「兵長っ!おふろ一緒に入りましょう!!」 「………。」 もう一度兵長の側に居ることを許され、私の心は舞い上がっている。この距離で居られることが嬉しくて仕方ない。兵長の温もりを感じながら眠るのは幸せで、久しぶりにぐっすり眠れた気がする。 だけど床で寝てしまったから、きっと汚れたに違いない。なのでお風呂に入ろうと提案するが、兵長は呆れ顔で口を開いた。 「……入らねぇよ。」 「え?入らないんですか?でも私、兵長と入りたいです。」 「…お前な…。」 「……え?」 「だから、そういう事は、もうしない。」 「…えっ……、」 「え、じゃねぇよ。当たり前だろ。」 「えっ、なっ……何で!?」 「……。」 「そういう事って、具体的にどういう事ですか!?」 「…だから…、風呂に入ったり、一緒に寝たりだとか……」 「!?」 「あと、抱きつくのも禁止だ。」 「!!?」 「もちろん俺もお前を抱いたりはしない。」 「…どうしてですか!?」 「……だからそれだと今までと変わらんだろうが。お前本当に何も分かってねぇな。何ビックリしてんだよ。」 「だ、だって!兵長は私のことが好きなんじゃないんですか!?」 「好きだが。」 「だったら何で!?」 「………お前、振り出しに戻ってんじゃねーか。」 「え!…っぁう、いだだだ、っ」 眉間にシワを寄せた兵長は私の頬を抓る。 「これから先お前が俺に本気で惚れるまでは、何もしない。」 「え……じゃあ、…どうすれば……」 「…そもそもお前は、惚れる惚れない以前に、俺が求めているものが分かってない。だからそれを理解出来るよう努めろ。俺もちゃんとお前に伝えるから。」 「………。」 「……何だその顔は。」 「…だって……せっかく側に居れるのにお風呂も一緒に入れないなんて……寂しいじゃないですか」 「………。お前な、俺はお前と風呂に入る為にわざわざこんな事をしているわけじゃないんだが。」 「……」 「寂しさを紛らわすだけならそれは俺じゃなくてもいいだろ?」 「……」 「お前にとって俺は何なんだ?俺は何の為に居るんだ?ただお前の欲求を満たせばそれでいいのか?」 「………」 「それだけなら、その相手はわざわざ俺じゃなくてもいいだろ。」 「…………」 「お前が相手に選ぶのが、俺じゃなきゃいけない理由が欲しいんだよ。」 「………なんか兵長…何言ってるのか分かりません…」 「いや何でだよ。」 「難しいです…」 「何がだ?何が難しいんだよ」 「…なんか……全体的に」 「………。」 「……。」 「…だから、普通は、付き合ってもいない男と女は、風呂には一緒に入らない。」 「……」 「そして俺とお前は付き合ってない。だから入らない。ただそれだけだ。」 「……」 「今までの関係がおかしかったんだよ。だからそれを基準に考えるな。」 「………。」 「不満げな顔をすんじゃねぇ。」 「…じゃあ、いつになったら一緒に入れるんですか」 「だからそれはてめぇが俺に惚れたらだよ。俺はお前とちゃんと、普通に、付き合いてぇんだよ。」 「……それまで一緒に寝るのもダメなんですか?」 「ダメだ。」 「…それくらいよくないですか?」 「よくねーよ。何だ、なぜ急に駄々をこねだす」 「………だって兵長と一緒に寝たいんです、私」 「……。」 「側に居れるなら、一緒に寝たいです。抱きつきたいです。頭撫でて欲しいです。触れていたいんです。」 「…何でまたいきなり甘ったれになってんだよ。極端な奴だな」 「……兵長と居ると、私は甘えてしまいます…。欲張りに、なってしまいます。」 「……。」 「だから私は……、私じゃダメだって、思ったんです。もっと、もっとって、私は自分の欲求を押し付けてしまいます。だから、もう一緒には居ない方がいいって……、」 「……そうか。そうだな。今までその甘さを許していたのは、俺だ。お前が求めるままに俺はそれを受け入れていた。だからお前もそういう思考になっちまってるんだよ。俺にも責任はある。」 「……。」 「…だから、ちゃんと俺が責任をとる。お前には悪いがお前が理解出来るまではもう甘やかさねぇ。」 「………」 「お前がちゃんと分かるまで、ずっと付き合うから、だからお前にもちゃんと向き合って欲しい。」 「……それは…もちろん、その…つもりですけど…」 「…我儘言って悪いな。だがお前に拒否権はない。」 「…それ、ほんと無茶苦茶です、兵長」 「ああ…そうだな」 「…でも…、私もちゃんと分かりたいとは思っているんです。本当。」 「それは有り難い話だ」 「ただ…私も、我儘になってしまいます」 「…我儘同士、お似合いじゃねぇか。上等だ」 「……ふ…、そうですね」 こんなふうに兵長と目を合わせながら話すのは久しぶりで、こうして居れることが嬉しくて、もう離れたくないと思ってしまう。一人で眠る寂しさはもう感じたくないと思ってしまう。 兵長に触れると私はこんなにも満たされる。だから前みたいに触れていたいと思うけど、でもそれは、兵長が求めているものではない。 「とにかくお前は固定概念をぶち壊せ。」 「それはどうやったら壊せるんですか」 「俺の事を理解できれば壊れるんじゃねぇか」 「……とにかく兵長の言っている事を理解するのが全てなんですね」 「そうだ。そしてとっとと俺に惚れろ。」 「…私は兵長のこと、大好きって思ってるんですけど、それは」 「…お前の言ってるそれは……ただ懐いてるとか、そういう単純なものだろ?」 「……え、分かんないです。」 「……。だから……じゃあ、お前はハンジのことを好きか嫌いかで言ったら、どっちだ」 「え?ハンジさんですか?…そりゃあ…好き、の方ですけど」 「それと同じって意味だ。俺が言いたい事は。」 「……え?」 「いや分かりにくいか……。じゃあ…親だ。親だな。お前両親の事は大好きか?」 「……まぁ、そうですね…嫌いでは、ないですけど…。」 「大好きではねぇのかよ」 「いやそりゃあ親なので…もちろん、好きっていうか…アレですけど。」 「これもダメか……。じゃあお前…、俺以外に何が大好きなんだ?」 「え、兵長以外にですか?」 「ああ」 「………あ、壁外は大好きですけど」 「そういう事じゃない。それじゃあ余計ややこしくなる。他には」 「え、他に……ですか…。」 「……。」 「………っあ、調査兵団は大好きです。」 「いやだからざっくりとしすぎだろ。」 「え?これもダメですか?」 「……俺以外に大好きな人間は居ねぇのか?」 「え、……居ないですよ、そんなの。」 「…………。」 「……兵長?」 「……いや…。ちょっと。(喜んでる場合じゃねぇ)」 「ん?」 「何でもない。…とにかく。お前の言っているその気持ちは、恋愛感情じゃない。俺に対する憧れや尊敬も交じってるただの好意ってだけだ。」 「そうなんですか?」 「いやまぁあれだけ共に過ごせば情も移っちまってるだろうが…」 「え?」 「…だがお前は弟子にしろと言ったあの頃から、俺に対する気持ちは変わってないだろ?」 「あぁ……まぁ、そう…ですね…。」 「だから、だ。その気持ちは恋じゃない。」 「恋……。恋じゃない大好きもあるんですか?」 「そりゃあるだろ。お前のがそれだ。」 「………。じゃあ、私は兵長に恋をすればいいんですね?」 「そうだ。…まぁ言われてするようなもんでもないと思うが…」 「兵長に恋をすれば、一緒に寝たりお風呂入ったり出来るんですね?」 「そうだな。ていうかお前どんだけ俺と風呂入りてぇんだよ」 「ふむ……分かりました!私、兵長に恋します!」 「………あぁ。そう使命感で恋されても困るが…」 「私だって兵長と居たいんです。それが兵長に恋をすることで一緒に居られると言うのなら、私は絶対兵長に恋をします!してみせます!」 「……。まぁ、頼む。」 「はい!」 すると兵長は少し眉を下げながら、私の頬に触れてくる。そこを優しく撫でてくる。 …ていうか、今のこれは。 「…兵長、今のこの状況は、良いんですか?」 「……。」 未だに私達は向き合いながら床に座り込んでいて、私は兵長の足の間に居て、兵長は私の腰に手を回している。相変わらず密着している。だけど兵長はこういう事をしないと、そう言っていたのでは?とふと疑問が浮かぶ。 「……これは、今だけだ。」 「今、だけ…」 「そうだ。離れていた分、ちょっとくらいはこうしてたい。」 「…じゃあ…私も、もう少しだけ……ぎゅってしててもいいですか」 「………ああ。しとけ。」 「……」 今だけ許されて、私は思うままに兵長の首に腕を絡めぎゅっと抱きつく。もっともっと兵長を感じていたくてその首筋に顔を押し付けると、兵長も私の背中に腕を回し同じように私に顔を埋める。 兵長の匂いで肺が満たされると、それが懐かしくて胸がきゅっとなる。 …なんか。なんか、もう。 「……うー、へいちょぉ…。」 「…何だ。」 「離れたく、ないです」 「……、」 「もう、離れたくないです」 「…それは俺も同じだ。だから、側に居たいから、少しの間くらい我慢しろ。お前が俺に恋さえすれば抱きつき放題だぞ。」 「……でも、それまではおあずけじゃないですか。いやです。やっぱいやです。」 「…分からず屋かよ。てめぇは。」 「だって分からないんですもん」 「……。」 「兵長私、分からないです。」 「…何回も言うな。」 「恋って、どうすればできるんですか」 「……。」 「どうして私のは恋じゃないんですか」 「……」 「兵長は、私に恋をしているんですか?」 「……ああ。」 「何で私に恋してるんですか?」 「………。」 「どうやって私に恋したんですか」 「………。」 「…恋って……何なんですか…」 「……もう、俺も、分かんねぇよ…。一気にいろいろ聞くな…。」 兵長は息を漏らし、私の髪を撫でる。 「…でも、兵長、…大好き、です。」 この気持ちが恋とは違うものなら、何をどうすれば私は兵長に恋する事が出来るのだろうか。兵長を理解出来れば、恋もできるのだろうか。 私と兵長はお互い我儘で、まだ分かり合えてはいないけれど、でも一緒に居たいというその想いだけは同じで。だから、きっと、分かり合える日は来る。分かり合おうと思う、その気持ちさえあれば。 「…それ以上の愛を知れ。この分からず屋め。」 そう言って私の首筋にキスを落とす兵長は、今だけとか言って自分だけ好きなようにしていて、ズルイと思った。 |