朝日が昇り部屋の中が照らされ始めると、目が覚めた。


「………、」


ゆっくりと何度か瞬きをして、腕の中に感じる温もりに視線を落とす。


「……。」


静かに息を溢しそれを抱き締める。

あれからナマエと言葉も交わさずにずっと抱き合っていた。気づけば泣きじゃくっていたナマエは安心したように俺の腕の中で眠っていて、俺は床に座り込んだまま壁に背中を預け温もりを確かめるようにナマエを抱き締めながら過ごした。そしていつの間にか俺も眠っていた。
温かくて、心地よくて、幸福に包まれているような気分だった。それは生まれて初めて感じるものだった。

ナマエが側に居させてと溢したあの瞬間、胸がぶっ壊れちまうかと思うくらいに締め付けられた。アイツの事が大切だと、好きだと心が叫んでいるみたいで。少し息苦しいくらいだった。


俺の胸の上でスヤスヤと寝息を立てるナマエがただ愛しくて、その頭をそっと撫でる。


「…… ん…、」
「……。」


すると目を覚ましたらしくゆっくりと目を開けるのが見えた。


「………、」
「……。」
「…………ハッ、!? っへいちょうっ!?」


そしていきなり慌てた様子で体を起こした。俺は寝惚けているのかとそのままナマエを見つめる。すると俺を視界に入れたナマエは俺と目を合わせると状況を理解したのか、表情を和らげた。


「……あ………、」
「…どうした。俺はちゃんと居るぞ。」
「…っへい、ちょう…、」
「……。」


夜通し泣いたせいで赤くなり腫れている目の辺りを親指で撫でると、目を伏せ気持ち良さそうにそのまま目を閉じ、俺の手に手を重ね頬をすり寄せてきた。


「…夢じゃ、ないんですね」
「……そうだな」
「 ふふ…… おはようございます、兵長…」
「……ああ…。」


ふわりと笑うナマエが目の前に居るこの光景は、何があっても守り抜きたいと思った。


「…ていうか、私、寝ちゃってたみたいで…すみません。しかも兵長の上で」
「別にどうって事ない。それに俺もこのまま寝ていた。」
「え、この体勢で?キツくなかったですか?体痛めてません?」
「全く気にならなかった。」
「そうですか…。でも、ベッドでちゃんと寝て下さいって言ったじゃないですかぁ…?」
「…ベッドよりも心地よかったから問題ない。」
「……ふ、えへへ…そうなんですか?」


笑ったかと思えばナマエは抱きついてきて、俺の首に腕を絡める。


「兵長、へいちょー」
「…何だ」


俺もその背中に手を回せば、更にナマエはぎゅっと力を込めてきた。


「えへへ、…ふふ、」
「…何だよ。気持ち悪ぃな。」
「…だって、なんか、うそ…みたいで…信じられないというか、…もう、こんなふうには、出来ないと思ってたので」
「………。」


その言葉に、思わず俺はナマエの肩に触れ体をそっと離し、その瞳を見つめる。


「……兵長?」
「…ナマエ。」
「 はい?」
「……。」


昨日ナマエが俺にぶつけた言葉を思い出すと、胸が痛む。


「…悪かった。」
「…え?」
「勝手な事ばかり言って、お前を振り回し傷つけ寂しい思いをさせた。すまなかった。」


改めて謝るとナマエはきょとんとした顔でそれを聞く。そしてまた笑った。


「ふは、何ですか、今更。そんなこと。」
「……、」
「ていうか多分…お互い様ですし。謝らないで下さい。それに、その勝手のおかげで結果的に私は今幸せな気持ちでいっぱいです。だからもう気にすることないですよ。」


そう言うとナマエは俺の頬を両手で包み込み、優しく表情を和らげる。


「そんなことよりも、兵長と同じ気持ちを……それを、私に分からせて下さい。」
「………、」
「私はまだ、正直よく分かってないですが…でも、兵長と同じ気持ちを共有出来たら、それは嬉しいことなんだと思います。」
「……っ 」


今まで見たことのない顔でそう言うナマエはキレイで、胸が騒ぎなんだか見ていられず思わず目を逸らした。


「……分かった。ちゃんと分からせてやるから…、だから、今はまだこうしてろ。」
「、わっ、…ぶっ 」


手首を掴んで頬から離し、ナマエの後頭部を押さえつけ自分の胸にその顔を押し付けた。

するとナマエはそのまま俺の胸に耳を当ててきた。


「……兵長の、生きてる音が聞こえます。」
「そりゃあ…止まってたら困る。」
「…私、これが聞きたくて……やっぱり兵長の音を聞かないと…落ち着けなくて…」
「……。」


それを聞くと、本当に寂しい思いをさせてしまったのだとまた実感する。

それなのにコイツは俺の幸せを願ってくれていた。コイツなりに俺のことを優先して考えてくれていた。あんなに俺に甘えていたナマエが、だ。それが余計に申し訳なく思えるが、その分無性に、愛しくも感じる。


「…でも兵長のおかげで私は今、こうして居られるんですよね。あの時助けてくれて、本当にありがとうございました」
「……壁外でのことか」
「はい。あの時は怖くて、よく分からなかったですけど…でも今思い出すと、目を開けた時に兵長の背中が見えて、それから一瞬で巨人を倒して……なんか、こう……かっこ、よかったです。…ふふ、」
「……。お前、目なんか閉じてたのか。」
「あ、はい。だってもう死ぬと思ったんで」
「てめぇ簡単に死ぬとか思うんじゃねぇよ。俺を殺す気か」
「え、あ、…そうですよね。ごめんなさい。あの時兵長も危なかったんですもんね…すみません」
「いや、俺はあれくらいで死なねぇが、だがお前が死んだら俺の心は死んだも同然になる。」
「………、」
「…ギリギリ間に合ったから良かったものの…。もう、あんな思いはご免だ。」
「…兵長…。」


ナマエは顔を上げ、俺を見つめる。


「……ごめんなさい。…でも…、あの時、もうダメだと思って目を閉じた時に、……兵長のことが、浮かびました。それで、死にたくないって、…強く、思いました。」
「……、」
「それで目を開けたら…兵長が目の前に居て……えへへ。なんか、ヒーローみたいですね。兵長。やっぱりかっこいいです。」
「…呑気なこと言ってんじゃねぇよ。馬鹿が。」


そう言うと困ったように眉を下げながら笑い、そして俺の胸にまた顔を伏せた。


「私、矛盾しているかもしれませんが…兵長に会えなくなるのが怖かったんです。もし壁外で巨人にやられて、兵長に二度と会えなくなったらって、無意識にそう感じてて…それが怖くて、戦えなくなってしまいました」
「……」
「…でも、兵長が……自由に飛べって…言ってくれて……私は、壁外で戦うことが好きなことを思い出して……」


ナマエは拳を静かに握り締めた。


「私は、私の自由の為に戦おうって、また思えたんです。」


そして体を起こし、俺の目を真っ直ぐに見つめる。


「…私はもう二度と、諦めません。これから先何があっても逃げたりしません。巨人からも、…兵長からも。」
「………、」


その目は力強く真っ直ぐで、吸い込まれそうになった。


「……お前、いつの間にそんな強くなったんだ?」
「え?…そうですか?」
「……頼もしい限りだが。」
「え……へへ。それは、嬉しいです。」
「……。」


とにかく、ため息が出るくらい、コイツが愛しくて仕方ない。愛しくて愛しくてどうにかなりそうだ。


「…ナマエ」
「…はい?」


悩ましいくらいに、俺は。


「…好きだ。」


感じたままにそう伝えると、ナマエは目を細める。


「……私も、大好き…なんですけどね?」


今はまだ、ナマエと俺の想いは少し違ったものかもしれないが、だがそれをちっとも寂しく感じないのは前よりも確実に距離が縮まっているからだろう。目に見える距離だけじゃなくて、心の方が。


「えへへ…なんか、ずっとこうしてたいですね」
「…そうだな。」
「仕事なんかする気になれませんね。」
「…ああ。」
「あはは、調査兵なのにダメですね。」
「そうだな。ダメだな。…だが今くらいはいいんじゃないか。」
「……そう、ですね。ちょっとくらい、いいですよね。」
「それに俺は今、調査兵団の兵士長としてお前と居るわけじゃない。ただのリヴァイとしてお前とこうしている。」
「なるほど…そうですね。私も今兵長の部下としてこうしているわけじゃありません。…犬でも、ありません。」


そう言って愛しそうに、俺が巻いたスカーフに触れる。


「……大切なものが、また増えました。私はもう兵長の犬ではありませんが、でも前に巻いてもらったスカーフもやっぱり大事なので、あれもこれからも手放せませんね。」
「…手放せない?何をだ」
「え、だから…スカーフ、です。前に貰ったものです。」
「………お前、俺に返してきたじゃねぇか。」
「え…あ、あぁ… あれは、普段使っていたものです。一番最初に巻いてもらったものは、ちゃんと今でも持っていますよ?この前だって壁外調査に持って行きましたし。」
「……そうなのか?」
「はい。ちゃんとジャケットの胸ポケットに入れてましたよ。今までも壁外調査の時はあのスカーフを身につけて行ってたので。」
「………お前、涙ぐましいほど健気だな…。」
「え?」
「……何でもねぇ。」


それを知り、思わずナマエの頬を撫でる。
コイツは本当に真っ直ぐというか、バカというか。なんというかまぁ、とにかく愛しい。愛しすぎる。

そんなナマエと俺はこれから新しく始める為に、俺ももう二度と逃げはしないと心に誓った。


「ナマエ、愛してる。」


恥ずかしげもなく出てきたその言葉は、紛れもなく俺の本物の気持ちだった。


「……はいっ」


それを聞いてナマエは嬉しそうに笑い、俺もそれにつられ口元がほころんだ。


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