「おいしいですか?プリン。」
「悪くない。」
「それはよかった」


リヴァイさんがベッドでプリンを食べている横で、私もそこに腰掛けながらプリンを口に運ぶ。うん、おいしい。


「それ食べたら薬飲んで下さいね。」
「ああ。」
「ていうか体調はどうなんですか?昨日の夜はまだ体熱かったみたいですけど」
「……。まだ少し、怠い。」
「じゃあ薬飲んだらまた安静にしてて下さいね」
「…ああ。」
「私は今日も、バイトですけど…」
「だろうな。」
「……でも、終わったらすぐ帰ってくるので。」
「…心配するな。さすがにもう、大丈夫だ。」
「…本当ですか?」
「あれだけ畳み掛けるようにいろいろと言われたら心細さなんか感じる暇もねぇよ。」
「……。」
「だから、大丈夫だ。」
「そう、ですか。それならいいですけど」


リヴァイさんに抱き締められたことを思い出すと今も少し胸が熱くなる。あの時の熱がまだ私の中に残っている。
まさかリヴァイさんにあんな事されるとか思うはずもないから普通にドキドキしたし、ビックリもした。だけど、あのおかげでまた更に距離が縮まった感じがするのは、気のせいではないはず。


「…あ、そういえば」
「……何だ」


私は落としていた視線をプリンからリヴァイさんに移した。


「お母さんからメールが来てたんですよ。」
「…あ?」
「私のスマホに。えっと、お母さんから手紙が届いたんです。」
「……あぁ。」
「リヴァイさんと居るところ、見られたじゃないですか」
「見られたどころか会話までしたけどな。」
「それであの時お母さん…私達に声を掛ける前に見た、私の顔が…その、いつもと違う顔してたって…言ってました。」
「…違う顔?」
「はい。リヴァイさんと話してる時の私の顔は、今まで見た事ない顔をしてたって」
「……、」
「…なんか、優しい顔をしてた、らしいです。」
「………。」


お母さんからのメールには、「アルバムを持って出て行く時にナマエがほっとけない人って答えた時もそうだったけど、リヴァイ君と話してる時のあんたの顔、見た事ないような優しい顔してたわよ。」と、書いてあった。それと「またいつでも来なさい」とも。


「あの時何を話してたかは覚えてないですけど…でも多分、私はリヴァイさんにはリヴァイさんにしか見せてない顔があるんだと思います。」


この前リヴァイさんに、他の人に見せてない顔を俺に見せているのかと聞かれた時、ちゃんと答えられなかったけど、でもきっとそれはちゃんとあったんだと思う。


「あ、それにトモくんに聞いたんですけど、私同窓会の時も酔いながらリヴァイさんの名前出しちゃってたみたいで……周りの友達が誰だそれはってなってたらしいです。誰なのかは言わなかったみたいなんですけど」
「……。」
「でも楽しい同窓会の最中に無意識で口に出しちゃうくらい、私の頭の中にはリヴァイさんが居たんだと思います。」


私は自覚こそしていなかったけど、自分が思っている以上にきっとリヴァイさんを想っているのだ。リヴァイさんと過ごすこの時間が、わりと好きなんだと思う。そもそもいきなり一緒に暮らすことになったのにすんなりと受け入れられている時点できっとリヴァイさんとは相性がいいんだろう。


「…お前は、なぜこうも……素直に、ぺらぺらと……」
「……ふは。それを言うならむしろリヴァイさんの方が回りくどいんですよ。」


むず痒そうなリヴァイさんを気にせず、空になったプリンの容器をその手から取って立ち上がる。


「薬、持ってきますね。」


にこりと微笑みかけるとリヴァイさんは眉を寄せた。それがおかしくて私は更に笑って、それから薬を取りに部屋を出た。





心配するなと言うリヴァイさんの言葉を聞いて安心した私は、今日は笑顔で「行ってきます」と言ってバイトに向かった。
そして普段通りバイトを終え、すぐ家に帰った。リヴァイさんはベッドに横になっていて私が帰ると体を起こし「おかえり」と言って迎えてくれた。それだけで私は穏やかな気持ちになり、自分がどれだけリヴァイさんに入れ込んでいるのかに今更気づいた。

そして夕飯やお風呂を済ませ、時間が経つとリヴァイさんはまたベッドに入り寝てしまった。私がバイトに行っていた間は寝れなかったみたいで、夜になると普通に眠そうにしていた。
私は今日もベッドの横に腰を下ろし、リヴァイさんの様子を見守りながら過ごす事にした。ここ三日くらいはろくに寝れてないし、昨日の夜なんかリヴァイさんのこと考えてたから一睡もしてない。そろそろちゃんと寝たいけど、でもリヴァイさんが寂しがり屋さんを発動していた事もあってどうにも気になってしまう。もう大丈夫そうなのは嘘じゃないと思うけどとりあえず今日まではここで過ごそうかな。

そんな事を思いながらベッドを背もたれにして、私は画面を暗くしてスマホをいじり始めた。





「……ナマエ?」


時間が経ち夜も更けてきて、うつらうつらしているといきなり名前を呼ばれる。


「…へっ……?」


それが耳に響きハッとして振り向くと、リヴァイさんが少し体を起こしてこっちを見ていた。


「…お前そこで何してやがる」
「え…?……あ、あぁ…。お気になさらず。」
「いや気になるだろ普通に。寝るならソファで寝ろよ…何でここに居る?」
「…あー…。いや、なんか、リヴァイさんの寝顔にいたずらでもしようかなぁって。暇だし」
「何だその適当な嘘は……俺ならもう大丈夫だと言ってんだろうが。気にするんじゃねぇよ」
「…それはそうかもしれないですけど…。」
「…お前まさか今までも俺が夜寝てる間ずっとここに居たとか言わねぇよな?」
「え、あー……どう思います?」
「……。マジか?」
「だって……バイトの間は側に居れないので、せめて家に居る時くらいはと思って。」
「…いやソファで寝ろよ…。」
「でもさすがに今日は眠いですね…。ふぁ、」


あくびをすると、リヴァイさんはため息を吐いた。


「…俺はお前がソファで寝ると言っていたからベッドを占領していたんだが。なのにてめぇはこんなとこで横にもならず寝ていたというのか?」
「あ、でも寝る時はちゃんとベッドに伏せて寝てましたよ?」
「そういう問題じゃねぇよクソが。」
「クソって」
「もういい……寝るならこっちで寝ろ。クソ野郎。」
「クソ野郎……って、え?ベッドで?」
「てめぇどうせ言っても聞かねぇんだろ?だったらせめてベッドでちゃんと寝ろ。」
「…いいんですか?」
「そもそも俺は側で寝ると熱が移る可能性があるから別々で寝たいと言ったんだぞ。なのにそこに居られたら意味ねぇじゃねーか。」
「あぁ…まぁ、そうですね。でもわたし的にはリヴァイさんの邪魔になるといけないから、ソファで寝ると言ったんですが。」
「だからてめぇソファで寝てねぇじゃねーか。」
「これはリヴァイさんが寂しそうだったからその為ですよ。」
「あぁもういいうるせぇ。とにかくこっちで寝ろ。熱が移っても知らんぞ。」
「…あはは。大丈夫ですよ、多分。」
「何を根拠にそんな事が言えるんだ、てめぇは…」
「でも、じゃあお言葉に甘えて。お邪魔しまーす」
「……邪魔も何もお前のベッドだろ」


諦めたようにそう言うリヴァイさんの言葉に頷き、私はベッドに入った。そして横になる。


「ぅはー……ベッドきもちいい…。」
「…お前は、本当にムカつくお人好し野郎だな。」
「っふ、…そうですよ…、私は…リヴァイさんに、優しくしたいんです……」
「……。」
「…あ、だめだ…。リヴァイさん…ごめん……もう、寝そう…です……」
「……当たり前だ。そのまま寝ろ。」
「…ふぁい…、おやすみ…なさい…。」


久しぶりの柔らかい毛布に、寝不足の私はすぐに意識を手放そうとする。
目を閉じておやすみなさいを言うと、リヴァイさんの手が私の頭に触れ、くしゃりとそこを撫でた。


「…おやすみ。」


それが気持ちよくて、私はすぐに眠ってしまった。





ナマエをベッドで寝かせあれから俺ももう一度寝て、そして朝になり目を開くとナマエの顔がすぐ目の前にあって、思わず息が止まった。


「……っ。」


近い。


今までなるべくコイツには背中を向けて寝ていたが、その意識が緩んだのか何なのか…。しかもナマエも無防備に俺の方を向いて寝てやがる。スヤスヤと眠っているその姿はあどけなく、そのまま少し見つめたあと何も考えずにその頬を指で撫でると、少しくすぐったそうに表情を和らげた。


「………。」


ヤバイ、と、なぜかそう思った。

さっと手を引いて起き上がり、ナマエから少し距離をとる。妙な衝動に駆られそうになった。


…いや、何を今更。今までも同じベッドで寝ていたというのに。


「……何考えてんだ…。」


自分の思わぬ思考に舌打ちをし、ナマエから目を逸らしてベッドから出た。





「…リヴァイさん?もう起きて大丈夫なんですか?」
「………。」


落ち着かずにソファに一人座っていると少ししてからナマエが起きてきた。


「……ああ。」
「そうですか…良かったです。でも一応まだ安静にしてて下さいね」
「……。」


あくびをしながら何の迷いもなく俺の隣に腰掛けやがる。俺はその距離の近さが気になり、少しだけ離れた。


「あ、そうだ…リヴァイさんの夢、見ましたよ」
「…はっ?」
「……ん?」
「……………あ、あぁ……。俺の記憶の、か」
「え、はい。」
「……。そうか」
「(ん?)……それで、私思ったんですけど、」
「…何だ」
「多分、この夢って私達が仲良くないと、見れないんじゃないですかね?」
「……。なぜだ」
「確か前も見れなかった時、なんかちょっと微妙な空気の時だったじゃないですか。」
「…そうだったか」
「はい。だから多分、喧嘩とかしちゃうと見れないんじゃないですかね?」


真剣な顔をしてそう言うナマエに、肩の力が抜ける。


「…そうか。そうかも、な。」
「はい。だからもうリヴァイさんは拗ねたりしないで下さい。」
「………。拗ねてねぇよ。」
「もうこれからは最後まで、仲良く過ごしましょう」
「……。」
「だからその為にも言っておきますけど、」
「……何だ」
「トモくんの時のあれは、やっぱりリヴァイさんが大人気なかったと思います。」
「………。」
「あんな態度は、よくないです」
「………ああ…あれは、悪かった。」
「……ふ、いやごめんなさい今更。でもわだかまりが残ると嫌だったんで。」
「いや…俺もお前には悪かったと思ってる。だがあのガキは、気に食わねぇ。」
「…ふは、……まぁ彼をどう思うかは、リヴァイさんの自由ですから。私にとやかく言う権利はありません。」


少し呆れたように笑うナマエ。


「…あ、そういえばゼリーまだありますけど、食べますか?」


そしてそれ以上は気にするなとでも言うように、話題が逸れた。


「……ああ。」
「…夢の内容はまたあとで伝えますね。」


そう言って立ち上がり冷蔵庫に向かう姿を見送り、静かに息を吐いた。

俺はいつまでもここに居れるわけじゃない。そんな事、今更感じる必要もないくらい当たり前の事で。元の世界に帰る事だけが俺の願いだ。向こうでの日々に戻りまた戦う覚悟だってある。やり残した事がある。俺の世界は、ここじゃない。



「リヴァイさん、どっちの味がいいですか?」
「……、」


だから、俺を見るナマエの瞳がどれだけ優しくても、それとはいずれ別れなければならないのだと、そう自分にちゃんと言い聞かせておかないといけない。


「…お前が好きな方を選べ。」
「いいんですか?…じゃあ……、こっちで。」


戻ってきたナマエは礼を言いながらそれをひとつ俺に渡し、また隣に座った。


「……。」


ずっと側には居れない。だからこそ、残された時間が大事なわけで。

俺はチラリとさっき自分で作ったナマエとの間に出来た距離を見て、黙ったまま座り直し、その距離をまた近づけた。


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