「エルドさん、その彼女の……どこを好きになったんですか？」
「…どこでもいいだろう。」
「いいじゃないですか教えて下さいよー！」
「何でそんなに興味持つんだ……」
「そういう話した事ないからです！」
「ぺトラとでもしたらどうだ？」
「え、だって恋人が居るのエルドさんだけなんですもん」
「だからって…。」
「っあ、そういえば兵長も恋人居ないんですって！」
「…あぁ……だから言っただろう」
「で、唯一そういう人が居るのはエルドさんだけなわけですけど」
「あまり追及しないでくれ……」


エルドさんに恋人が居ると分かってから、話を聞こうとするのだがはぐらかされたりして答えてくれない。


「いいじゃないですかいいじゃないですかー！聞かせて下さいよー！」
「……なら、まずはナマエから話してもらおう。」
「え？なにを？」
「ナマエの方こそどうなんだ？好きな人とか」
「…私の好きな人？」
「ああ。今まで居なかったのか？」
「うーん…そうですねぇ……。」


私に好きな人。そういうのは考えた事がない。思った事もない。できたこともない。


「…だいたい、好きな人というのは…どうやって判断するんですか？」
「え？」
「よく分かんないんですよねぇ…好きな人……」
「そこからなのか？」
「馬鹿だなナマエ……こういうのはな、考えるもんじゃねぇ。感じるもんだ。」
「っわ、オルオ。居たの？」
「なんだ……聞いていたのか？急に会話に参加してきたな」


いきなり参加してきたオルオはすました顔で続ける。


「まぁお前は馬鹿だから分からないだろうな。感じろと言ったところで何も感じる事は出来ないだろう。」
「…でも私、ちゃんと考えろって言われてるんだよねぇ……兵長に。」
「え、何をだ？好きな人についてか？」
「いや……なんか、自分の気持ち？というか」
「自分の気持ちすら深く考えないと分からないのか？兵長もよく見捨てないもんだ」
「オルオうるさいぞ。そんな事言って、お前だって実はナマエのこと尊敬してるくせに」
「え、尊敬？」
「っな、何言ってんだよエルド？！この俺がこんなやつ尊敬するわけないだろう！俺が尊敬しているのはリヴァイ兵長だけだ！」
「どうだかな」
「何だと…！」
「え？え？」
「違う、違うぞナマエ！」
「っえ、あ、えっと……うん、そうだよね。こんな私を尊敬してる人が居るとは思えないし。ありえないよね。」
「 あ…あぁ… え、いや……」
「本当に馬鹿だし皆にも迷惑かけちゃうし…注射だって逃げちゃうし……うん…そりゃそうだよ……」
「……」
「オイ、オルオ。ナマエが遠い目になってしまったじゃないか。」
「俺のせいにするなっ！」
「いやいや… もう、エルドさん尊敬だなんてそんな変な事言わないで下さいよー」
「いやしかし実際、ナマエを尊敬してるやつらは他にも居ると思うぞ」
「ないですってそれは……ねぇオルオ」
「……まぁ…ナマエは…確かに馬鹿だが…でも……尊敬して、やらない事も、ないぞ……？」
「え？」
「やっぱり尊敬してるんじゃないか。」
「……う、うるっせぇ！っもういい、俺は知らん！！」
「あっ 行っちゃった」
「逃げたな……。」


エルドさんがおかしな事を言ったからか、オルオは慌てた様子で出ていく。
彼は何をしに来たのだろう。


「…って、そうじゃなくてですね！彼女さんの話です！」
「思い出さなくていいぞ……」
「そんな照れずにー」
「…だからその前にナマエの話から聞かせてくれ。」
「あ、そっか、そうでした…。えっとぉ……」
「気になる人とか。そういう人だな」
「うーん、気になるひと……」
「…本当に居ないのか？例えば、気づいたらその人の事を考えているとか…。ずっと側に居たい、とか。そんなふうに思う人」
「ほう……なるほど。エルドさんはそういう風に彼女さんの事を想っているんですね。」
「なっ…、だ、だから例えばの話だ！」
「例えばですか」
「そうだ、例えば…だ。で、どうなんだ？」
「…ずっと、側に居たい人……ですか」
「ああ。例えばな」
「………。」


兵長。リヴァイ兵長。

それはすぐに思い浮かんだ。私がずっと側に居たいと思う人はリヴァイ兵長だ。もちろん皆ともずっと居たいけど、でもやっぱり兵長が一番に思い浮かんだ。


「どうなんだ？」
「…それなら、居ます……ね。」
「え、居るのか…！(兵長のことか！？)」


もしかして私は、兵長のことを特別に思っている？

いや、でも、それは当たり前の事だ。だって兵長のおかげで私は生きているのだから。特別というのはなんというか、家族のような、そういう事で。
お兄ちゃんが居なくなって家族という存在がなくなった私には、ずっと兵長が居てくれた。だからそんな人を特別に思うのは当たり前の事。

そうだ、私は、そんなふうに思っている。リヴァイ兵長の事を。


「…うん。そう、ですね。」
「…その人が、ナマエの好きな人なんじゃないのか？」
「え……」


好き？

（いや…）

好き、とかでは、ない。と思う。それは、家族のような、ものなのだと。思う。


「…好きという…感情が…あまり、理解できてないですけど……でもそれは違うと思います。」
「そうなのか？」
「…はい」


家族のように思っているから、だから落ち着くんだ。兵長と居ると。


「…まぁ、そういうものなのかもしれないな。始まりは。」
「始まり？」
「そのうちナマエも、きっと気づくだろう。」
「気づく……、」


そう言ってエルドさんは優しく微笑む。


「オルオじゃないが、こういうものは考えてどうにかなるものでもないしな。」
「そうなんですか？」
「ああ。ふと気づくものなんじゃないか？」
「…そういうものなんですか」
「多分な。」
「エルドさんもそうだったんですか？」
「……まぁ…そんな感じだったような…。いや、だから、俺の話はいい。」
「何でですか！私も答えたのに！」
「ナマエのは答えたうちに入らない。結果として分からなかったしな。うん。」
「そんな…ずるい…話したのに……。」
「あ、そろそろ訓練の時間じゃないか？そうだ、訓練だな。行かないと。」
「エルドさん白々しいです！」
「あぁ忙しい忙しい」


白々しいエルドさんはそのまま目を合わせずに行ってしまう。私も話したのに聞かせてくれないなんてずるい。
でも、そのおかげで兵長に言われていた事の答えが出た気がする。そんな事を思いながらも訓練をしなくちゃならないから、私もそのあとを追いかけた。


◇


「兵長？居ますか？」


兵長の部屋をノックしても返事がない。

あれから訓練を終えて夕食を皆で食べ、あとは各々過ごすだけになった。本部の方へと行っていた兵長はさっき戻ってきたので、話がしたくて来たんだけど今はまだ忙しいのかな？


「人の部屋の前で何してる」


どこに行ったんだろうと考えていると声が聞こえそっちを向くと兵長が居た。


「あ、兵長…」
「なんだ、本でも読みにきたのか？」
「…今忙しいですか？」
「もう今日の仕事は終わった。入りたいんなら入れ。」


そう言い、部屋を開けて中へと入る。その背中を見ながら私もそれに続いた。


「…お茶、淹れましょうか？」
「いや、さっき飲んだからいい。お前が飲みてぇなら勝手に淹れろ」
「あ、いや、じゃあ私もいいです」


兵長は灯りをつけイスに座り、腰を落ち着かせる。私もいつも通り向かいのイスに座った。


「………」
「…どうした、やけに静かだな。」
「え、そうですか？」
「何かあったのか」
「いや、何かあったというか……あったのかな？いやでも、特にはない…です、けど…」
「じゃあ何でそんな静かなんだよ」


今さっき顔を合わせたばかりであまり会話していないのに、私はそんなに気になるほど静かなのだろうか？


「えっと…、あの、今日は、その」
「何だ。はっきりしろ」
「は、はい……、」


何でこんなに言い出しづらいんだろう。

話がしたいというのは、もちろん兵長に考えろと言われていた事についての話だ。今日エルドさんと話していて見つけた答えを言いに来た。何で兵長と居ると落ち着くのか、何でそう思うのか。その答えが出た気がしたから。でも、いざ兵長を目の前にすると何故か少し緊張する。何でだろう。ただ、伝えるだけなのに。

私は、兵長を家族のように大切に思っていると。


「言いたい事があるならさっさと言え。」


深く息を吸い、少しイラつきを見せる兵長を真っ直ぐ見た。


「あの……兵長。」
「だから何だ」
「私……あの、答えが、出ました。」
「……、何のだ？」
「…兵長に、考えろと言われていた、答え、…です。」


そう伝えると、空気が少し変わった。


「…そうか。」
「はい…」


兵長は少し身構えたような顔をする。


（あぁ、おかしい…）

私はどうしてこんなに緊張しているんだろう。ただ伝えるだけなのに。


「…で、何なんだ」
「は、はい。えっと…ですね。」


だけど兵長も私の目を真っ直ぐ見てくれる。その瞳に、緊張しながらも口を開いた。


「…私、思ったんですけど、…私は、兄を失った時、兵長…に、助けられました。だから…その時点で、私の中で兵長が特別になるのは自然なこと……だと思ったんです。」
「……、それで？」
「はい……私は、兵長のおかげで、今もこうして生きているんです。だから、今はまだ面倒しかかけてませんが…これからも兵長の側で役に立ちたい、と…思ってます。それに私は兵長を尊敬してます。だから、その…これからも側に居れたらな、と……」
「……」
「私にはもう、家族が居ない、ので…多分、ずっと側に居てくれた兵長を…家族、みたいに思ってるんだと思います。だから………一緒に居ると落ち着く、んだと。」


上手くまとまっていない言葉を兵長は静かに聞く。支離滅裂ではあったけど、でも簡潔に言いたい事は言えたと思う。


「あの…なんというかその…そんな感じで……」
「……そうか。」


言い終わると、兵長は私から視線を外して黙る。

私もそれ以上は何も言わず口を閉じた。静かになった部屋には何の音も聞こえなくて、自分の心拍音がやけに響いてるように感じた。


「……。」


言葉を待ち黙っていると、少ししてから兵長が静かに口を開く。


「…お前は、勘違いしている。」
「…え？」
「あの時俺は……お前を助けたわけじゃない。」


そして私の思いを、勘違いだと言った。


「……、」
「あの時、あの場にお前が居ようがいまいが、兄が食われてなかろうが俺はあの巨人を倒していた。俺は俺のやるべき事をしたまでだ。」
「それは……そう…ですけど…」
「お前がたまたまそこに居たってだけで、それは俺には関係ない。」
「… そう、かもしれませんが……でも結果的に、私は助けられました」
「そんなもん俺には関係ねぇし知らねぇ。」
「…っ兵長は…そうでも…、でも、私は……」


私は兵長に助けられた。この事実は変わらないしそれで今も生きられている事に感謝するのも当然のことだ。


「尊敬だとか、役に立ちたいだとか……そんな気持ちで俺の側に居ようと思うんなら、やめろ。」
「 え…、」
「俺はそんなもんいらない。」


兵長は私の言葉を聞き、そしてその上でいらないと、はっきりと言った。


「…で、でも…私は……」


いらないと言われたら、私は、これからどうすればいいんだろう。


「お前はこれから先、一生そうやって生きていくのか？それだけの為に生きるのか？」
「……そう、です。だって、兵長のおかげで、私は…あの時……、」
「…馬鹿か？そんなもんの為に、生きるんじゃねぇ。」


助けられた命を、その為に使いたいと思うのは、いけない事なのだろうか。


「…話はそれだけか？」


でも私は、兵長の側にこれからも居たいのに、それがなくなったら、私は……


「ナマエ、」


何の為に、誰の、為に。何を、理由に、生きればいいの？


「…オイ、聞いてんのか？」
「……へい、ちょう」


兵長にいらないと言われたら、私は。

なんだか頭がひどく重い。世界が歪む。


「…もう部屋に戻れ。」


兵長は立ち上がり、私の腕を掴んで立たせた。でも足に力が入りにくい。


「お前がどう思ったのか知らんが……それに対しての俺の気持ちは変わらない。分かったらもう戻れ。」
「………、」


私の思いがはっきりと拒絶され、それから自分の部屋までどうやって戻ったのか、あまり覚えていないほど私は衝撃を受けていた。

そして兵長の言葉だけが頭に響き続け眠れずにそのまま朝を迎えた。