「ちょっ…ナマエさんっ?!顔色ひどいですよ!どうしたんですかっ」
「………」


兵長に嫌われていなかったとか、恋人が居ないみたいだとか、そんな事を嬉しそうに話していたナマエさんはまだ記憶に新しい。

なのに、何があったの?

朝食の時間になってもなかなか姿を現さないナマエさんの様子を見に行けと食べ終わってから兵長に言われ、来てみればそこにはベッドに座り俯く姿があった。
声をかけても返事がないので顔を覗き込むと、驚いた。かなり虚ろな表情をしていたから。


「な、何があったんですか」
「……」
「もしかして寝てないんですか?」
「……わからない…」
「えっ分からないって、そんな、そんな事も分からなくなってしまったんですか?」
「………、」
「………。」


どうしよう、ナマエさんが今まで見た事ないくらいに消沈しきっている。呼んでこいと言っていた兵長の様子も少しおかしかったから、多分兵長と何かあったんだろうけど…それにしてもこれは……。


「あの…ナマエさん…」
「……」
「兵長と、何かあったんですか…?」
「っ、……」


最近浮き沈みが激しい気がする。それはやっぱりナマエさんの中で兵長に対しての気持ちに変化があるからなんだよね、きっと。

そう思いながら何があったのかを聞くとナマエさんは顔を上げ、泣きそうな顔を…


「っう、…っ」


というか泣いた。泣き出した。


「え、……ナマエさんっ?!大丈夫ですか!?」
「、っう、うぅっ……、」
「一体何があったんです!?」
「 へ 、っ ちょ、が… …っ、」
「えっ?!兵長が?!」
「っく、うぅぁっ……!」
「っだ、大丈夫ですか!?」


驚きながらもボロボロと涙を流すナマエさんの隣に腰を下ろして慌てて背中を擦る。

もしかしてまさかついに兵長に愛想尽かされたのかなとか、いやでもまた一人で勘違いして勝手にショック受けてるだけかなとか、いろんな事が頭に浮かぶ。
そしてそのうち話せそうにないくらいに泣き始めてしまい、戸惑いながらもとりあえずそれが落ち着くまで待つことにした。





「…オイ、アイツはどうした」
「あ…兵長……、」


あれからナマエさんは泣き疲れたのかそのまま眠ってしまい、少しだけ様子を見てから部屋を出てきた。呼びに行ってから大分経っていたし、しかも一人で戻ってきた私を見て兵長は声を掛けてきた。


「すみません、遅くなってしまって……」
「それはいい」
「 はい…、えっとナマエさん…ですけど、」
「……」
「…体調があまり良くない、みたいで……今寝てます。」
「……そうか。」


泣き疲れて寝ています、とはさすがに言えず少し濁して伝えてしまった。でもあんな状態のナマエさんを現段階では兵長に見せてはいけないような気がして。何があったのかは全く分からないけど、兵長と何かあったことはきっと確実なのだ。それにあれじゃあナマエさんも今のところは上手く話せないだろうし、寝かせてあげといた方がいいよね。


「…悪かったな」
「、え?」


いろいろ考えていると、兵長がいきなり謝ってきた。


「アイツ……面倒だっただろ」
「あ…、い、いえっ。そんな事は……」
「…まぁ、俺が言うのもおかしいが…。」
「………」


もしかしたら兵長はナマエさんが泣いていたのを分かっていたんだろうか?
いやそうじゃなくても、あんなに泣くくらいだから少なくとも落ち込んでいる事が分かっていたのかもしれない。いや、きっとそうだ。


「…そんな事より、他のやつらには伝えたが俺はこれから本部へ行く。」
「あ、そう…なんですね」
「憲兵の連中も交えて会議をしたり向こうでやる事が多くて何かと忙しい。だからここを二、三日空ける。」
「っえ、戻ってこれないんですか?」
「ああ。まぁそう長くはならんはずだ。アイツにもそう伝えとけ」
「……分かりました」
「エレンを頼んだ。」
「はい、了解です」


このままナマエさんと会わずに行ってしまうのだろうか。それで大丈夫なのかな。でもむしろナマエさんも少し距離を置いた方が落ち着いていいのかな。
まぁどっちみちお仕事だから仕方ないし、兵長は私情を挟むような人ではないから私がどう思ったところで関係ないんだろうけど。


「あの…兵長」
「…なんだ」


でも。


「ナマエさんは……いいんですか?」
「……、」


あんなに泣いてるナマエさんを初めて見た。だから、いつも以上に放っておけない。

聞くと兵長は表情を変えずに、口を開く。


「…ペトラ、」
「っは、はい 」
「面倒だったらあの馬鹿には構わなくていい。……アイツはもう少し、自分でいろいろと考えるべきだ。」
「え……」
「…俺はもう行く。過ごし方は各自に任せる。いいな」
「ぁ、は、はい。了解です 」


兵長はそのまま歩いて行く。ナマエさんに何も言わずに行ってしまう。でもこれ以上は私が口を出す事ではない。

とりあえずもう少ししたらまたナマエさんの部屋を覗きにいこう。





「……頭いたい……。」


気がつくと私は横になっていて、瞼と頭がひどく重かった。起き上がる気力もなくボーっとしているとノックする音が聞こえ、そして遠慮がちにドアが開く。


「…あ、ナマエさん。起きてたんですか?」
「……ぺトラ」
「大丈夫ですか?お水、持ってきました」
「………あ、ありがとう、」


ゆっくりと起き上がりぺトラからコップを受け取ってそれを飲む。ぺトラは心配した様子で私の顔を窺っている。そういえば私、さっきものすごく取り乱したような。


「あ……どうしよ、ていうか私…どれくらい寝てたっ?あれ…?今日の予定って、何だっけ……」
「…今日は休んだ方が良いんじゃないですか?」
「いやいや…でも…訓練、とか……だっけ?」
「いや……あ、それと兵長、なんですけど」
「ぇ…っ?」
「あの…会議とかで忙しいみたいで……二、三日は戻らないみたいです。もう出てしまったんですけど……」
「……戻ら、ない…?」


二、三日会えない?もう出て行った?


「……そう、なんだ…。そっ、か……。」


そのことを聞いて、胸がひどく寂しくなった。今会ってもどんな顔をすればいいのか分からないし仕方ないけど、でも、寂しい。置いていかれたような気がして。


「…ナマエさん、聞いてもいいですか?」
「っえ、なに…?」
「あの…兵長と…何が、あったんですか?」
「…………」


──いらない、と。そう言った兵長の言葉がまた頭に響く。
そしてペトラの前で泣いてしまったことを今更思い出した。


「…大丈夫ですか?」
「ぁ…いや…、ていうかそういえばさっき…ごめんね。なんか、私、すごく取り乱したよね……ごめん」
「いえ、そんな。気にしないで下さい」
「……ちょっと、兵長と…えっと……私…なんていうか…さ。なんだろ…兵長、に……、」
「…はい」
「……兵長、は…、私の思いが……邪魔、みたいで…というか…。」
「え?」
「えっと……。」
「ナマエさんの思いが邪魔?」
「邪魔っていうか…いらない、って言われて……だから、」
「……ナマエさん、一からちゃんと説明してもらってもいいですか?」
「う、うん。ごめん」


それから私はペトラに全てを話した。最初兵長に聞かれた時に逃げ出してしまった事も、そのあとにもう少し待って下さいと伝えた事も、そして昨日の事も。
ペトラは口を挟まずに黙って全部聞いてくれた。そして話終わったあとに、ため息をついた。


「…ナマエさん、」
「えっ…?」
「あのですね……」
「う、うん?」
「そりゃさすがに兵長だってそうなりますよ。」
「えっ……」


ペトラは呆れたような、少し怒ってるような様子で続けた。


「ナマエさんは本当に何も分かってないです。」
「分かってない…?」
「はい。なんだかもう申し訳ないですけど兵長が気の毒にすら思えてきました。」
「え……気の毒?」
「そうですよ。…ナマエさんは確かにもっとちゃんと自分の気持ちとか想いについて深く考えるべきだとも思いますけど……それよりも、兵長の気持ちだって考えるべきです。」
「兵長…の、気持ち……、」
「兵長がナマエさんに対して、恩とか礼はいらないって言った気持ち……私は分かりますよ。」
「……」
「ナマエさんだって分かるはずです。…今はショックかもしれませんが、それが解けたらきっと辛くなくなりますよ。」
「………、」


兵長の気持ち。

私は今までちゃんと考えた事があっただろうか。ずっと、知ろうともせずよく分かりもしないで居た気がする。私は今まで兵長の側で何もしてなかった。ただ側に居るのが心地よくて、それだけだった。兵長の気持ちも、自分の気持ちも、深く考えなかった。
だから今の私にはペトラが何を言っているのかも、理解できない。


「…すみません、偉そうなこと言って。」


それが分からないと、兵長とは解り合えない。


「……ううん。ありがと、ペトラ。」
「え…、い、いえ……。」


だけど私にとって兵長が大切な存在という事には変わりない。
あの時、助けてくれたとか助けてないとかそこで兵長と意見が合わなくても今私は兵長を大事に思っている。きっかけが何であれ私は今兵長が大事だ。

それに「役に立ちたい」という思いを兵長がいらないと言ったからって、私はそれを捨てようとは思わない。私だってこの気持ちは変わらないし変えられない。そしてそれとは別に、兵長が何を求めているのか。

それを、考えればいいのか。


「……私って本当、馬鹿だね……」
「…それは否定できないですね、正直」
「うん。だよね」


さっきまで苦しいだけだったのに、考えを少し変えたらちょっとだけ軽くなった。
だって今まで兵長は側に居てくれた。その事実は変わらない。意味もなく突き放されたわけじゃないと、それくらいは分からないといけなかったんだ。


「なんかペトラのおかげで前向きに考えられそう。さっきまで絶望的だったけど」
「あ、それは…良かった、です。(わりとキツめに言ってしまったのに)」
「いつもありがとう」
「そんな……とんでもないです。」


兵長が帰ってくるまで考える時間があるのは良いけど、でも、会えないのか。二、三日って、詳しくは決まってないのかな。いつ帰ってくるんだろう。


「……兵長、忙しいんだね…」
「…そうですね。」
「行ったりしたら、迷惑…だよねぇ」
「……会いに、ですか?」
「うん……」


いや、でも、まだ何も考えてないのにそんな事したら怒られるかもしれない。


「そうですね…今はきっと、忙しいでしょうから…。」
「……だよね。」


きっとここで待つべきなのに、気持ちが先走ってしまいそう。

会いたい会いたい。怖いけど、側に居たい。


「……ぁあっ!もうっ!」
「えっ?!」
「なんかわたしお腹すいてきたよぺトラ!!」
「おっ…、おなか、ですか?」
「うん!」
「…そういえばまだ何も食べてないですよね……まだ残ってますから、食べて下さい。」
「ありがとう!」


いろいろと考える前にとりあえず、腹ごしらえだ。


「あ、でも…」
「…ん?」
「ナマエさん、すごい目腫れてますよ…オルオ達が見たらビックリするかも……」
「え、うそ」
「めっちゃ腫れてます。」
「………。」



とりあえず…


目を冷やそう。それからだ。


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