俺は少しも前に進めていない。立ち止まってしまっている。


「………。」


なのにアイツは、妙にスッキリしてるというか。前向きな表情を見せてきやがって、正直一人置いていかれているようなそんな気分になって仕方ない。まぁ置いてくも何も、ナマエと俺は別々の道を選んだのだが。

今はもう本当に、手が届かないのだと、そう感じてしまう。
いつまでも未練たらしく想っていても仕方ないというのに。恐らくすでにアイツはもう、俺のことを……


「…いや…、違う 」


そもそもやはり最初から俺はアイツの中で大した存在じゃなかったんじゃないか。

アイツはただ誰かに依存していたかっただけで、それがたまたま俺だったというだけで。だからこんなにも簡単に割り切れているんじゃないか。だからもうあんなにも普通な顔をしているんじゃないか?
壁外では様子がおかしかったが、戻ってきてからはまた普通になっている。むしろ少しずつ、何もなかったみてぇな…そんな態度になっている気がする。あの、無駄に敬語を使っているような喋り方をされると、異常に距離を感じてしまう。

さすがに俺のことを忘れたわけじゃないんだろうが、少なくとも俺よりはアイツの方が前を向いている。

振り向く気も、ないのだろうか。

これから先、騒がしくて無邪気なあの姿はもう見れないんだろうか。もしまた騒がしくなったとしても、それはもう俺には向かないのだろうか。馬鹿みてぇに俺に笑いかける事は、二度とないのか。


「……。」


分かっている。

それを、俺は自分で手放した。全て自分が招いた事だ。それなのに、平気な顔をしているナマエを見るとどうしてもひしひしと胸が締めつけられる。
俺はこのまま、これから先もずっとこんな思いでいるのだろうか。それともいつかナマエを吹っ切る事が出来るのだろうか。俺はちゃんと、忘れられるのか?いつまでも、こんな気持ちではいたくない。

普段気にしていないふりをして自分を騙す事は出来るが、ナマエと話してしまうとどうしても考えてしまう。心が感じてしまう。


一体どうすれば一番良かったんだろうか。俺はどうなりたかったんだ。未だに分かっていない。


「…俺は……、」


俺はただナマエと、ずっと居たかった。アイツに側に居てもらいたかった。それでもだからと言ってアイツに俺と同じ気持ちがない以上はそのまま側に居る事は出来なかった。だから俺は離れる事を選んだ。
だが本当は、それ以上に、ナマエが俺を気にかけ好きになる事を望んでいた。それはナマエには伝わらなかったが、それでも分かって欲しかった。


「 そう、だ…。」


俺はただ、アイツに俺の気持ちを分かってもらいたい。ちゃんと理解して欲しい。そして側に居て欲しい。ナマエを他の誰にも渡したくない。
俺の想いがナマエに伝わらないと思い知った今でも、そう思っている。


―っだいすき、でしたよ


「………。」


ナマエは、アイツは一体どんな気持ちで俺にスカーフを返してきたんだろうか。俺はそうされた事の衝撃の方が強くてアイツの気持ちは考えていなかった。

大体、俺のことをすぐ吹っ切れるような奴が、あんな顔で別れを告げにくるだろうか。そもそもナマエはどんな気持ちで俺に抱かれていたんだ?
最初から、俺を大した存在と思っていなかったんじゃないか、なんて、そんな事。誰でもいいと、アイツがそう思っていたとでも?

そんなもん、少し考えれば分かる事じゃねぇか。

そこに恋愛感情がなかったとしても、ナマエは俺を受け入れてくれていた。アイツはいつも何も言わず俺を満たそうとしてくれていた。その気持ちは、あの日々は、偽物なんかじゃなかったはずだ。間違いだったとしても、偽物ではなかった。だからこそ俺もその関係に縋っていた。相手が誰でもいいなんて、そんな奴じゃない事くらい俺は分かっていたはずだ。

そんなナマエだから、俺は好きになったんじゃねぇのか。


「…クソ…。」


俺は何、ナマエに少し否定されたくらいで、傷ついてんだ?

アイツが、何も気にしてなさそうに振る舞っているのを見て、何拗ねてんだ?


「………、」



頭の中で、俺を呼ぶナマエの声が響き始める。今までの無邪気な姿が浮かんでくる。



『兵長!リヴァイ兵長っ!』

『へいちょー!おはようございます!』

『うわあ!!兵長のスカーフっ!!くれるんですか!?』

『兵長と居ると楽しいので!』

『そうすれば兵長は私を一番可愛いって思ってくれますか!?』

『私、兵長の班に入れて本当良かったです!』

『へいちょー!一緒におふろ入りましょー!』


アイツはいつも無邪気で騒がしくて、だがそれだけじゃなかった。


『兵長が、元気ないと…嫌、なので……だから、何かあった時は、言って下さい。』

『兵長の望みは、私が叶えたいです』

『私は兵長が兵長だから側に居たいと思ったんです。分かりますか?』

『私は兵長を信じているんです。』

『兵長には私が居るので…!っだから、その!だ、大丈夫、ですよ!!』


自分を満たすだけじゃなく、ちゃんと俺のことも優しさで包み込もうとしてくれていた。


『今まで側に居てくれて…ありがとうございました』

『… ふ、……兵長こそ、ちゃんとベッドで寝て下さいよ?』



俺はまた、間違えていたのかもしれない。


「…… ナマエ… 、」


俺は、ナマエが俺の想いを分からないと、それ以上は何もいらないと言って否定した事から、逃げ出した。分からないと言われた事が嫌で俺もそれ以上はナマエと向き合おうとしなかった。少しも分かろうとしなかった。突き放した。そのくせ、ナマエが俺を好きになればいいなどと考えていた。

俺はただ、自分を守りたかっただけだ。傷つきたくなくて、アイツの口から俺とは違う想いが出てくるのが嫌で、そんなもん聞きたくなくて、それから逃げ出した。

だが、そんな事で向き合うのをやめてしまうような、そんな気持ち。少し否定されたくらいで逃げ出すような想い。それのどこが、本物と呼べるだろうか。そんな簡単に諦めたり出来るようなそれくらいの想いの何が、本物なんだ?


「………。」


アイツとちゃんと分かり合おうとしなかったのは、俺も同じだ。

手が届かないんじゃない。俺自身が、手を伸ばそうとしていなかっただけだ。


「… クソ、だな…。」


一体俺はいつからこんなにもクソ弱気な男になっていたんだろうか。

自分の情けなさをまたここで改めて、思い知った。


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