どうしよう、恥ずかしい。胸がドキドキする。バクバクする。兵長の言葉に顔がだんだん熱くなっていくのを自覚して、居てもたっても居られなくなった。恥ずかしくなった。 「…っはぁ…はぁ…、 っは………」 あのまま兵長に追及されていたら、何かが爆発していた気がする。 全速力で本部内を駆け抜けてしまった。だけどようやく我を取り戻し、足を止める。 とりあえず息を整えて落ち着こうと努めているのに、胸のドキドキはまだ治まりそうにない。 「うう……また、逃げてしまった……。」 何をしているんだ。本当に馬鹿だ。でも、でもでもでも。兵長は私の事が嫌いになったんじゃないかと怖かったのに、あんなふうに言われて、なんか、心のバランスがとれなくなった。 「、疲れた……」 難しい。この気持ちは何なんだ。 息を吐いて、呼吸を整える。とりあえず落ち着こうと顔を上げれば、イスに座り何かを読んでいるエルドさんが視界に入ってきた。 何をしているんだろうと気になり、足を進ませる。 「エルドさん」 「……ん、あぁ…ナマエか」 「何してるの?」 「え、あ、いや……何も。」 「…ふうーん?」 隣に腰を下ろすと、エルドさんは読んでいた紙を畳んで仕舞った。手紙か何かだったんだろうか。特にそれ以上は聞かずにいると、不意に声が聞こえてきた。 「隠さなくたっていいじゃないか、エルド」 「……何だ…いいだろう、別に。」 「グンタさん」 そこにグンタさんが現れて、私達の向かいに座った。 「彼女からなんだろう?その手紙」 「…うるさいぞ」 「……え?」 からかうように言うグンタさんにエルドさんは素っ気なく返す。 というか、今、彼女って? 「別に隠す事でもないだろう」 「隠してるわけじゃないんだが…」 「え……エルドさん、か、彼女って?」 「……」 「ほら、ナマエに言ってないんじゃないか。」 「……ただ、タイミングがなかっただけだ。本当だぞ、ナマエ。別に隠す必要もないし……」 「……かのじょ……」 「…見てみろ、ショック受けてるぞ?」 「え、そうなのか?違うだろう?」 「……かのじょって?」 「あ、もしかして彼女の説明からした方がいいのか?」 「…彼女というのは恋人という意味だ。そうだろうエルド」 「こ、恋人……っ!?エルドさんっ、恋人居たんですか?!」 「あ、あぁ………まぁ、な。」 「えーっ!?し、知らなかった……!」 (彼女、恋人!?エルドさんにそんな人が!?いつの間に!?) そんなの全く知らなかった。驚いた。すごく。ていうかそういうの今まで考えた事もなかった。 「黙っておくなんて可哀想じゃないか」 「だから別にタイミングがなかっただけだと言っているだろうっ」 「グ、グンタさんは?!」 「え…俺か?俺はそういう人は居ないが……」 「そ、そっか…。じゃあ…オルオとか、ペトラとかは……」 「どうだろうな?聞いた事ないし、今のところ居ないと思うぞ。抜け駆けはエルドだけだ。」 「そっか……」 「オイ抜け駆けって何だ。別に良いだろうそれくらい…というかほっといてくれ」 「ほっとかない!気になる!なんかいろいろ聞きたいです!」 「な、何だいきなり……」 「っはは、ナマエそういう話とか興味あるのか?ものすごく疎そうなんだが」 「や、こういう話ってした事も考えた事もなくて……だからなんか興味あります!エルドさん、ぜひ聞かせて下さい!」 「普通に嫌なんだが」 「えっなぜ?!」 「いやなんとなく……。」 是非とも聞きたいのに、どうやら話を聞かせてはくれないらしい。くそぅ。気になるんだけどなぁ。 「そういえばナマエ、診断はちゃんと受け終えたのか?」 「あ、はい……ぺトラと一緒に」 「…そうだ、リヴァイ兵長に嫌われたとか言っていたのは解決したのか?」 「兵長に嫌われた?誰がだ」 「さっきナマエがそう言って落ち込んでいたんだ」 「…そうなのか?」 「………」 そういえば忘れていた。エルドさんに聞かれその事やさっきの出来事を思い出す。 (あ、なんかまた胸が変な感じになってきた。) 「もう元気みたいだし、解決したのか?」 「……ハッ」 「ん?」 「……へ、へいちょう………は、」 「兵長?兵長が何だ?」 「っリヴァイ…兵長、は……こ、恋人、とか…居るの、か な……」 「………」 「………」 リヴァイ兵長だって、エルドさんのように普通に恋人が居てもおかしくはない…だろう。きっと。 「…いや、居ないだろう。」 「ああ…居ないと思うぞ。」 「っわ、分からない…じゃないですか……」 「「(あんなにあからさまなのに気づいていないなんて…)」」 恋人が居るということは、それってつまり、兵長に好きな人が居るってこと? 「……。」 兵長に好きな人。 それってつまり、兵長に特別な人が居るってこと?それって、それって…… 「オイ、ナマエ?」 「どうした?大丈夫か……」 兵長に、好きな人。兵長が誰かとそうなったら、私は、兵長の側に居ていいんだろうか?居れるんだろうか? いや。きっと、よくない……だろう。でもそうなったら、私はどうすればいいんだろう。どうなる? (兵長の側に居れなくなったら、私は……) 「 ……っ、」 兵長の側に居れない。そう思うと、ひどく寂しくなった。おかしい。胸が、苦しい。 「…ナマエっ、?」 「っな、泣いてる…のか?」 「え……?」 言われ、頬に触れるとそこは濡れていた。そこで気づく。泣いてると。 「だ、大丈夫か?!何で泣くんだ…!」 「エルドが彼女の事を黙っていたからじゃないのか?!」 「え?!そうなのか?!」 「…っ、いやっ…ちが……っ、」 「オイお前ら、何を騒いでる…」 「「!?」」 突然、私たち以外の声がして反射的にそっちを向く。そしてそこには。 「へ、兵長っ!」 「おっお疲れ様です!」 「………っ」 私の胸はおかしくなったのだろうか。さっきから苦しかったり痛かったり。更に今胸が締め付けられている。 兵長は私を見て、目を見開く。 「…お前ら……こいつに何かしやがったのか……」 「っえ……あ!ち、違います!」 「俺らが泣かせたわけでは……!」 兵長は二人をすごい目つきで見る。私は慌てて涙を拭いて、立ち上がる。 「っあ、あの…!違います二人のせいじゃないです……っていうか何で泣いてるのか私も分かってないくらいなので…その……、」 「……てめぇは涙腺まで馬鹿なのか?」 「…そ、そう、みたいです……」 涙腺だけじゃない。胸もおかしい。こんなの初めてで、戸惑う。 「……来い。」 「っぇ……あ、」 そういえば私はさっき兵長から逃げ出してしまっていたんだった。普通に話してる場合じゃない。 だけど今度こそ腕を掴まれ、引っ張られる。 「…っエ、エルドさん、グンタさん……っ、」 連れて行かれながら振り返り名前を呼んでも、二人は何も返してくれない。ただただ見送られた。 「……っ」 どうしよう、兵長に掴まれているところが熱い。なんだかまた涙が溢れてくる。 力が強くて、離せそうにない。だけど胸が。ドキドキしてこのままだと爆発してしまいそうだ。それに痛い。 だけどそのまま解放されずに兵長の執務室に着き、中へと入らされた。そしてそこでようやく手が離される。更に部屋には鍵まで掛けられた。もう逃がさないと、目がそう言っている。 「……、」 そして目の前に立たれ見下ろされる。 「あの…」 少し見つめられたのち、小さくため息を吐かれた。それから兵長はポケットからハンカチを出す。 「…いくらお前が馬鹿だと言っても、何もないのに泣いたりはしねぇだろ。」 そう言いながら目元の涙を、拭いてくれた。 「…へい、ちょう……。」 「何でそんな顔をしてる」 「…わかり、ません……」 「分からないわけねぇだろ。」 「……でも」 分からない。でも、寂しくなった。兵長の側に居れないのかもしれないと思ったら勝手に涙が出てきたんだ。 「分からないんです……」 でもこんなこと兵長には言えない。こんなの言われても迷惑だろうし、それは私の勝手な思いだ。 そのまま黙っていると舌打ちが聞こえ、少しだけ体が強張る。 「…まぁいい…。」 「……」 「なら、質問を変える。」 「はい…?」 「なぜ俺から逃げた?」 「ぁ…えと……」 「泣いたのはそれと関係してるのか?」 「や、それは、違い…ます。」 「……答えろ。なぜ、俺から逃げた」 兵長から逃げたのは、何でだっけ?自分でもよく分かってないし、上手く説明できる気もしない。でも分からないとか言ったらきっと怒られる。どうしよう。 「えと…あの……、」 なんだか息苦しくなってきた。 でもそれよりも、兵長は私のことが嫌になったのでは?そして恋人が居たんじゃなかったっけ?あれ、違うっけ……。でも私は兵長の部下でもので…?あの時の言葉が、なんか嬉しかったような…。ああダメだいろいろありすぎて頭おかしくなりそう……。 「…逃げるって事は、」 「っへ……」 「俺と居たくないという事か」 「え……?」 「採血させられた事がそんなに嫌だったとでも言うのか」 「……いや…それは、違い、ます」 「なら何で隠れたり逃げたりすんだよ。てめぇ俺に捕まってからずっと静かだったじゃねぇか」 「…ていうか……嫌になったのは、兵長の方では…?」 「あ?何がだ」 怖いけど、だけどぺトラが言ってくれた言葉を思い出し、静かに息を吸った。 「…朝、言ったじゃないですか……」 「だから何がだ」 「……私のこと、い…嫌に、なる…って……」 「…あ?何の事だ?」 「え…だから…、言ったじゃないですか……」 「……そんなもん記憶にないが。」 「えっ」 「いつ俺がそんなこと言った?」 「い、…言ったじゃないですかっ!」 「言ってねぇよ。」 「言いましたよ!私がガス切れで落下しそうになって、兵長が抱えてくれた時です!」 「……」 「え、えぇっ…。」 「聞き間違いじゃねぇのか」 「はっきりと聞きましたよ!私ショックだったんですから!」 「……ほう。」 「採血で毎回追わされて面倒だ、って…これだから嫌になる、って!」 どういう事だ?何で兵長覚えてないの?私けっこう悲しかったんだけど…… 「…あぁ、それか。それなら、言ったかもな」 「っい、言ったんじゃないですか…!」 「だが、それはお前の事が嫌になったっていう事じゃねぇよ。」 「え、?」 「…健康診断という行事が嫌になるって意味だ。」 「 へ……」 兵長はさらっと言ってのける。 「大体、それくらいで嫌になるんならとっくになってる。」 「……じゃ、じゃあ……恋人が居るってのは…?」 「は?何の話だ」 「兵長は…恋人とか…居ないんですか……?」 「……居ねぇよ」 「……!」 居ないという兵長のその言葉で、胸の痛みが一瞬で吹き飛んだ。 「何でそんな話になってんだよ……」 「…なんだ…良かった……」 (ん?良かった?) いや、そうだ。安心していいんだ。だって兵長は私のことを嫌いになったんじゃないし、恋人が居るわけでもないのだ。という事はこれからも側に居てもいいということ、だよね? 「お前……、」 「っ兵長!」 「 …何だ」 「私、勘違いしてました!」 「…らしいな。」 「私、兵長に嫌われたのかと思って、だから怖くて逃げてしまったんです!」 「……」 「すみませんでした!」 ぺトラにお礼を言いにいかなくちゃ。本当にぺトラの言う通りだった。さすがだ。 「いやーなんかスッキリしましたね!」 「知らねぇよ。勝手に勘違いして逃げ回るんじゃねぇ。」 「すみません!でも、良かったです」 「……お前は本当に心の底から馬鹿だな。」 「あはは、そうですね〜」 「メガネに一度解剖してもらって調べた方がいいんじゃねぇか」 「ハンジさんにですか?そしたら治りますかね?」 「お前の馬鹿さ加減は来世まで継がれそうだからな。まぁ無理だろうな。」 「えーじゃあ解剖しないで下さいよ」 「馬鹿だから解剖しても気づかねぇんじゃねぇか?」 「いやそれは気づきますよ!さすがにそこまでじゃないです…いやていうかそれは馬鹿というかもう病気のような……」 「同じようなもんだろ。」 「違いますよ!たぶん」 私は、こんなふうにリヴァイ兵長の側にずっと居たいんだ。だから見捨てられないようにしなければいけない。もっとしっかりしないといけないのだ。 それに今日みたいな思いはもうしたくないし、そしてしてほしくない。 「……リヴァイ兵長」 「 ん、」 「あの、今日は……本当にすみませんでした。」 「…何だ、いきなり。」 「いや……。私、今日兵長に嫌われたかもって思ってたじゃないですか」 「勝手にな」 「だけど、兵長はそれを知らなかったわけですし……訳も分からず逃げられるのは、兵長も嫌だったかな、と……。」 「……」 「だから、すみません。」 私は今日兵長に不快な思いをさせてしまったかもしれない。そういう思いを兵長にはしてほしくない。しかも私のせいでなんて。 「…別に気にしていない。」 「え、そうなんですか?」 「だが……これから先、俺から逃げたり隠れたりするな。」 「……気にしてない、んですよね?」 「ああ。全く気にしていない。」 「…分かりました。もう逃げません!」 「……そうしろ。」 もっとちゃんと考えよう。 でも、今日は勝手にいろいろと疲れたので、あとはゆっくり過ごしたい。 「兵長…今日もまた、お茶飲みにお部屋に行ってもいいですか?」 「ああ。」 「……ありがとうございます!」 兵長と、過ごしたい。 「…俺はまだ仕事が残っている。お前は他の事でもしてろ。」 「何かお手伝いできる事はありますかっ?」 「ない。」 「了解です!では、失礼します!」 それから兵長は閉めていた鍵を開け、私は部屋を出ようと進む。 「…あ、」 「…どうした」 ドアノブを握り、そこで振り返る。 「兵長、いつも、追いかけてくれて……ありがとうございます!」 「………。」 いつだって兵長は私を追いかけてくれた。それは、なんというか幸せな事だったりするのではないだろうか。 逃げ出しといてなんだが、嬉しくてお礼を言うと兵長はなんとも言えない顔をした。 「えへへ…それでは、失礼しま、スンッ?!」 「うるせぇ馬鹿が。さっさと出ていけ。」 「痛い!?」 そして何故か、頭を叩かれ背中を向けられたのだった。 |