エレンの走っていく音が聞こえなくなり静かになる部屋。残されたのは紅茶を啜るリヴァイとうな垂れる私。 「…そりゃあ、お前があんだけ引っ付いてたら離れたくもなる。」 「じゃあリヴァイも私と寝てる時嫌がってるの!?」 「俺はお前の弟じゃない。姉にされたらうっとおしいんじゃねぇか。知らんが」 「………っ。」 脳裏に、可愛かったエレンが浮かんでくる。 お姉ちゃんお姉ちゃんって私のあとをついてきてた。ベッドで一緒に寝てても嫌がったりしなかった。むしろ喜んでいた。少し大きくなると照れてそっけなくなったりもしていたけど、でも嫌がってないのはちゃんと分かってた。それが可愛かった。だから私もベタベタしてた。私にお花をプレゼントしてきたりとか……そういうことも、あった。 なのに……なのに…っ! 「姉ちゃんは悲しい……!」 「そう落ち込むな。俺が居るだろう。」 「…リヴァイはエレンの代わりにはならないし……。」 「……。」 「弟はエレン一人なんだよ……」 「…俺としてはそこまでブラコンなのは気に食わないんだが。」 「えー…?そうなの…?」 「弟と言えども男だ。同じベッドで眠るのはやめろ。エレンに賛成だ。」 「…何言ってんのっ!エレンは今心細いに決まってる!ただでさえ巨人化とかいうワケの分からない状況でっ、そんなのエレンが一番不安だっていうのに、その上審議所で勝手にいろんな人にいろいろ言われて、しかも友達たちとも離れてこんな古城の地下室で一人寝てるんだよ!?そんなの心配するに決まってるでしょ!!」 「…至極正論だな。」 「しかもリヴァイにはボッコボコにされるし!!」 「……またそれか。そんなにトラウマか?」 「当たり前じゃん!私の大事な人が、大事な弟を、目の前で蹴り上げてるとこなんか見せられて簡単に忘れる方がおかしいよ!!」 「気持ちは分かるが…俺に言われても困る。」 エレンには黙っているが、私とリヴァイは付き合っているのだ。 なのであの審議所でのことはもう有り得ないくらいに複雑な気持ちになり見ていられなかった。自分の恋人が、自分の弟をあれだけ痛めつけている光景は、そういう作戦なのだと理解は出来ても気持ちは滅入る。いや滅入るどころの話じゃない。 そんなの忘れたくても簡単にはいかない。トラウマにもなる。 「……や、ごめん…、リヴァイを責めたいわけじゃないんだけど…。」 「……。」 「ただ……エレンが、心配で……」 なんだか落ち込んできて俯いていると、リヴァイは私の頬に手を伸ばしてきて、顔を上げ目を合わせてくる。 そこにある真剣なその瞳と、頬に感じる温もりに私の心は少しずつ落ち着いてくる。 「…お前の弟は、俺がちゃんと預かってる。だから心配するな。」 その言葉に、肩の力が抜けた。 「……うん。…分かってる」 私だって、分かっているのだ。リヴァイがちゃんとエレンを見ていてくれているのは。ただ、それでも、心配なのは拭い去れなくて。 いろいろ考えながらも温もりに安心しながらリヴァイの手に触れ黙っていると、リヴァイはゆっくりと近づいてくる。私はそれを受け入れ、目を閉じた。 「…姉ちゃんごめん、ちょっと言いすぎた…………、」 そして唇が触れ合うと同時に、そこにエレンが顔を出した。 「……。」 「……。」 「………えっ……、」 その瞬間、時が止まる。 姉のキスシーンを瞳に映したエレンは目を見開き顔を強張らせて動きを止める。私とリヴァイも何も言えずに思わず黙った。 「………え…、はっ…?なに、して…」 「………。」 弟にキスシーンを見られるとか。しかも弟からしたら上司と姉がキスしてるとこに出くわすとか。 何これ有り得ない。そんな事あってはならない。 「ね、姉ちゃんっ…どういう…事だよっ…、な、なな、何、してんだよ…!?」 「い、いやあのっ…これはっ……、」 「…エレンよ。見て分からないのか?キスだ。」 「!?」 「ば、バカっ!何改めて説明してんの!?恥ずかしいッ!」 「な、な……っ、」 エレンは頬を染めて後ずさる。私も慌てて立ち上がる。 「ちょっと待ってエレン!これはっ、そうじゃなくて…!違うの!」 「何がだよっ!?」 「そうだぞナマエ。何も違う事はないだろう。」 「いやちょっと何肯定しちゃってんのっ!」 「っね、姉ちゃんと兵長が……そんな…っ、そんな関係だったなんて…!」 「待ってエレン!落ち着いて!」 「お、俺はこれから、兵長のことをお義兄さんって呼ばなくちゃいけないのか…!?」 「しかも考えすぎだから!!!」 「ほう…それも悪くない。」 「あんたも賛成すんなっ!」 この関係がバレたら、エレンはリヴァイと居るのが気まずくなってしまうだろう。だから言わないでおこうと思っていたのに。しかもよりにもよってキスしてるとこ見られるとかっ! 無理とは分かっていてもどう誤魔化そうかと考えていると、状況を呑み込んだエレンが近づいてきて、私の手を引きいきなり自分の後ろに隠すように私を立たせた。エレンはリヴァイと私の間に入り込んだ。 「…ちょ、エレンっ、?」 「へ、兵長…!い、言っておきますけど…!っ姉ちゃんはそう簡単に、わ、渡しません、よっ !」 「…!?」 「……ほう。」 唐突なエレンの行動と言葉に、驚きながらも胸キュンする姉。私である。 「っ姉ちゃんは、俺の大事な、家族、なので…!いくら相手が、兵長だからって、俺はっ、ゆ、許さないですよ!俺には、姉ちゃんさえ居ればいい…!お義兄さんなんて募集していませんっ!」 「そうか……お前の大好きな姉をお前から奪うのは造作もない事だろうが、そもそもすでにナマエは俺の女だ。渡すもクソもねぇ。お前が許さなくても関係ない。」 「そ、そんな事ないです!それに姉ちゃんは俺のことが一番大好きなはずです!っなぁ、そうだろ!?」 「そんなわけ…、」 「うん!そうそう!エレンが世界で一番大事!!」 「オイ。即答かよ。」 「だってエレンは大事な弟だからね!大好きだから!」 「ふざけんな。」 「だよな姉ちゃん!」 「……オイ、エレン。」 「(ビクッ)」 「…弟だか何だか知らねぇが、ナマエは俺の女であることには違いない。あまり調子に乗るなよ。その手を放せ。」 「……い、嫌、です!姉ちゃんは俺と地下室で寝るんです!」 「え!?マジで!?いいの!?」 「待て喜ぶな。それは俺が許さねぇぞ。」 「いや許してよ!」 「ね、姉ちゃんの意思が一番大事だと思いますが!」 「……チッ…てめぇクソガキ…いい根性してるな…」 「ひっ」 「まぁまぁリヴァイ!そんなに怖い顔しないで!リヴァイに楯突くとかエレンのその勇気を褒め称えようよ!」 「知るかよ。気に食わねぇ…」 「いやいやエレン超かっこいいよ!いつの間にそんなかっこよくなったの?それにさっきも、調査兵団の兵士だって言った時、めちゃくちゃかっこよかったよ?正直鼻血でるかと思った!」 「そ、そうか…?」 「うん!エレンも大きくなったんだね!姉ちゃん嬉しい!さっきはごめんね!」 「……うん。…これからは、俺が姉ちゃんを守るから、…だから、あんまり心配しなくて、いい…からな…?」 「何それ頼もしー!かっこいー!」 「オイ待て。ナマエはてめぇみたいなガキに守られるほど貧弱な女じゃねぇぞ。」 「そ、それは…!」 「もーリヴァイ大人気ないなぁ。いいじゃんその気持ちが嬉しいじゃん。エレン、ありがとうね」 「…べ、別に……」 「……。」 エレンが男気溢れる素晴らしい弟だと分かったところで、かなり幸せな気持ちになりすぐさま地下室に行きたい気分なのだが、しかし私にとってはもう一人大好きで大切な人が居るわけで。 弟が大事なのはもちろん、だからと言ってその人を蔑ろにはしたくないわけで。 静かに息を吸った。 「……でもエレン、姉ちゃん的には、リヴァイとも仲良くしてくれたら…嬉しい、かな。」 「っえ……兵長と…なか、よく…?(こんな殺し屋みたいな目つきで俺を見てる人と?)」 「うん!もうバレちゃったら仕方ないもんね。…私はリヴァイのことも好きなの。ちゃんと好きなの。わりと大切な人だから、あまり敵対視しないでもらえたら嬉しい。それはそれでしてたら可愛いんだけど。」 「オイ、わりとって何だ。」 「え…で、でも……」 「リヴァイもエレンと仲良くしてくれるでしょ?」 「………ああ。これからも、仲良くする気満々だ。」 「ひっ」 「いやあんまり怖がらせないでよ。私の弟なんだから」 それから私達は、強引ではあったが無理やり和解し、機嫌の悪くなったリヴァイはそれでも私とエレンが地下室で一緒に寝ることを許してくれて、私は無事にエレンに抱きつきながら眠ることが出来た。エレンはリヴァイに怯えていたけど、何だかんだでリヴァイも分かってくれてると思うので、そこはあまり心配する事はないと思う。…………多分。 まぁとりあえず、リヴァイとの事はエレンにはバレたくなかったけど、でもそのおかげでエレンが私を大事にしてくれている事が改めて分かったので、姉ちゃん的には結果オーライなのである。 ◇ 「姉ちゃんっ!」 「…んっ!?」 私を呼ぶ可愛い声がして、振り返るとそこには可愛い可愛い弟が居た。 「エレン!!」 笑顔でこっちに向かってくるエレンを思いっきり抱き締めてやろうと両手を広げ私も走り出すと、エレンのすぐ後ろに居たリヴァイに足を払われ、エレンは思いっきり転んだ。 「ぶっ!?」 「ちょっ…!リヴァイあんた私の弟に何してくれてんのっ!」 「……虫が居たから払ってやっただけだ。」 「何その明らかな嘘!」 「うるせぇ。人目も憚らず抱き合おうとしてんじゃねぇ。」 「いいでしょ別にっ!…ちょっとエレン、大丈夫?」 「あ、ああ……。」 「これくらいでへこたれるような奴には、ナマエを守ることなんて一生出来ねぇだろうな。」 「くっ……!へ、へこたれてませんよっ!」 「そうか。それは良かった。…それだとつまんねぇからな。」 「ひっ」 「ちょっと仲良くしてって私言ったよね!?」 エレンに凄み冷たい視線を送る私の恋人(※上司)。それに怯えながらも負けじと立ち上がる弟(※部下)。 ……うん。これはこれで結果オーライ………だったのだろうか。不安になってきた。 「オイエレン。もたもたしてんじゃねぇぞこのグズが。」 「ちょっ、ちょっと待って下さいよっ、」 「さっさとしねぇと巨人化する前にぶっ殺しちまうぞ。」 「…っちょっと姉ちゃん!この人ぜんぜん俺と仲良くする気が感じられないんだけど!」 「はっ…バカ言え。てめぇはナマエの弟だぞ?可愛がってるに決まっているだろうが。」 「ど、どこが!?」 しかしとりあえず、今日も私が二人に愛されている事だけは伝わってきて、それはそれで嬉しかったりするのだった。 |