「エレン、ナマエさんがどこに居るか知ってる?」
「……あ、」


古城の掃除に追われていると、ぺトラさんに声を掛けられた。


「えっと…ナマエさんなら、裏庭に向かっているところを見た気がしますが」
「そう、分かった。…もしまた見かけたらでいいんだけど、一応どこに居るのかを気にかけてもらっといてもいい?」
「え、あ、……ナマエさんのことをですか?」
「うん。なんとなくでいいから」
「………はい。分かりました」


ぺトラさんの言うことに心の中で首を傾げながらも、それに頷く。

だけどそれから一時間後。黙々と掃除を続けているとまた声を掛けられた。


「オイ、エレン」
「……オルオさん。何ですか?」


そこにはオルオさんの姿。


「ナマエを見なかったか?」
「……ナマエさん、なら、多分裏庭の掃除をしていると思いますけど…」
「そうか、分かった」
「……?」


それだけ聞くとオルオさんは歩いて行ってしまった。

俺は今度こそ首を傾げる。どうしてそんなにナマエさんのことを気にかけているのだろう。





「エレン、もう今日の掃除は終わりだ。」
「あ、はい。分かりました」
「あの馬鹿はどこに行った?」
「え、ばか…?」


兵長は声を掛けると俺が掃除したこの部屋を見渡し、そして最後に俺を見て口を開く。


「ナマエだ。見なかったか」
「あ、え、ナマエさん……ですか。そういえば見てないです」
「一度も見かけなかったのか?」
「あ、いえ…大分前にですけど裏庭に向かったところなら見かけましたが……」
「……そうか。」


まただ。兵長もナマエさんがどこに居るのかを気にしている。俺はついに口を開いた。


「…皆さんやたらナマエさんの居場所を確認されるんですね」
「……アイツは馬鹿だからな。見張ってねぇと面倒なんだよ。」
「そ、そうなんですか…?」
「ああ。…俺はあの馬鹿を連れてくる。お前は体に付いた埃でも落としてこい。すぐメシだ」
「あ、はい…… あっでも、兵長、俺がナマエさんを見かけたのはまだ明るかった時なので今はもう裏庭には居ないと思います」
「……いや、あれは馬鹿だから一度集中すると死ぬまで同じ事やりかねねぇんだよ。」
「え、(死ぬまでって……)でもさすがにこの暗さで庭の掃除は……」


さすがにもう場所を変えているのではなかろうか。だって、もう暗いぞ。


「…ならついてこい。お前もこれからナマエと関わっていくんならアイツの馬鹿さ加減を知っておいた方がいい。」
「は、はぁ……」


リヴァイ兵長はそう言って、本当に裏庭へと向かいだす。よく分からないがとりあえず言う通りにその後ろ姿についていくことにした。


今日はずっとこの古城(旧調査兵団本部)の掃除をしていた。しばらく俺達はここに拠点を移すらしい。俺はリヴァイ班所属となり他の先輩方とも挨拶をした。ぺトラさんとオルオさん、エルドさんにグンタさんにも。そしてもちろんナマエさんとも。

しかし、兵長は今の会話だけで何回馬鹿と言ったんだろう。ナマエさんとはまだそんなに話をした事はないけどそこまで頭の悪そうな人には見えなかったと思う。人当たりの良さそうな……あとは小さくて子供みたいだとは思ったけど。年上に全く見えなかった。でもペトラさんが敬語を使ってるくらいだしただ幼く見えるだけか。小さいし。

それから、本当にまだ掃除をし続けているのだろうかと疑問に思いながら兵長と裏庭まで来ると、そこは薄暗くて視界があまりよくはなかった。

だけど、そこにはその暗闇の中丸まりながら動く何かを確認できた。


「え…マジかよ……」
「だから言っただろう」


そしてそれはよく見るとナマエさんだった。しゃがみこみながらひたすら草を抜いていて周りには大量の抜いた草がまとまめて置いてある。すごい量だ……じゃなくて、暗くて視界も悪いんだからもうやめればいいのに。続きはまた明日でもいいんじゃないか?一日で全てを終わらそうとしているのであればそれは無茶じゃないだろうか。

立ったままその丸まった背中を見つめていると、兵長は名前を呼ぶ事もなく近づき、そして。


「オイ、もう掃除は終わりだ。」

「ぅぎゃっ?! っ、……へ、へいちょう?!」


尻を蹴り上げた。その反動で軽く飛んだナマエさんはこちらに振り向き尻を擦る。ていうか兵長。女の人の尻を蹴り上げるなんてそんな。


「び、びっくりしたぁ……」
「いつまでやってんだ。もうメシにするぞ」
「え、もうそんな時間ですか?うわ、ほんとだ暗い!」
「 え……」


俺はその言葉に思わず声を漏らす。この人はもしかして日が落ちた事にすら気づいてなかったのだろうか。いや、そんな、ありえないだろ。視界が悪くなるんだからさすがに分かるだろ。


「そういえばお腹空きましたねぇ」


まさか腹がへった事にも気づかなかったのか?


「オイ馬鹿。お前……手見せてみろ」
「はい?」
「……なぜ素手のままやった。」
「え?っあ、痛い!兵長イタイ!」


その手には土と細かい傷がたくさん出来ていて少し血が滲んでいた。兵長はナマエさんの目線に合わせしゃがみ、それを手に取り見て眉間にシワを寄せる。そして力を込めているのかナマエさんは痛がる。


「兵長痛いです!離して下さい!」
「離さねぇ。お前が反省するまでな。」
「反省してます!!すごく反省してイダダダダッ?!」
「あ?聞こえねぇな。」


これも痛みによる教訓なのだろうか…
でも、確かにナマエさんは…少し……


「痛い痛い痛い!イタあっ、エレン!居たの?びっくりした!お疲れ様!……痛い痛いッ!!」
「え、えぇっ!(俺兵長のすぐ後ろに居たのに!)」


かなり、馬鹿だ。


「そうか。目まで悪くなったのか」
「いや、気づかなかっただけです!痛いです兵長!」
「当然だ。痛くしてんだよ。」
「いやいやっ、アノッ、!兵長の手まで汚れちゃいますよ!」
「そうだな、汚ぇ……気持ち悪ぃ。」
「それなら手を離して下さいッ!!」
「あ、あの兵長…(ナマエさんがちょっと可哀想な気が…)」
「……あ?何だ?」
「ほ、ほら、エレンも引いてますよ!」
「…ああ。お前の馬鹿さ加減にな。」
「……(それも確かに否定は出来ない)。」
「は、離して下さいお願いします…っ!私今ちょっと泣きそうです!」
「別に構わない。」
「いや構って下さい是非とも!くっ……!後輩の前で泣くわけにはいきません!!」
「ほう…お前にも恥とかあったのか。心外だな」
「いやそれは私のセリフ…!何で兵長が心外なんですか!」


俺はただひたすら困惑した。

何なんだこの二人は?なんかちょっと怖い。兵長も同じ女性のぺトラさんにはこんなふうには接していなかったはず。ナマエさんだって女の人なのに。しかもこんなに小さくてなんだか見た目は子供のようなのに(いや、怒られている姿は子供にしか見えないが)。そしていくら馬鹿だからといっても少し可哀想な気が……。


「俺は過去に二度、お前に言ったはずだ。草をむしる時は素手でやるなと。」
「そ、そうですね……」


まさか。一度なら未だしもこんな事が過去に二度も…?しかもそんな根本的な途中で気づきそうな事を過去に二度も。そして今目の前で三度目を。

……そりゃ確かに怒りたくもなる。


「今度また同じ過ちをしてみろ。殺す。いいな」


いや殺すってまたそんな大げさな……


「分かりました…」


分かっちゃうんかい。


「分かればいい。洗ってこい」
「……はい!」


兵長はそのままナマエさんを立たせ、その後姿を見送った。



「……これで分かっただろ」
「あ、…はい…。そう、ですね…」
「あの馬鹿は集中すると周りが見えなくなる。だから見ててやんねぇといけねぇんだよ。めんどくせぇが……」
「……。」


そうか。だから、ぺトラさんやオルオさん達もナマエさんの居場所を確認してきてたのか。なるほど。

でも確かに面倒ではあるが、それならどうして兵長はナマエさんをこの特別作戦班に選んだのだろう。もしかしてああ見えてかなり強いのか?


古城での生活、一日目。俺はいろいろと疑問に思いながらも、また兵長のあとを歩くのだった。


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