夢を見た。 リヴァイさんが森の中みたいなとこを一人で歩いてる夢。足を進めていると歩いてる方向ではなく少し逸れた草むらの中に、落ちている何かを見つけ足を止めるリヴァイさん。それが何なのかは分からなかったけど、そっちの方に近づいていく…というそれだけの夢だった。今回はその短い部分しか見れなかった。 だけど私には、その落ちている“何か”がとても重要なもののように思えた。何なのかは見えなかったしなぜだかは分からない。 ただ直感でそう思った。 「………、」 私は目を覚まし、今回見た夢のことを思い浮かべる。 リヴァイさんの夢はいつも断片的で時間もバラバラ。だから決まって前回の続きが見れるわけではない。 今まではなんとなく、記憶の全てを取り戻さなきゃと思っていたけど、でも考えてみれば“その日”の全部を思い出さなくても“その瞬間”の記憶さえ見れたらそれでいいんじゃないか。 よく分からないけど、“その瞬間”のことさえ思い出せれば。 だからきっと全てを思い出す必要はないのかもしれない。ただその瞬間に何が起きたのかさえ分かれば、それが帰る為の何かに繋がるんだと思う。 「……。」 それが分かるのはあと少しだったりするのかな。 リヴァイさんとの残り時間は思ってるよりないのかもしれないと、なぜだかそう感じる。 横になったままゆっくりと隣を見るとリヴァイさんがこっちに背中を向けて寝ていて、その姿をそのまま黙って見続けた。 ◇ 「……、」 「…おはようございます」 「… あぁ…。起きてたのか…」 少しするとリヴァイさんも目を覚まし、私を見るとゆっくりと体を起こした。それに釣られるように私も体を起こす。 「体はどうですか?」 「…ああ、もうわりと平気だ。」 「そうですか。良かったです。」 「悪かったな…更に面倒かけちまって。」 「そんなことないですよ。それにきっと疲れも溜まってたんでしょう」 「……、」 私はあとどれくらいリヴァイさんと過ごせるんだろうか。 あと何回、こんなふうにリヴァイさんと朝を迎えられるんだろう。 リヴァイさんが居るのがもう当たり前になっていて、私の前から居なくなるなんてそんなのありえない事のように思える。…ありえないのは異世界から人が来るというこの状況の方なんだろうけど。 「…どうした?」 「………、」 この出会いには、何の意味があるのだろう。 「…リヴァイさん、」 「…何だ?」 どうして私達は出会ったんだろう。 「…今日は私…休みなので、ずっと一緒に居れますよ。」 「……。」 「…良かったですね。」 「てめぇ……喧嘩売ってるのか?」 「っふ…… いえ、まぁ嬉しいのは私の方なんですけどね。」 「………。」 顔を顰めるリヴァイさんに意地悪く笑いかけ、ベッドから出た。 ◇ 「…オイ、ナマエ。」 「んー…?」 「掃除機をかける。どけ」 「……へーい。」 休みとはいえやる事のない私達はお昼を食べてからも特に何もせず過ごしていた。 床に座り込みぼーっとテレビを眺めているとリヴァイさんがいつものマスク+三角巾のスタイルになっていて、掃除機を手に取った。 今のやり取りは完全にお母さんと娘だなと思いながら私は邪魔にならぬようソファに移動して、掃除機をかけるリヴァイさんの姿を見つめる。 「……ねぇお母さん、」 「誰がお母さんだ。お前を産んだ覚えはない。」 「ふは、 …病み上がりでそんなに動いて大丈夫ですか?」 「…あれだけ寝ていたんだぞ。むしろ体を動かしたい。」 「そうですか…大丈夫ならいいんですけど」 夢のことはお昼を食べる前に伝えた。相変わらず私が見た通りの部分しか思い出せなくて、リヴァイさんが落ちていた“何か”を思い出すことはなかった。 私はソファに横になり、天井を見つめる。 「……。」 森の中を歩いていたリヴァイさんは立体機動装置を身につけていた。 今まで見た夢の中ではあれをつけていない状態の時もあった。でもリヴァイさんはこの世界に来た時立体機動装置を身につけていた。という事は少なくともそれをつけている時に何かがあったわけで。そうなると今日見た夢のあとに何かが起きて、それでこっちに来てしまったという可能性も十分ある。 あの、落ちていた“何か”が気になって仕方ない。リヴァイさんはあれを見つけ、近づいていっていた。それを手にして、何かが起きたのだろうか。 何が起きたらこんな事になるのかは全く分からないけど。そもそも記憶が曖昧なのもよく分からないし。 でもきっと、今日の続きが見れれば何か分かる。そんな気がしてならない。 今の段階ではそれがいつ見れるのかすらも分からないんだけど。 …でも、この夢は、いつ、どのタイミングでどこの部分の記憶が見れるのかは分からないんだから、もしかしたら全てが分かるのが明日だったとしてもそれはそれでおかしくはない話で。 …本当に、どうして、リヴァイさんはこの世界に来たんだろう。 ……私達は、なぜ。 「…オイ、」 いろいろと考えていると、リヴァイさんが私の顔を覗き込んだ。 「うわっ、……びっくりした」 「……何考えてんだ」 「っはい?」 「何で、元気ねぇんだよ。」 「 え……、」 リヴァイさんは眉を顰め私を見下ろしている。 「……。」 「……いや…そんなこと…」 私は体を起こし、リヴァイさんを見つめた。 「そんなこと、ないですよ。ただ今日見た夢のあとに何か重要な出来事があるような気がして…なんか、気になっちゃって。」 「…あぁ…。あの落ちていたものか」 「はい。」 「……まぁ考えたって仕方ねぇだろ。どうせ今は分からねぇんだ。そんなこと考える暇があるならテーブルでも拭いてろ。」 そう言ってまた掃除機をかけ始めた。 あの夢のあとに何が起きたのかなんて、リヴァイさんの言う通り今考えても分からない。そりゃそうだ。夢を見ないと知る事は出来ないのだから。 それなのに考えても意味はない。だからあまり気にするなという事だろう。 私はそれに納得し、考えるのをやめた。そしてリヴァイさんが掃除している姿をまた見つめた。 「……。」 リヴァイさんはいつも掃除をしている。見慣れた光景だ。 「……リヴァイさん、」 「…あ?何だ」 「リヴァイさんって、私が居ない時何してるんですか」 「…何だ急に」 「なんとなく」 「……特に、何も。お前と居る時とそう変わらん。掃除して、メシ作ってお前を待ってる。最近は寝てばっかだったが」 「そうですか……そうですよね」 家で過ごすか、近所に買い物に行くか。考えてみればそれくらいしかリヴァイさんとしてない。この前実家には行ったけど。でもそれも大した事はしてない。 「……。」 リヴァイさんは向こうの世界では毎日仕事で忙しかったんだっけ。 それなのに、せっかく今は時間があるのに掃除してごはん作るだけで時間が過ぎるのは……それは、どうなんだ? 「…リヴァイさん。リヴァイさんは…、」 「あ?ちょっと待て。掃除機してる時にやたら話しかけてくんじゃねぇ。」 「……。うぃっす…。」 集中させろとでも言うような目で見られて、私は口を閉じ大人しく掃除機が終わるのを待つことにした。 「…で、何だ?」 「あ…はい」 掃除機をかけ終えたリヴァイさんは装備を変え、クイックルを手に持ちながら私を見つめる。 「えっと……リヴァイさんは、何かしたい事とかないんですか?」 「あ?したい事?」 「はい。」 「………ここが終われば風呂掃除をしたいと思ってるが」 「いやそうじゃなくって!」 「あぁ?」 「…あの、じゃなくて。もっと他のことです。普段は仕事が忙しくて出来なかった事とかあるでしょう?」 「……、」 「ここでは仕事から解放されてるんですから何かしましょうよ。」 「………そう言われても、特にない。」 「え。…ないんですか?」 「ないな。」 「……リヴァイさん趣味とかないんですか?」 「……」 「せっかくなら趣味に没頭しましょうよ!」 「……。」 「何かないんですか?趣味的なものは」 「………掃除。」 「え?」 「掃除が趣味だ。」 「………。」 「……。」 「掃除にこれ以上没頭してどうするんですか?!」 「あぁ?」 「ハウスクリーニングにでもなるつもりですか!掃除はもういいですよ!!十分ですよ!!そうじゃなくてもっと遊び的なことですよ何かないんですか!」 「……ねぇよ。」 「何でないんですか?!」 「うるせぇな何なんだよいきなり…」 「だからもっとこう…何かしましょうよ!」 「別にしなくていい。」 「何でですかっ!」 「…お前が居れば、それで十分だ。何もしなくてもいい。」 「………。」 「それに俺はこんなにゆっくり時間が流れている日々をあまり経験した事がない。だからそれだけですでに今も貴重な時間になっている。」 「……そ、そう、ですか…?本当ですか?」 「ああ。」 クイックルをしながらそう言うハウスクリーニング…じゃなくてリヴァイさん。 そう言ってもらえると嬉しいけど、でも私はバイトがあるから一緒に居られる時間は限られている。それにこうして一緒に居る時だって特に何かするわけじゃない。二人で紅茶を飲んだり、話したり。それだけ。 …果たしてそれだけでいいのか? リヴァイさんが元の世界に帰って、この世界のことを振り返った時、何も思い出がないのは悲しい。掃除して買い物に行ってごはん作った思い出しかないなんて。そんな専業主婦みたいな思い出。どうせならもっと、楽しんでほしい。 「…だって、リヴァイさん、楽しかったことってありますか?」 「は?」 「ここに来てから何か楽しかったことありました?」 「……俺はここに遊びにきたわけじゃないんだが。」 「…そうですけど……でも、」 「不満はない。帰れたらそれでいい。今以上に無駄に楽しむ必要はない。」 「………、」 「分かったらお前はそんなこと気にするんじゃねぇ。」 「……でも、私はリヴァイさんに楽しんでほしいです。」 「……、」 「リヴァイさんの中で、楽しかった思い出になりたいです。私との日々を思い出す時に…良かったな、って思ってもらえるような…そんな時間にしたいんです。」 「……だから、俺はお前が居ればそれで…、」 「だからもっと一緒に何かしましょう!!」 「………。いや、だから」 「ゆっくり過ごす時間がなかったのなら尚更!何か今のうちに出来ることしましょう!」 「……(コイツ聞いてねぇ)。」 「ね!?」 「………一体何をするんだよ。」 「だからリヴァイさんのしたいこと!」 「だからないっつってんだろが。」 「ないなら何か考えて下さいよ。」 「無茶ばかり言うんじゃねぇ。」 「……リヴァイさん、どんだけ仕事人間なんですか?社畜ですか。」 「はぁ?」 「やってみたかった事とか本当にないんですか?」 「……。考えた事ねぇんだよ。そういうのは」 「何でもいいんですよ?リンゴをたらふく食べてみたい、とかでも。」 「何なんだよそのふざけた願望は。俺は食いしん坊か」 「だってリヴァイさん、向こうでは同じようなものばかり食べていたんでしょう?他に何か食べたいものとかないんですか?」 「食に関してはそこまで興味がない。」 「…そういえば前もそんなこと言ってましたっけ…。じゃあ、何だろ……うーん…」 「……だから、いい。」 「よくないです。それじゃあ面白くありません。」 「そもそも面白さは求めてないんだが。…でもまぁ、この世界自体は面白いとは思うが」 「…えっ?」 「ここには見た事のないものがたくさんある。掃除機もそうだ。こういう経験は普通は出来ない。」 「……だから、そうじゃなくてですね…。」 「…お前の言いたい事は分かる。だが俺はこのままでいい。お前とどうでもいいような事を話している時間は、悪くない。それはお前が居るだけで成立する。これ以上何かをする必要はない。」 「……。」 リヴァイさんはしたい事はないと言う。言いやがる。 …でも、やっぱり、そんなのつまらないじゃないか。私だってリヴァイさんと居るのはそれだけで楽しいけど、でももっと違う楽しみ方というのもあるはずじゃないか。 残された時間の中で、私はリヴァイさんにどれだけのことをしてあげられるのだろう。何が出来るだろう。 納得のいかないままその話は終わってしまい、リヴァイさんはそれからもやりたいことについて何か言ってきてくれる事はなかった。 ◇ 「分かりましたリヴァイさん!!」 「…は?何がだ」 私はお風呂から出ると髪も乾かさずに、リビングでテレビを観ているリヴァイさんに向かって口を開いた。 「遊びに出かけましょう!!」 「……は?」 「次の休みの日、二人で出かけましょう!」 「………、」 私はリヴァイさんの手を取り頷き、有無を言わさない笑顔でそう伝えた。 |