あれから俺は毎日ひたすら仕事に集中した。他の事なんて一切考えられないように予定を詰め込み、ナマエの事を少しも考えないように過ごした。そうでもしないと、心のバランスが取れそうになかったからだ。 そして一週間が経った頃、いつも通り仕事をこなし夜になると俺はハンジの部屋へと足を向かわせた。 「オイ、クソメガネ。」 「…あ、リヴァイ。どうしたの」 「付き合え。」 「……ん?何?」 「いいから付き合え。」 「……何言ってんの?」 ◇ 「いきなり付き合えとか言うから頭おかしくなったのかと思った。飲みたいんだったらちゃんとそう言ってくれよ。」 「例え頭がおかしくなってもお前だけはないだろ。」 メガネを連れ出し、酒を飲みに来た。 「でも珍しいねーリヴァイが誘ってくるの。まぁ理由は想像つくけど。あ、これ奢り?」 「自分で払え。」 「奢りじゃないのかよ」 「一杯だけなら。」 「ケチくさいな。」 「お前、俺が今日どんだけ飲むか分かってんのか?その上お前の分まで払わせるな。」 「いや知らないよ…。何、ヤケ酒?ていうか何があったの?どうなったの?」 「……。」 ハンジは俺が誘った理由を分かっている様子で聞いてくる。 ナマエとの事を思い出し、思わず深いため息を吐いて一口飲んだグラスを置きながらうな垂れる。 「ちょ、どうしたのマジで。リヴァイのそんなため息聞いたことないんだけど。」 「………ナマエと…、」 「あ、うん」 「アイツと………終わった。」 「…ん?終わった?」 「…アイツとの関係を終わらせた。もうナマエは俺の何でもない。離れる事にした。」 「……え?なにそれ」 「何それじゃねぇよ分かるだろ。」 「………えっ!?何で!?」 「あ?」 「は!?えっいや何でそうなったの!?何で付き合わないの!?」 「声がでけぇよ」 「だって君ら両想いなんじゃなかったの!?は!?」 「……違うからこうなってんだろ。」 グラスを持つ手に力が入る。そのまま酒を喉に流し込んだ。 「ちょっと待って何で!?もしかしてまだ認めずにいるの!?」 「認めるも何も、アイツがそもそも俺を何とも思ってねぇ。」 「えっじゃあリヴァイは!?」 「…俺は……まぁ…その、アレだが。」 「ナマエに惚れてんだよね!?ていうかナマエだってリヴァイに惚れてるでしょあれ完全に!」 「声がでけぇよ。騒ぐな」 「いやだってさ……!」 ハンジはさも当たり前かのようにそう言う。俺だってそれを望んでいた。だがアイツの中には俺のような感情はなかった。 「 チッ…、」 「ていうか順を追って話してくれない?何でそんな事になったのか意味が分からないよ私は。」 「……だから、」 難しそうな顔をするハンジに俺はなんとなくの流れを話し、何があったのかを教えた。ハンジはそれを黙って聞き終えると、静かに酒を口に含んだ。 「なんか……いや、ごめんねほんと。」 「は?謝るんじゃねぇよクソが」 「……。でもさ」 「お前が謝ったらお前のせいでアイツと離れたみてぇじゃねぇか。俺は自分で決めたんだよ。前にも言っただろうが」 「…そっか。」 「これ以上気分悪くさせんじゃねぇ。」 「分かったよ。……そういえばさ」 「…何だよ」 「ナマエにも、同じこと言われた」 「…は?何が」 「…リヴァイとナマエが距離置いてた時に、ナマエがボーっとしてて元気なさそうだったから、大丈夫?って思わず声かけたんだけど」 「…それで」 「いつも無邪気なナマエを知ってる分、見ていられないってのもあったけどやっぱりどうしても申し訳なくなっちゃってさ。それで何も言わないまま謝ったんだ。そしたらナマエも察したみたいで、謝ることないって言ってくれたんだよ。」 「……。」 「それで、ナマエは……信じてるから大丈夫、って…そう言ってた。」 「………、」 “信じてる” ナマエは俺にもそう言っていた。 …という事は、ナマエからしたら今回俺のした事は裏切りになるんだろうか。 「ナマエはさ、少し前のリヴァイみたいに自覚してないだけなんじゃないの?」 「……いや…どうだかな」 「リヴァイはナマエの気持ち分かるだろ?同じだったんだからさ。」 「分かる、が……アイツは…、」 ナマエの言っていた言葉を思い出す。 「…アイツは、依存できる相手が居れば誰だっていいんだよ。甘えられる相手が居ればそれでいい。…それが、俺じゃなくても。」 「…そうかなぁ…」 「そうだ。じゃなきゃ、あんな事言わねぇよ」 「あんなこと?」 「……。」 ―今までと、何か変わるんですか? ―それ以上って、何なんですか? 「…あんな乾いた言葉…。聞きたくねぇ。」 運ばれてきた二杯目の酒を呷る。 「アイツは、側に居て寂しくさえなければそこに気持ちがなくてもそれでいいと思っている。」 「……」 「…その時だけ満たされればそれでいいと、そう……思ってんだよ。」 そこに愛なんかなくたって関係ないと、アイツの言っていた事はそういう事だ。その瞬間だけ満たされたらそれでいいと。 俺らの関係は今までそれに近いものがあったかもしれないが、俺はもうナマエへの気持ちを自覚してしまった。 「はッ…皮肉な話だな…。今更気づいたかと思えば、そのせいで結局離れる事になっちまった。それまではずっと側に居たっていうのにな。」 「…それは、リヴァイの気持ちが本物な証拠だよ。」 自嘲すればハンジはそう言う。 なら、ナマエと過ごした今までの日々は、全て偽物だったのだろうか。 「ていうかリヴァイはさ、ナマエが他の男と寝てもいいって思ってるってこと?」 「……あ?」 「だってそうなる可能性だって普通にあるでしょ?リヴァイと居れなくて寂しくて、他の男のとこに行くかもしれないのは十分ありえる話だし。」 「………。」 「…どうなの?」 ナマエが俺以外の男に抱かれる? そんなもん、俺にはもう関係のない話だ。 「いや、考えただけでも暴れ回りたくなってくるな。」 「…なんだ。だったら、離れなきゃいいのに。」 「このまま関係を続けろと?」 「そうじゃない。ナマエともっと向き合うんだよ。何も離れなくたっていいんじゃないの?」 「……」 「ナマエだってリヴァイのことは大事だろうし、ちゃんと向き合いたいはずだよ」 「……だが、アイツは…分かろうとしなかった」 「急な展開に頭がついていかなかっただけなんじゃない?」 「……。」 俺はナマエにも同じように想ってもらいたかった。だがアイツはそれを分からないと言った。分かろうとしなかった。そして、俺も。 「俺は……アイツに他の男が出来るのは心底気に食わねぇが…、それでも、今のナマエと居ることは出来ねぇ。」 ナマエは、傷ついただろうか。 それをまた俺じゃない誰かが埋めるのだろうか。 「それでいいの?」 「……ああ。」 俺は、それでいいのか? 「……」 いや、本当は心のどこかで、もしかしたらナマエが考え直すんじゃないかと、それを期待している。 ナマエを満たすのは俺だけであってほしいと。そう願っている。 |