仕事を終え、俺はナマエの待つ自分の部屋へと向かっていた。それはもちろん、気づいた気持ちを伝える為に。

その為に、俺は部屋の前に立つ。


「……。」


だが改めてアイツに告白するとなると俺もそれなりに気が張る。中で待っているナマエはどんな気分なのか。俺が気持ちを伝えれば、アイツはどう反応するだろうか。俺らはこれからどうなっていくのだろう。

いろいろと考え、なかなか動けない。

しかしここで一人突っ立っていても意味がない。


俺は気持ちを固め、ドアノブを握った。


「…………寝てんのかよ。」


だがそこには俺を待っている姿はなかった。
俺のドキドキを返せと言いたい。ナマエはベッドで寝息を立てていた。


「……。」


寂しそうに縮こまり横になっている姿はなんとも言えない気持ちになるが、それでも俺の部屋にナマエが居る見慣れたこの光景は俺の気分を少し落ち着かせる。
一度声を掛けてもナマエは目を覚ます様子はなく、疲れ切った顔で寝ているのを見ると起こす気が失せた。そんな顔をさせているのが自分だという事は安易に想像できたからだ。ナマエに毛布をかぶせ、俺はイスに座り適当に本を取って待つことにした。

それから少し経つとナマエは目を覚まし、そして俺はナマエに迷わず伝えた。好きだと。

だが俺とナマエの求めているものは違っていて、分かり合うには大きな壁があった。


「お前がそれを理解できないのなら…俺はもう、お前とは居れない。」


ナマエが大事なのも側に居たいのも本心で、だからこそこのままずっと馴れ合いみたいな関係は続けられない。ナマエとそれ以上を始められないのなら、俺は。

それを伝えるとナマエは嫌だと声を張り上げた。





「っ私は、そんなの、嫌ですッ!!」


私は叫ぶ。思いの丈を叫ぶ。


「どうして兵長は、離れようとするんですかっ!?私には分かりません!!ぜんっぜん分かりません!!」


今まで一緒に居れたのに、どうしていきなり離れなければならないのか。


「大事とかっ好き、とか…っ!なのに、何でダメなんですか!?私と兵長の想いに何の違いがあるんですか!?違うって、何が違うんですか!!」
「……。」


距離を置いてた分の寂しさがここで爆発する。


「私はっ……兵長と、ただ、居たいだけなんです!今までみたいに側に居たいんです!!なのに何でいきなりそんな突き放すようなこと言うんですか!?兵長も私を好きだと思ってくれているのなら、それでいいじゃないですか!私だって兵長が大好きなんですよ!!何も違わないです!!」


とにかく必死で、もう自分のことしか考えられなくなった。


「私はッ…それ以上は、何もっ、いりません!!」


兵長は表情を崩さず私の言葉を聞き、そして口を開く。


「……お前は、な。」
「兵長だって、そうだったはずでしょう!?」
「…ああ、そうだ。…だが俺は、気づいちまった。お前の事が好きだと。」
「だからっ…だったら何もっ、」
「お前は何も分かってねぇ…」
「っ……分から、ないですよ…っ全然、分からないです!!」


何が、変わるというのだろう。


「…兵長は…新しく始めたいって……言ってましたけど…それって、何なんですか…?」
「……」
「始めるって…、始めたら…どうなるんですか?今までと、何か変わるんですか?」
「…っ、」
「だって、同じじゃないですか……側に居て…抱き合ったり、一緒に寝たり……触れ合ったり……何が、変わるんですか?それってやっていることは同じでしょう…?今までと何が……それ以上って、何なんですか?…兵長は一体、何を始めたいんですか…?」


何も変わらない。私がそう言うと兵長は顔を歪ませ、私は思わず何も言えなくなり口を閉じる。


「…そんな言葉……お前の口から、聞きたく、ねぇよ…。」


そしてか細い声でそう言った。


「……っ、」


私は、なんだか一気に溝が出来てしまったような、そんな感覚に陥る。


「 へい、ちょ…う 」
「……。」


やだ。終わらせたくない。このまま、何も分からないまま、すれ違ったまま終わるなんて、そんなの。


「兵長、私は…っ、」
「……もういい。無駄だ。」


兵長は目を逸らして、そう言った。


「……、え…?」


体温が奪われるようなその言葉に、私は何も考えられなくなる。


「……悪い。俺は、やっぱりお前とはもう居れねぇよ。」


胸が苦しくて、息苦しくて、指先から冷たくなっていくのを感じる。


「お前の言う通り、いきなり突き放して……すまない。だが、これ以上はもう俺には無理だ。」


私は震える手で頭を抱える。

兵長はもう、私とは居てくれない。もう…一緒には居れない?

今までの思い出に、色がなくなっていく。


「…寂しいだけなら、俺じゃなくてもいいだろ」
「……っ、!」


冷めたその言葉に胸が張り裂けそうになり、それ以上はもう何も聞きたくなくて私は思わず逃げるようにして兵長の部屋を飛び出した。

兵長の気持ちから、向き合おうともせず逃げ出した。


「…… クソッ…。」





走って走って、とにかく走った。

私は今どこに居るのか、どこに向かっているのか、それさえも分からない。
覚束ない足でただ逃げるように走った。そして私はまた足を絡ませ、盛大に転ぶ。


「 !?っうあ……ッ!」


みっともなくゴロゴロと転がり、体に痛みが走る。


「……っく… そ、」


肩で息をして、唇を噛む。すぐに立ち上がろうと体を起こすが力が入らず膝をついた。そしてそのまま腰を曲げ腕をついて拳を握り締める。


「……っう、 うぅっ…、」


視界が歪み、ぼたぼたと涙が落ちる。

何で、こんな事になってしまったんだろう。私は何をどこで間違えたんだろう。どうすれば兵長の側に居れたんだろう。私は何の為に兵長の側に居たんだろう。どうしてこんなにも距離が出来てしまったんだろう。何が違っていたんだろう。何で分からなかったんだろう。


どうして、どうしてどうして。


どうして私は、兵長にあんな寂しそうな顔をさせてしまったんだろう。


「っへーちょうッ……、」


いつの間に私は、兵長を傷つけられるような人間になったんだ。

気づいた時にはもう遅く、私は蹲って涙を流す。私を立ち上がらせてくれる人はもう居なかった。


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