち着かなくて…… あ、でも汚いとかそういう意味ではなくて!あの、アレですよね、ハンジさんは実験とかいろいろと調べたりする事が多いから…散らかっちゃうんですよね」
「ふは、いいよ別に。リヴァイにもいつも片付けろって言われてたくらいだし。それよりお礼にお茶淹れるから、飲んでいって?お菓子もあるから!」
「え、そんな、いいんですか?」
「もちろん!本当に助かったし。ほらほら、座って?」
「…あ、ありがとうございます」


それからハンジさんは紅茶を淹れてくれて、お菓子も用意してくれた。私はそれを頂きながらほっこりしていると、ハンジさんは口を開く。


「でさ、リヴァイとはどうなの?」
「……え?」
「…なんか恋するーとか言ってたでしょ?それは出来そう?」
「………、」


ハンジさんのお手伝いをしている間、そのことに集中していたのですっかり頭から抜けていた。おかげで気分転換も出来たけど、私はちゃんとそれを考えなければいけないんだった。


「…リヴァイはさ、もう本当に君に惚れてるみたいだけど、ナマエは?大好き、とか言ってたよね?」
「……はい。私は兵長のこと…大好き、なんですけど…。」
「でもそれは恋じゃないって言われたんだっけ」
「…はい……。」
「ナマエはどう思うの?」
「え?」
「恋じゃないっていうのはリヴァイに言われたんでしょ?でもナマエ的にはどうなの?恋じゃないと思うの?」
「……私は……、」


恋じゃないと言われた。だからそう思っていた。この気持ちが恋なのか何なのか、私にはよく分からなかった。


「…よく、分からなくて…」
「…でも大好きなのは本当のことなんだよね?」
「それは、はい…そうです。」


大好きだけど、恋じゃない。それ以上の愛を知れと言われた。……だけど私はそれが、分からない。


「ナマエはさ、前に…リヴァイに愛されたいわけじゃないって、言っていたよね。覚えてる?」
「……はい」
「今はどうなの?今もリヴァイに愛されなくてもいいって、思う?」
「………、」


どうなんだろう。

私は兵長と居れたらそれだけで良かった。愛されたいわけじゃなかった。側に居れたら、それだけで。
今でも、愛がなくても兵長の側にさえ居れたらそれでいいのか?


「…分かりません…。」


私は、兵長の何になりたいんだろう。


「そっか。」
「……。」
「…まぁ他にもさ、私で良ければ何でも聞くよ?ナマエの思ってること、ぜんぶ喋っちゃいなよ。吐き出しちゃえ!」
「………でも、兵長が、ちゃんと自分で考えろって…。」
「いいよいいよそんなの。気にしない気にしない。」
「……。」
「それにこれは私が勝手にしてることだから。手伝ってもらったお礼に、ハンジさんが何でも聞いてあげよう!」
「……、」


あぁ、そっか。これは、その為に…。

私はそれを察し、ハンジさんの優しさに気づいた。私は拳をきゅっと握る。そしてその優しさを有り難く受け入れ、話を聞いてもらうことにした。


「……私は、兵長と離れてから…それまで兵長に甘えていた自分が嫌になって…だから、それ以上兵長に迷惑かけたくなくて、私はもう兵長と一緒に居れなくてもいいって……離れたくなかったけど、…でも、そう思ったんです。」
「うん。」
「私じゃ兵長を理解することが出来ないから、だから他の人と幸せになってくれたらそれでいいと思いました。私は……兵長が寂しくないのなら、その相手は私じゃなくても、それでいいと、思いました。」
「…へえ…。」
「だから私は兵長と居ることを諦めて、ただ兵長の幸せを願っていようと思いました。…でも、兵長は、願うくらいなら自分で叶えろと、言いました。それくらいで諦めるなと…そう言うんです…」
「…リヴァイらしいね。」
「私は、兵長を傷つけたくなくて…でも、兵長はそれでもいいと言うんです…たとえ傷つけられてもいいって。…でも私はそれが、嫌、で。だから、離れることも受け入れられた。でもそれは、ただ逃げてるだけで…ダメなことだったのかなって……。もっと兵長に縋りつければ、それが愛なのかなって……でも、それも、よく分からなくて…。なんか、もう…ワケが分からなくなってきて…。私、どうしたらいいんでしょう…」


もう何をどう思っているのかさえも分からないくらい、頭の中がこんがらがっている。話しながらも何を言っているのか、ちゃんと伝わっているのか、分からない。
だけどハンジさんは私の気持ちを聞いて、頷いた。


「ナマエは多分、前よりもちゃんとリヴァイのことを考えられるようになったんじゃないかな。」
「……え、」
「恋とか愛だとかは置いといて、ナマエはリヴァイのことが大好きで、一緒に居たいのに、それでも自分のことよりもリヴァイのことを優先して考えて離れることを選んだ。リヴァイを傷つけてしまうかもしれないから、それが嫌だった。何よりもリヴァイの幸せを願ったんでしょ?それって、なかなか出来ることじゃないと思うけど。」
「……。」
「身を引くことが、愛じゃないとは私は思わない。」
「……っ、」


その言葉は、今まで悩んでいた私の心をすっと晴らすような、そんな言葉だった。


「どうでもよくなって諦めるのと、相手のことを想って身を引くのは、違うと思う。ナマエはリヴァイのことがどうでもよくなったわけじゃなかったんでしょ?」
「は、い…」
「離れたくないのに、大好きなのに、身を引いた。でしょ?」
「……はい…」
「…なら、すごい事だよ。それは」
「……そう、でしょうか…。」
「リヴァイはさ、ああいう性格だから、好きなら何が何でも手に入れろみたいな事を言うかもしれないけど、ナマエにはナマエの考えがある。想いがある。それは違って当然だよ。愛だってかたちは人それぞれなはず。だからリヴァイの言う事が全て正しいわけでもないと思うし、ナマエはその考えだけに囚われる事はないと思うよ?」
「……、」
「リヴァイが恋じゃないと言ったからって、そんなの分からないじゃないか。その気持ちは恋かもしれない。それは、ナマエにしか分からないことだよ?」


ハンジさんの言葉に、なんだか泣きそうになった。

私は分からなかった。身を引いたことが、間違っていたのかと思っていた。縋りつけなかったから、それは愛じゃないのかと思った。でも、それもひとつの愛のかたちなのだと、そう言ってもらえたことで気持ちが晴れた。ハンジさんの言葉は、私の胸に響き渡る。


「……ハンジさん、」
「ん?」
「…ありがとう、ございます。」
「…私は思ったことを言ってるだけだよ。結局答えは全部、ナマエの中にあるんだからね。」
「……はい」
「ナマエは今多分、リヴァイのことを考えすぎなんだよ。相手のことを一番に考えられるのは素晴らしい事だと思うけど、自分の気持ちもちゃんと知っておかないとね。」
「自分の、気持ち…」
「そうそう。リヴァイがどうとか、そういうの全部取っ払って考えてみたらいいと思う。自分の本当の気持ちは、何なのか。」
「……」
「ナマエは今自分に自信がないだけなんじゃない?本当に自分がリヴァイと居て幸せにできるのかなって思ってるんでしょ。ずっと傷つけずに居られるのかなってさ。」
「……、」
「でもさ、どうせあの様子だとリヴァイは何があってもナマエを好きでいると思うし、だから一旦そんな細かい事は考えずに自分がどうしたいのかを優先して考えてみなよ。…まぁ答えはもうとっくに、出てると思うけどね。」


兵長のことより、私がどうしたいか?

ハンジさんがそう言った時、いきなり部屋のドアが開き、ハンジさんと二人でそっちを見る。するとそこには、兵長が居た。


「……、」
「あれ、リヴァイ。どうしたの?」
「…兵長、」


兵長は私を見ると、眉を顰めた。


「…何でお前ここに居る」
「え、…えっと、……」
「ナマエにはちょっと資料を纏めるのを手伝ってもらってたんだよ。で、そのお礼にお茶をごちそうしてたところ。」
「あ?コイツは今日休みだ。なのになぜそんな事を勝手にさせてやがる。てめぇ。」
「あぁ、そうだよねごめんごめん。」
「っあ、いえ、違うんです、私もその、やる事がなくて暇してたので、それで…」
「だからってわざわざメガネの手伝いをする必要はねぇだろうが。」
「…いや…でも…その」
「はいはい分かった分かった。ちゃんと返すから、そんなに不機嫌にならないでくれよ。もう」
「……。」
「ナマエ、ありがとうね。もう戻っていいよ」
「…あ、いえ、こちらこそ…ありがとうございました、…本当に」


お礼を言うとハンジさんは笑顔で頷き、またお茶しようと言ってくれた。すると兵長は私の首根っこを掴み、歩き出す。


「わっ、ちょっ、兵長っ、!」
「行くぞ。」
「っあ、いやちょっと待って下さい私まだカップ片付けてないっ!」
「あはは、いいよ私やっておくし。気にしないで〜」
「いやそんなわけには!……へいちょうっ!ちょっと!」
「うるせぇ黙れ。」
「そんなっ!」


兵長は歩を一切緩めることなく私を引っ張っていく。私はそれに逆らうことが出来ずにそのまま手を振るハンジさんの部屋から連れ出されてしまった。


そして兵長の部屋へと連れ戻された。



「…てめぇハンジと何してたんだよ。」
「え、だからお手伝いを……」
「チッ。…んなことしなくていい。休日が何の為にあるのか分かってねぇのか」
「……すみません。……でも、」


謝りながらも私はさっきまでの話を思い出す。

ハンジさんと話せて良かった。少し、開けた気がした。そのおかげで私はまた一歩進めそうな気がしている。


「お茶、おいしかったです。」


一人で考えていた時よりも軽くなった心が嬉しくて、そう言って兵長に微笑む。すると兵長は眉間のシワを深くさせ、嫌そうな顔をした。


「…あ?俺の淹れる紅茶よりも、か?」
「 え、」
「何なんだその嬉しそうな顔は。気に食わねぇ。あんなメガネの淹れる紅茶が俺のよりうまいわけがない。」
「…や、でも、おいしかったですよ?」
「ふざけるな。」
「いやふざけてないですよ…でも兵長の淹れてくれるお茶ももちろんおいしいですよ?」
「そんなもん当たり前だ。」
「……。ていうか兵長…ハンジさんに用があったんじゃないんですか?いいんですか?」
「……ねぇよ。俺は、お前を探していた。」
「…え、そうだったんですか?」
「部屋に戻ったらお前の姿がなかったからな」
「あ、そうなんですか…ごめんなさい。」
「……。」
「それで…何でしょう?」
「…あ?」
「え、だから……何かあったんじゃないんですか?私に」
「………別に何もねぇよ。ただ二、三回覗いてもお前がここに居なかったから、探しただけだ。理由はない。」
「……、」
「…何だ、悪いか」
「……。」


兵長はそう言って、背中を向け部屋を出て行こうとドアノブを握る。仕事に戻るのだろうか。


「…兵長、」


私はそれを呼び止め、すると少し開いたドアを止めゆっくりと振り向く。


「……、」
「…ここで待ってるので、出来たら早く戻ってきて下さい。兵長と、お茶したいです」
「………。」


そう言えば、兵長は黙り、そしてその場から動かず人差し指をくいくいっと曲げ、私を呼ぶ。


「…何ですか?」


そのまま言う通りに兵長に近づけば、その手が私の顔へと伸びてくる。


「うっせぇ、バカ。」


そしてそう言われなぜかおもいっきりでこぴんをされた。


「ッ?!……っ、え、っな、ナンデ!?」
「…大人しく待ってろ。」


ワケが分からず目を見開きながら兵長を見つめると兵長は口元を緩め、そしてそのまま部屋を出て行ってしまった。

部屋が静かになる。


「………痛い。」


私は一人残されおでこを押さえながらつぶやく。



「……っふ、」


そして私も口元が緩んだ。

きっと兵長は早く戻ってきてくれるだろうと、そう思いながら私はとりあえずソファに座った。


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