「兵長っ、へいちょーうっ!」


朝から兵長と二人で存分に温もりを確かめ合い、それから時間がくると名残惜しくも体を離し私は一度自分の部屋に戻り着替えた。そしてお互いにいつも通りの一日が始まった。

久しぶりに兵長と触れ合えた幸せを噛み締めながら浮かれ気分で午前を過ごし、お昼の時間になり食堂に向かっていると兵長の後姿を見つけ私は首元のスカーフを揺らしながら駆け寄った。そして声を掛け後ろから思わず抱き着こうとすると、兵長は振り向きながら手で私の頭を押さえつけ、それを阻止した。


「わっ?!何するんですかっ!」
「…だから抱き着くなと言っているだろうが。」
「っな、なな何を言ってるんですかー!そんな事しようとしてないですよー!」
「ほう…。ならその広げている両手は何だ?」
「えっ?…これは、その……運動!運動ですよ!」
「どんな運動だ、そりゃ。」
「ぁいたっ」


頭を叩かれ、私はそこを押さえ眉を下げながら兵長を見上げる。


「お前は俺が言った事を数時間も経たないうちに忘れるほど頭悪いのか?」
「……いや、覚えてますけどぉ」
「だったらタチが悪ぃな。次抱き着こうとしたら容赦なくぶん殴るぞ。」
「そんな!ひどい!」
「言っても分からん奴にはそうするしかないだろう。」
「…だって、体が勝手に動いちゃうんですもん。」
「……知るか。」


「お二人さんおはよう!……ってあれっ?ナマエがスカーフつけてる!?えっもしかして仲直りでもしたの!?」


すると兵長の後ろからハンジさんが現れて、私達を見ると驚きの表情を見せた。しかもさっそくスカーフを指摘され、一目見てすぐに気づくだなんてすごいなと内心思った。


「…うるせぇぞメガネ。」
「えへへ、おはようございますハンジさん」
「うん!おはよ!…ナマエ元気になったね!」
「分かりますか?」
「そりゃあ表情が違うもん。ねぇリヴァイ」
「……。」
「それにリヴァイもようやく生気を取り戻したみたいだね。なに?ようやく付き合ったの?」
「…だから、うるせぇぞ。」
「いえ、私と兵長は付き合ってはいませんよ!しかし私は兵長に惚れる為に頑張るのです!」
「え?」
「オイ。そんなこと堂々と言うな。」
「…どういうこと?」
「私は兵長を理解する為に恋というものをするのです!」
「………、」
「…そんな目で見るんじゃねぇ。」
「いや…だって何それ?」
「でもそれまでは抱き着くのも禁止なんですよ… くっ。」
「そうなんだー。…どういうこと?」
「お前に説明する義理はない。」
「いやあるでしょ。めちゃめちゃあるでしょ?教えてよ」
「……。」
「つまり、私は兵長のことを理解したいんですけど、でも正直全く分からないので理解する為に頑張るんです。そして兵長に恋をして一緒にお風呂に入るんです。」
「……恋するって…。ナマエはリヴァイのこと好きだったんじゃないの?」
「大好きです!」
「………。ん?」
「大好きなんですけど、でもこれは恋じゃないらしいです!なので恋するんです!」
「…恋って宣言してするようなものなの?」
「そこは気にするな。」
「いや気にするわ。何なのそれ?斬新すぎるでしょ」
「斬新だろうが何だろうが関係ない。これが俺の出した答えだ。」
「……へえ…」
「私も兵長と居たい気持ちは同じなので!だからいいんです!」
「…そっか。まぁ、ナマエもいい表情してるし、いいんじゃない?良かったね」
「えへへ!ありがとうございます!ちなみにハンジさんは恋とかしてますか?」
「私?してないけど」
「そうなんですか…。私はどうすれば兵長に恋できると思いますか?」
「え、」
「オイ俺の目の前でんなこと聞くな。いや居なくても聞くな。てめぇの中だけで答えを探せ。人の力を借りようとするな。」
「えー!ヒントをもらうのもいけないんですかぁ?」
「ダメだ。」
「そんな…。それじゃあ時間かかっちゃうかもじゃないですかっ!私は早く兵長に恋したいのにっ!」
「そんな事聞いて回ったらとんだ恥さらしだぞ。」
「むう…。あーあ…私早く兵長に恋したいです…。」
「ぐずってる暇があるならとっとと俺に惚れろ。」
「ねぇ君ら、ほんっとに斬新な事をしてるっていう自覚はある?聞いといて何だけどあんまこういう所で話さない方がいいよ。」





「…ふんふーん…ふんふふーん、…」


兵長の部屋のドアの前に腰を下ろし、膝を抱えながら私は兵長を待つ。
今はもう夜で、自分の部屋に戻ってもいい時間なのだがもうあの部屋で一人で居たくない。だからここへ来たけど、部屋に入る許可を貰っていないのだ。というか聞いてもいなかったのだ。前までは当たり前のように部屋の中で待っていたけど…ていうか住み着いてたし。
しかし今の状況は前とは違う。そもそも一緒に寝るのもダメと言われているので夜のこの時間を兵長の部屋で過ごすこと自体もダメなのかもしれない。

だけど、とりあえず来てみた。一緒に寝るのはダメでもぎりぎりまで一緒に過ごすくらいだったら許してくれるかもしれないという可能性にかけて。


「ふふんふーん、ふっふーん、」


なかなか帰ってこない兵長に、小さく縮こまりながら足をぱたぱたと静かに動かし無意識に鼻歌を歌う。


「ご機嫌だな。」
「ふんふ、っぅわっ、…へいちょうっ。」
「…俺の部屋の前で縮こまって何してんだ」


やっと帰ってきた兵長は私を見下ろし隣に立つ。


「もちろん兵長を待ってました!」


座ったまま見上げてそう言うと、兵長は息を吐いた。そしてドアノブを握る。


「…入れ。」
「 いいんですかっ?」
「ああ。…別に入ってても良かったんだが…まぁその心構えは、褒めてやる。」
「っえ、わーい!褒めて褒めて!もっと褒めて!」


嬉しくなり立ち上がると、少し呆れたように頭をぽんぽんと撫でてくれた。


「えらいえらい。」
「わー!褒められた!」
「…っは、…こんな事で喜んでんじゃねぇよ。ガキか」


そう言う兵長の表情はどことなく柔らかい。その顔を見て私も口元が更に緩む。
それから兵長のあとに続いて部屋に入ると、部屋の雰囲気になんだか急に懐かしさが込み上げてくる。昨日の夜も今日の朝も、ここに居たというのに。


「……、」
「……どうした。何突っ立ってんだ」
「…いえ……、なんか、……なんか。」
「……。」


やっぱり、兵長の部屋は落ち着く。心が休まる感じがする。その感覚が懐かしくて、胸がきゅっとなる。

そして兵長と居れる事を改めて実感すると、私は。


「…兵長……やっぱり私……ダメ、です…。」
「…あ?何がだ」
「が、我慢、できないです」
「……は?」
「…私は!兵長に!抱きつきたいです!!いいですかッ!?」
「……。」
「許可を!どうか許可をください!」
「……いいから黙ってイスに座れアホが。」
「っぐ、ぬぬ…!どうしても兵長に抱きつきたい…!」
「オイ、じりじりと迫ってくんな。落ち着け。」
「ちょっとだけ!45秒だけでいいんでぎゅってさせて下さい!」
「しかも何なんだその微妙な秒数は。ダメだ。座れ。」
「何でですか!!」
「……ナマエ。お前がそうやって駄々をこねるんなら、部屋にも置いておけねぇ。」
「………。」
「それでもいいか?」
「……………よく、ないです…。」
「だったら我慢しろ。」
「………。」
「いいから座れ…相変わらず落ち着きのねぇ奴だなてめぇは。」
「……ケチ…。」
「 あ、?」
「…兵長のケチっ!!」
「……。」


抱きつけない苛立ちから、ふんっと顔を背けイスに座る。そしてテーブルに両手で頬杖をつき、口を尖らせる。すると兵長も黙ったまま私の向かいに座った。


「…お前な、その拗ねた顔はちょっと可愛いがいい加減にしろよ?」
「、え?」
「俺は何もお前に意地悪したくて言ってるわけじゃねぇんだぞ。」
「う、…それは…、分かってます、けど…。」
「…俺が以前までの関係を望んでないことはちゃんと分かってるか?」
「……はい。」
「じゃあ、それがなぜだかは分かるか?」
「え、なぜかって……、」
「……。」


私は手をテーブルに置き、考える。


「…それは…、だから…その、えっと……?」
「……。」


首を傾げると、ため息を吐かれた。私は口を噤む。


「…今までの関係は、言ってしまえば愛のない関係だった。そうだろ?」
「愛?」
「そうだ。俺らは恋人でも何でもなかった。それなのに普通はああいう行為はしない。それは分かるな?」
「…はい…」
「俺らの間には何の繋がりもなかった。俺はただ寂しさや弱さを紛らわす為だけに、その為だけにお前を抱いていた。俺の中で物事が消化出来ずどうしようもなくなった時、そういう時に俺はお前に頼っていた。お前に触れているとその間は満たされていたからだ。」
「……」
「…だが、それは間違っていた。それじゃあ俺はお前を道具として見ている事と変わらない。」
「っそんな…、っそれは、違いますよっ、!」
「…何がだ?」
「兵長はそんな人じゃありません!それは、私だって、望んでたことですし!」
「……だからまぁ、極端な話、だ。やってる事はそれと何ら変わりないだろ。」
「……でも…。」
「俺が言いたいのは、そういう時だけに抱くようなそれだけの関係は、余計寂しいだろってことだ。」
「…寂しい?」
「ああ。こういうのはもっと単純でいいはずだ。俺はお前が好きで、お前も俺が好きで、……そういう、単純な想いで求め合えたらそれが一番いいんじゃねぇか?」
「……」
「寂しいからとか、満たされないからとかじゃなく。分かるか?」
「………。」
「そこに愛がないのなら、相手は誰でもいいってことになるだろ。極論だが。」
「………。」
「…だから俺はお前とそんな愛のない行為はしたくない。お前の事が、好きだからだ。」
「……はい…」
「お前と今まで以上にちゃんと触れ合いたい。大事にしたい。その為にはお前にも愛を持っておいてもらわないと困る。お前が俺と同じ分だけの愛を持ってねぇと、ただの俺の一方的な想いで終わっちまう。だから俺はお前にもちゃんとこの気持ちを分かってもらいたい。」
「………」
「つまり、お前は今までとやってる事は同じなのに何が変わるんだと思ってるかもしれねぇが、そこに愛があるかないかで全然違うって事だ。だからお前に恋をしろと言っている。そして愛を知れと。」
「……。」
「…分かったか?」


…兵長は、愛が、欲しい。私の、愛が。
兵長はもうすでにそれを持ってて、だから私も同じ分だけ持っていないと、寂しい。
その為には恋をする必要があって。
今までみたいに、ただ紛らわすだけの、そういう、関係じゃなくて。
それだけじゃなくて、それ以上の、違うもの。


今まで以上の。それ以上、の。


「………、」


―俺はそれ以上を求めてるんだよ。


「(それ、以上…)」


兵長が前に言っていた、“それ以上”というのは、こういうこと?
私はあの時その意味が全く分からなかったけど、なんとなく、今なら分かるような気が………する。かも……?

それ以上っていうのは、お互いに愛を持って触れ合う、とか……そういうこと…なのか…?

それが、大事ということなの?


「……。」
「…まぁ、分かってねぇならそれはそれでまた…」
「うぅ……、なんか、でも……私、なんとなく分かった気が、する、ような…、」
「…あ?…本当かよ。」
「……兵長が言う“それ以上”というのは……、愛のある関係、ってことなんですか…?」
「……あぁ…そう、だな。」
「ふむ……。…とりあえず、それは…分かりました」
「…本当か?」
「兵長は、愛し合ってないと、したくないってことですよね?」
「……そうだ。」
「…そう、ですよね……。」
「…本当に分かってんのか?お前。」
「う……、私は…正直…、今まで愛とかあんまり考えたことなくて…。そもそも兵長以外としたこともないですし…。」
「………。」
「私は…兵長が求めてくるならそれをただ受け入れたいと思ってただけなので…愛とか、よく分からない、です…それ以外は何も考えてませんでした」
「……チッ。…俺のせいって事は分かってんだよ…。」
「え?」
「……俺が最初にお前を何の繋がりもなく抱いちまったから、だからそういう考え方しか出来ねぇんだよ。完全に俺のせいだ。お前の処女を奪った俺のせいだ。」
「はい?」
「…最初からもっと普通に、もっとちゃんとした始め方をしていれば、こんな事にはならなかったはずだ。お前も普通の恋愛ができたかもしれねぇ。…俺とこんな事にならなければ、もっとちゃんとした男とでも普通の恋が出来たかもしれねぇのにな。」
「……兵長?何言ってるんですか?」
「いやそれはそれで困るが…。」
「ちょっと、聞いてます?」
「…あ?」
「私は兵長と居れたこと、全く後悔してませんよ?」
「……、」
「お互い間違えてたかもしれないですけど…でも、それに気づけたのなら、いいじゃないですか。」
「……」
「だからもっと、分かりたいです。ちゃんと…分からせて、くれるんですよね?」
「………ああ。」


間違えていたのは、私も同じだ。兵長だけのせいじゃない。
それに今こうして正しい方に行こうとしてるのなら、それでいいと思う。


「…あ、そうだ兵長」
「……何だ」
「思ったんですけど…、私は自分の部屋に戻らないといけないんでしょうか?」
「……。」


思い出したように口にすれば、兵長は黙る。


「…そうだな…。まぁ、そうなるだろうな。」
「………ほ、本気、ですか…?」
「…本気のつもりだが。」


やっぱり私は、あの部屋に戻りたくない。


「でも私……もうあの部屋では寝たくないっていうか……あ、いやっ兵長と一緒に寝ないってことはもちろん分かってるんですよ?でもっ、だけど……もう…一人の部屋は…嫌っていうか…。」
「……そうか」
「っ床でも何でもいいので私ここで寝たいです!」
「バカか。床で一人寝かせるわけねぇだろ。」
「えっ」
「……ここで寝たいならベッドを使えばいい。」
「…えっ!?いいんですか!?」
「ああ。」
「ほんとですか!?……あっでもそしたら兵長はどこで寝るんですか!」
「俺は今はベッドは使ってねぇ。だから気にするな」
「ちょっだからそれじゃあダメですって!!それは嫌です私!兵長もちゃんと眠って下さいよ!じゃあ私ソファでいいです!ソファがいいです!」
「却下だ。」
「ちょ?!」
「…なら俺がソファで寝るから、お前がベッド使え。それ以外は認めない。」
「……ぐぬぬ…。」
「嫌なら部屋に戻って寝ろ。」
「……。でも…私は兵長にベッド使ってもらいたいですし…だったら自分の部屋に戻った方が…。」
「……。言っておくが俺は、お前が居ないならソファも使わない。イスで適当に仮眠をとる。」
「え、な、何ですかそれ。どういうことですか」
「お前が俺のベッドで寝るなら、俺もソファでちゃんと寝る。」
「………」
「分かったか?」
「……分かり、ました…。それでいいです…。」


言っている意味がよく分からないけども、つまりは兵長も同じ部屋で寝たいということなのだろうか。
兵長がソファで寝るというのは手放しで喜べる結果ではないけど、でもここに居てもいいなら、それは嬉しい。


「……でもやっぱりどうせなら一緒に寝たい…。」
「それはダメだ。」
「……。はい…」


私は愛を知る為に、ちゃんと兵長を理解する為に、とりあえずこの欲望をなんとかしないといけないな。


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