私は今まで兵長に甘えてばかりで、だけどそんな私を兵長は受け止めてくれてた。だから私も兵長に何か出来たらと思っていた。だから、兵長が私を求めた時私はそれを受け入れた。そうするべきだと思っていた。私と居てくれる兵長の為に私も返さなければと思っていた。 私が兵長に何かしてあげたいというその思いは、私が兵長にいつもしてもらっていたから。ただそれだけだった。甘えている分、何か返さなければという、ただそれだけの思いだった。 私はただ自分の為にそれをしていただけだった。私がずっと兵長に甘えられるように、側に居られるように。きっと私はその為に兵長を受け入れていた。兵長が私を求めてくれている間は、私も兵長の側に置いておいてもらえるから。兵長の犬だからとか、そういうのを理由にして。 私は、ずるい。兵長を少しでも満たしてあげたいなんて、そんなのは嘘だ。ただ私は、兵長の側に居たくて、それだけの為に兵長を利用していたようなものじゃないか。 自分勝手に、自分の為に、兵長に抱かれていた。 それは兵長を満たしてあげたいとかそんな純粋な思いじゃない。兵長のしたいようにしていいなんて言っておきながら、そうする事で自分が側に居させてもらう為の口実を作っていたようなものだ。 だから兵長はそんな関係は嫌だと言って私から離れた。私はその時、兵長に甘えてばかりだった自分にようやく嫌気が差した。散々甘えて、自分の気持ちを押し付けて。それじゃあダメだと初めて思えた。だからそんなのはもうやめようと思った。だから、離れる事を選んだ兵長の気持ちを受け入れ、離れた。そして兵長の幸せを願った。 自分勝手な私では兵長を満たしてあげる事なんて出来ない。だから他の人が兵長を満たしてくれたらそれでいいと本気で思った。その時初めて、甘えてばかりの自分から抜け出せた気がした。前に進めた気がした。 だけど、兵長はまた私と居たいと言ってきた。私は兵長と居ると甘えてしまうのに。押し付けてしまうのに。でもそれでもいいと言ってくれた。だけどその代わりにちゃんと兵長の気持ちを理解しろとも言ってきた。押し付けるだけではなく、ちゃんと考えろと。 愛を知れと兵長は言った。 だけど、今までそんなの考えた事がなかった私はそれがさっぱり分からなかった。 でも、今までみたいな自分本位な気持ちで兵長に触れていたのは間違いだったのだと今なら分かる。私は一人になりたくなくて、兵長で寂しさを紛らわしていた。兵長を受け入れていたのは自分の為だった。 それはきっと、愛じゃない。それは兵長の求めているものじゃない。だからその思いは捨てないといけない。そういうのではなく、ただ求め合えたらいいと兵長はそう言っていた。 「なんとなく、頭では理解できたような気がする……。」 兵長の部屋で、兵長を待ちながら、窓から星を見上げながら考える。 「……。」 兵長の言いたい事は、なんとなく分かったと思う。ただ、まだ心がそれに追いついてない感じが正直否めない。ていうかそもそも最近私の中で兵長に対する気持ちがいろいろと変化しすぎて、ついていけてないのだ。 その上恋をしろと言われ、もう何がなんだか。 そんな事を思っているとドアが開く音がして、私は振り返り兵長を視界に入れた。 「…兵長っ!おかえりなさい!」 兵長が帰ってきた。それだけで嬉しくなり、表情を緩ませながらすぐに駆け寄り笑顔を向けた。 「……、」 「ふへへ、お疲れ様です」 「……。」 すると兵長はそんな私を見て動きを止め、黙って見つめてくる。 「…へいちょう?」 「………。」 「あの…どうしたんですか?……っわ、え、ちょっ?」 そしてなぜか両手で頬を包まれ、引き寄せられる。考える暇もなく顔が近づいてきて、私はキスでもされるのかと思い、とりあえずそれを受け入れ目をつぶった。 「………てめぇ何してんだよふざけるな。」 「…え?……むぎゃッ?!」 不機嫌そうな声が聞こえ目を開けると、眉間にシワを寄せる兵長の顔がすぐそこにあった。そしてそのまま頬を潰される。それから顔が離れ乱暴に手が放された。 「えっ、な、何なん、ですか…っ?」 「てめぇ今キスする気だっただろ。」 「…え、だって兵長が先に…。」 「だからこういう事はしないと言ってるだろうが。」 「は、はい…?」 兵長は舌打ちをして、イスに座った。とりあえず私もその向かいに腰を下ろす。 「あの、どういう意味ですか?」 「だから、俺がキスしようとしてきてもお前はちゃんとそれを断れよ。」 「え?」 「……俺はお前と居ると、たまに衝動に任せて動いちまいそうになる。だからお前がちゃんと拒否しろ。そうじゃなきゃ俺はお前をうっかり抱いちまいそうだ。それだけは避けたい。いや、避けなければならない。」 「……。じゃあ、今…兵長はキスしたくなったんですか?」 「…ああ…そうだ。なのにてめぇがそれを受け入れちまったらダメだろうが。意味ねぇだろうが。」 「そんな無茶苦茶な……。」 兵長がまた無茶苦茶なことを言ってきた。 だけど私は今まで兵長のする事を何でも受け入れたいと思って行動してきたのだから、そんないきなりそれを拒否しろと言われても難しい。それが間違っていた事なのだと分かった今でも。簡単にはいかない。 両手で頬杖をつき、口を開く。 「兵長は最近、無茶苦茶なことばかり言いすぎです」 「あ?」 「まぁ今まで散々我儘を言ってきた私が言うのもおかしいですけど…」 「…俺は、お前が欲しい。その為に手段を選んでないだけだ。」 「……。」 「お前にもそれくらい俺に必死になってもらいたいもんだな。」 「必死、ですか」 「ああ。…お前は俺が離れる事を選んだ時、最初はぐずったがそのままそれを受け入れただろ?その上他の誰かと幸せになれとか言いやがった。」 「そ、そうですけど…」 「俺はお前が俺以外の男と居るのは気に食わねぇ。考えたくもない。他の男と幸せになれなんて事は思わない。」 「…はぁ…」 「だからお前ももっと俺に縋りつくくらいの根性を見せてみろ。」 「……。縋りついたのに、それを拒んだのは兵長じゃないですかぁ…」 「ちょっと拒んだくらいで諦めるんじゃねぇ。」 「そんな…」 「何としてでも俺を手に入れてやるくらいの気持ちで挑んできやがれ。」 「……兵長、ほんと無茶苦茶です。」 私は、兵長が満たされるのなら相手は誰でもいいと本気で思っていた。それが私じゃなくても。それでも良かった。だけど、兵長から離れる事だけは嫌だった。当たり障りのないただの部下でいいから、近くには居たかった。兵長が私じゃない人を大事にしていても、私は近くで兵長を想っていたかった。 だから私は、兵長と一緒に居ることを諦めただけで、兵長を想うこと自体はやめたわけじゃなかった。 …まぁそれでも兵長は、もっと縋りつけと言うんだろうけど。 ◇ 「………。」 兵長のベッドの上で一人、眠れずに何度も寝返りをうつ。 ベッドに入ると今までのことがいろいろと浮かんできて眠れない。 最近一人で考えることが増えたけど、こうして改めて考えてみると私は本当に身勝手だったと思う。なのに、そんな私がこれからも兵長と居ていいのだろうか。 目と開けると、兵長はまだイスに座っている。 「……何だ、眠れないのか」 「……。」 そして目が合い、私は頷く。すると兵長は息を吐いた。 「…なら、紅茶でも飲むか?」 そう言って兵長は立ち上がり、紅茶を用意してくれた。私も起き上がりベッドから出て、イスに腰掛けた。 「ありがとうございます…」 淹れてもらった紅茶を一口飲むと、なんとなく落ち着くような感じがした。 「お前、最近寝つき悪いだろ。夜はちゃんと眠れよ。」 「…それ、兵長には言われたくないです…。兵長もソファで寝るとか言っておきながらあまり寝てないじゃないですか」 「そんな事はない。俺にしては寝ている方だ。」 「……。」 「それより、理解しろとは言ったが寝る時間を割いてまで考えようとするな。体調を崩したらどうする」 「……」 「…オイ、聞いてんのか?」 「……ていうか…なんか…、私…、」 「…何だ、どうした」 今までのことを思い出し、目を伏せる。 「私は……兵長に抱かれていたのも、自分の為にそうしてただけで…兵長のことなんか全然考えてなかった気がします…。」 「……、」 「兵長を少しでも満たせたらいいとか…そんなの関係なかったんだと思います…。それなのに、こんな身勝手だったのに、私は本当に兵長と居てもいいんでしょうか」 兵長は傷ついてもいいとか言っていたけど、やっぱり私はこれ以上そんな事はしたくない。私はまた気づかないうちに、兵長を傷つけてしまうんじゃないだろうか。そんなの嫌だ。 「…お前は、自分が思ってるほど身勝手じゃねぇよ。」 「……そんなこと、ないです。私は自分の為に兵長を利用してたんですよ…。最低、です」 「それはない。お前の優しさは俺がちゃんと感じていた。そもそもそんな最低な女だったら惚れるわけがない。」 「……」 「お前は確かに、自分が寂しいという理由で俺に甘えてた部分もあっただろうが、だが俺に抱かれていた時のお前はただ俺を満たそうとしてくれていた。それだけは分かる。」 「…そう、でしょうか…。でも私は、そうすれば兵長が側に居てくれるから、そうしてただけのように思えて…。」 なんだか、今までやっていた事が全て温かみのない行為に今更思えて、なんか。 「……落ち込むよりも、それに気づけた事の方が大事なんだがな」 「え…?」 「だからつまりお前は今までの関係があまりよくない関係だったんだと気づけたんだろ?」 「………まぁ…そう、ですね…」 「それは喜ばしい事だ。落ち込むより喜べ。」 「……、」 「お前は今までそれが分かってなかった。という事は一歩前進じゃねぇか。」 「……でも、自分の身勝手さにも気づいてしまいました」 「…そんなに身勝手だったと思うんなら、これからは気をつければいいだけの話だろ。何でお前はすぐそうやって離れようとするんだよ。もっと縋りつけと言っているだろうが。俺の側に居たいんじゃねぇのかよ。」 「そりゃ…居たいですけど…。」 「もう離れたくないと言ってたじゃねぇか。」 「離れたくもないですけど…。」 「だったら離れるな。何があってもずっと側に居ろ。」 「……。」 離れたくない。 兵長から逃げない。 そうだ…私は自分で、そう決めた。 過去の間違いもちゃんと受け止めて、それで兵長の気持ちもちゃんと理解して、兵長と向き合うんだ。今は、落ち込んでいる場合なんかじゃない。 「…そう、ですよね…。すみません、私、やっぱり兵長と離れたくないです。絶対。」 「…ああ。」 兵長への想いだけは、ずっと変わらない。 「私、兵長の側に居たいです」 「ああ。」 「離れたく、ない、ので……なので、一緒に寝ましょう。」 「それはダメだ。」 「………。」 「何度言わせれば気が済むんだ、てめぇは。本当に」 「……兵長だってさっきキスしようとしてきたくせに…。」 「あ?だから途中で止めただろうが。」 「……。」 「…眠れねぇならお茶くらいは付き合う。だから我慢しろ。」 「……わかりました。」 兵長は最近わりと無茶苦茶なことばかり言ってくるけど、でもちゃんと向き合ってくれる。分からせようとしてくれる。それは、幸せなことだ。 私は兵長の淹れてくれた紅茶を飲み、体が温まっていくのを感じた。 |