俺の手を振り払って、ナマエが背中を向けて遠くなっていく。居なくなる。俺は一人残され、そこから動けなくなる。
この世界でナマエが居なくなれば俺はどうすればいい。どこへ行けばいいのかすら分からない。帰れなくなる。記憶を取り戻す為にはアイツが必要だ。居なくなられると困る。


……いや、違う。そうじゃない。それだけじゃない。

この世界でナマエ以外に頼れる奴が居ないから、じゃない。俺はアイツの中から…ナマエ自身の世界から、はじき出されるのが。それが、………。




「…リヴァイさん?」
「…………、」


ぼんやりとする意識の中名前を呼ばれ目を開けると、ナマエが視界いっぱいに広がる。心配そうに顔を覗き込んでいるナマエと目が合った。


「大丈夫ですか?少しうなされてたみたいですけど…」
「………。」


そう言って俺の額に手をやり熱を確かめるナマエ。その行為に思わず眉を寄せ逃げるように顔を少し動かしても、ナマエは特に気にしていない。


「…熱いですね。今冷えぴた買ってきたので、やって下さい。あとポカリも。やっぱ風邪引いた時はポカリですよね。もしかしたら馴染みのない味かもですが…ダメなら水でもいいですし。買ってきたのでちゃんと飲んで下さいね。」


コイツが俺に優しいのは、それがコイツの中で当たり前のことだからだ。コイツの目にはきっと誰でも平等に映っていて、誰にでもお人好しだ。熱を出せば看病をする。気にかける。それが普通の事で、困っている人間が居たら助けるのも当然の事で。


「なんかゼリーとかもいろいろ買ってきたんですけど…ていうかリヴァイさんゼリー食べたことありますか?」


俺一人に優しいわけじゃない。コイツがお人好しなのは、最初から分かっていた。ずっと感じていた。

その優しさが今になって急にただの義務みたいに思えるのは、なぜだ。


「…私はこれからバイトですけど…一人でも大丈夫ですか?」
「………」


全然、大丈夫なんかじゃねぇ。


「あ、いやでもその前に、何か食べてもらいたいんですけど…薬も飲まないとですし」
「……あぁ…。」
「なんかとりあえず果物も買ってきました。みかんとかリンゴとか…。食べれますか?」
「……ああ、」


掴んでも、するりと俺の手から離れていく。そんな感覚がいやに残って、やり場のない思いがぐるぐると俺の中を巡った。





『リヴァイさん…行きましょう?』


アイツが俺に手を伸ばし、俺はそれを握った。それからナマエとの日々が始まった。あの日のあの手は、温かかった。


「………、」


目が覚めると部屋の中も外も暗く、いつの間にか夜になっていた。
体を起こし耳を澄ましても家の中は静かで、まだナマエは帰ってきていないようだった。


「………だりぃ…。」


温くなっている冷えぴたとやらを額から剥がし、捨てる。
ベッドの横には水やら何やらいろいろと置いてあって、ナマエの顔が浮かんでくる。ボーっと見つめ、ゆっくりと水を手に取り喉に流し込んだ。


「…っはぁ、」


熱を出すなんて何年ぶりだ。思うように動けねぇし面倒でしかない。しかもこんな見知らぬ世界でのこれはさすがに気が滅入る。

熱いし怠い。寒気がする。頭がいてぇ。


「……。」


……それに、

ナマエが、居ない。


「………。だから何だってんだよ…。」


水を置いてまた横になる。

アイツはどうせ仕事が終わるとすぐに帰ってきて俺に構いだし気にかけてくれる。優しくしてくる。大丈夫ですかと覗き込んでくる。
だがそのアイツにとっての当たり前の行動を、素直に受け入れられなくなった。

アイツが、あの時簡単に俺の手を振り払ったから。
散々優しくしておいて、でもそれは特別な事じゃないのだと思い知った。

ナマエは誰にだって優しい。


「… っ、」


余計な事を考えていると頭痛がひどくなってくる。

目を閉じて、深く息を吐く。また眠気がやってきてだんだんと意識が薄まっていく。すると玄関の方から物音が聞こえて、ナマエが帰ってきた事に気づいた。そしてリビングの明かりがつき音が近づいてきて俺は薄っすらとまぶたを開く。



「……リヴァイさん…ただいま。生きてますか…?」
「………さぁ、な…。」


声だけで、心配しているだろう事が分かる。その声を聞きながら俺はゆっくりと瞬きをして意識を手放そうとする。


「リヴァイさん、起きたなら出来るだけ何か食べないと…。薬、飲んで下さい。何も食べてませんよね?」
「……うるせぇ」
「いやうるせぇって。…ちょっと、寝ないで」
「…ほっとけ……。」
「何言ってるんですか…ほっとけませんよ。」
「………、」


放っておけない。


「……そう、だろうな……」
「…え?…何です?」
「 誰にだって…お前は……、」


優しいのは、そんなのは当たり前のことで。


「…俺が、特別な…わけじゃ、……」
「………リヴァイさん?」
「………、」


自分で何を口走っているのかも分からず、そこで俺は意識を手放した。





「……。」


リヴァイさんが、なんか、寂しそうな声を……していた。

あのまま寝てしまったリヴァイさんの様子を少しだけ見守り、私は部屋から出た。
きっと、今まで以上に心細いのかもしれない。よく分からない世界で風邪なんか引いちゃって。一人で過ごして。…いやそりゃそうだ心細いに決まってる。当たり前だ。風邪なんか引いてたら余計だ。


……いや、でも。それだけ、なのか?

リヴァイさんは、「俺が特別なわけじゃ―」とかって。言ってたよね。…うん。そう言ってた。
何の話だ?リヴァイさんが特別なわけじゃ、ない?ってこと?どういう意味だ。


「………。」


気になり、ドアの隙間からそっと中を覗く。

……大丈夫だろうか。
なんかよく分からないけれども、だけどツライのは確実だし、心細いのもそうだし…私は、彼に何をしてあげられるだろう。いっそのことずっと側に居れるように、バイトを休めば………いやそれはさすがに出来ない、よね…。うーん。

考えても、何をしてあげればいいのか分からず静かにドアから離れる。
だけど、分からないけど、とりあえず私はそれから急いで夕飯を食べてお風呂に入った。そしてそそくさと寝ているリヴァイさんの側に近寄り、そこで待機する事にした。ベッドのすぐ横に腰を下ろしリヴァイさんの近くに頬杖をつく。


「(苦しそう…。)」


その顔を見つめながら、そっと髪に触れ撫でてみる。すると少しだけ表情が和らいだ気がした。そのままゆっくり撫でていると、リヴァイさんが声を漏らしたのでさっと手を引く。


「……。」


私が何をしてあげられるのかは分からないけど今夜はここで様子を見て、リヴァイさんが起きた時に少しでも寂しくないようここに居よう。
そう決めて、とりあえずタオルで汗を拭いてあげた。





「………ハッ」


ふと気がつけば、私はベッドに顔を伏せて眠っていた。体がビクつき、焦って顔を上げればリヴァイさんは変わらず寝ていて。


「……、」


ゆっくりと息を吐いて気持ちを落ち着かす。

窓の方を見れば外は少し明るくなっていて、明け方だと分かった。
リヴァイさんはあれからずっと寝ているのだろうか。ていうか、そろそろ薬飲んでほしいんだけどな。

…それになんか呼吸が荒くなってる気がする。


「……どうしよう…。」


何か食べた方がいいし。水分も取らなきゃ……。

少し考えて、立ち上がりキッチンに向かった。起こすのは可哀想だけど薬は飲まなきゃダメな気がするから、おかゆを作り少し冷ましてから声を掛けた。


「……リヴァイさん…、リヴァイさん。」


名前を呼ぶとゆっくりと目を開けて、こっちを見た。


「…大丈夫ですか?」
「……、」
「……あの、おかゆ作ったので…食べれますか?」
「………。」


ぱちぱちとゆっくり瞬きをして、そして毛布を掛け直しながら体の向きを変え私に背中を向けた。


「え、ちょ、こら… リヴァイさん、?」
「……いらねぇ…。」
「いや、いらねーくないですよ。食べないとダメですよ。…持ってくるんで、食べて下さい。」
「………。」


小さい声でそう返され、しかし食べないと治るもんも治らないと思い、おかゆを持ってくる。そして顔を覗き込んだ。


「…リヴァイさん。起きて下さい。食べて下さい。」
「……、」


眉根を寄せ、じろりと見られるが、気にせず見つめ返す。


「ちょっとでもいいから食べて下さい。ね?」


そのままじっと見つめていると黙ったまま体を起こしてくれた。


「……。」
「…少しでもこれ食べて、薬飲んだらまた寝ていいんで。」
「……ん…。」


小さく頷いたリヴァイさんにお皿を渡す。
しかし、昨日よりも怠そうだし顔も赤い。熱が気になりおでこに手をやると昨日よりも熱かった。


「…熱上がってます?」
「……さぁな…」
「……。」
「………」
「……。」
「………、」
「……(大丈夫かなぁ)。」
「……オイ…、」
「何ですか?水ですか?」
「ちげぇ。てめぇ俺が食ってる間ずっと見ているつもりか…」
「え、あ、……すみません。食べにくいですよね。」
「……。」
「じゃあ…えっと…、あっち行っときます。」


それもそうだと立ち上がり、リビングに戻る。



「……ふう…。」


昨日の夜から放置していたスマホを手に取ると、お母さんからメールが来ていた。何だろうと思い開いてみると、その内容に何とも言えない気持ちになる。


「………。」


私は静かにリヴァイさんの方を見る。そして駅であった事を思い出した。
そういえばあれからリヴァイさんとはあまり口を利いていなかったのに、風邪のことで頭がいっぱいになって忘れていた。

………熱が下がったら、ちゃんと謝ろう。
今は素直に、そう思えた。そもそもリヴァイさんがあんな行動をとった理由だって、私は一応分かっているつもりだ。それなのにいつまでも頑固なのもよくない。リヴァイさんだって好きでこんな状況になっているんじゃないんだから。リヴァイさんにとってこの世界に居るのは予想外のことで、その中で冷静な判断が出来なくなるのは仕方のないことなのかもしれない。

そんな事を一人で思っていると、部屋から咳き込む音が聞こえてきて、慌てながら大丈夫ですかと部屋に戻ると、リヴァイさんは咽ながらもうっとおしそうな顔で私を見てきた。

…いや、だって…、そりゃあ心配するじゃないですか。こんな状況。


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