「壁外に出たい……。」


訓練の休憩中、私は一人膝を抱えながら空を見上げていた。嫌味なくらいに晴れている。


「……。」


意味もなく手元の草を千切っては捨てを繰り返す。

あれから数日が経った。兵長とはなんだかずっと気まずいまま。顔を合わせてもよそよそしくて上っ面だけの会話をしている気がする。悲しい。悲しすぎる。当たり障りのない会話。近くも遠くもない距離。側に行くことを躊躇ってしまう自分。

一度口に出してしまえば、それをなかった事には出来なかったのだ。

少なくとも兵長は何かを変えようとした。もう何も言わない、忘れろと、そう言われたけど問題はそこじゃない。兵長が、今までとは違う“何か”を感じてしまった事が問題なのだ。このままじゃダメだと、一度でもそう思ってしまった事が。

私は、今までみたいな関係を望んでいるけど、でも、兵長は、もう。


「………そんなの……そんなの、やだ…。」


だけど、それならもう、これ以上兵長に甘えるのはやめた方がいいのだろうか。


「………。」


眉を顰めて膝に顔を埋めると、後ろに誰かの気配を感じた。ゆっくりと顔を上げ、振り向く。


「…何してんだ」
「……兵長、」


そこには兵長が立っていて、私を見下ろしている。何とも言えない表情で。


「…草むしり、を」
「……散らかしてるだけじゃねぇか。」


私が抜いた草はそこらへんに適当に散らばっている。無意識に千切ってただけだから、そりゃそうだ。


「……。」


沈黙に耐えられず前を向き、ぎゅっと手に力を入れる。すると兵長は隣に屈み、私を見る。私は目を逸らす。


「…ナマエ」
「……、」
「ナマエ、こっち見ろ。」


名前を呼ばれ、ゆっくりと兵長を見ると、距離が近かった。私は多分かなり情けない顔をしているんだろうな。

風が吹き、スカーフが揺れる。


「……命令だ。元気、出せ」


兵長は私を真っ直ぐ見たまま落ち着いた声でそう言った。
思いがけないその言葉に、思わず体の力が抜ける。


「…へ……」


間抜けな声が出て、兵長は目を伏せる。


「俺はお前にそんな顔をさせたかったわけじゃねぇ。」
「……」
「俺は…お前のことが、大事だ。だから、そうヘコむな。」
「だ、だい、じ……?」
「ああ。そうだ。」
「……、」


大事。兵長が、私を大事に思っている。大事?そう、大事。大事に。


「………、」
「オイ。分かってんのか?」
「……だいじ……。」
「…繰り返すんじゃねぇよ。」


兵長が、私を大事に思ってくれている。


「……ほんと、ですか…」
「…当たり前だろ。何度も言わすな。」


兵長は私の頬を軽く抓って、立ち上がり、背中を向ける。


「命令は、ちゃんと聞けよ。」


そして歩いて行ってしまった。


「……。」


その背中を見えなくなるまで見つめ続ける。


「大事…。」


無意識にスカーフを触りながら、前を向く。

胸が、少し苦しいくらい、ぎゅっとなる。
側に居させてくれたり、甘えさせてくれている時点で、兵長がそんなふうに思ってくれているだろう事はもちろん感じていた。だけど、今みたいに改めて目を見て言葉にされるとやっぱり違う。嬉しい。すごく嬉しい。

まだ、側に居てもいいんだ。今までみたいに。兵長も、それを望んでくれている?


「……ふふっ 」


膝を抱え、足をばたばたと動かす。

そうだといいな。そうだと、嬉しいな。
清々しく広がる空に、ようやく気持ちが繋がった。





「へいちょうっ!おかえりなさいお疲れ様ですー!」
「……」


部屋に帰ってきた兵長を溢れんばかりの笑顔で迎える。すると一瞬動きを止めた兵長はそのあとに表情を和らげた。


「…ああ。」
「へへ 、」


側に寄れば頭を撫でられ、私は身じろぐ。


「ふふ、…んふふ 」
「…ニヤニヤすんな。」


そのまま頭を叩かれた。
そう言われても、抑えられないのだから仕方ない。兵長とこうして居られることが嬉しくて仕方ないのだから。


「兵長、へーちょー、」
「…何だ。纏わりつくな。」
「えへへ。なんか、することありますか」


ジャケットを脱ぐ兵長の後ろについて回る。久しぶりの距離感が心地いい。
イスに座る兵長の背もたれに手を掛けぴったりとくっつく。


「お前がやる事は何もない。」
「何でですか?何かしたいです。」
「腹筋でもしてろ。」
「じゃなくて、お手伝い的な!」
「だからない。」
「じゃあ肩でも揉みましょうか?えへ」
「……。ナマエ」


兵長の肩越しに顔を覗かせていると、ため息混じりにこっちを見る。


「はい?」
「…少しは落ち着け。」
「んへ?」
「気持ちは分かるが、少し面倒だ。」
「えぇ?」
「邪魔くせぇ。」
「そうですか?」
「…あとそのアホ面をどうにかしろ。」
「んふふ、無理ですね!」
「……。」
「あ、兵長、今日は一緒に寝ましょうね?」
「……、ああ。分かった。」
「やったー!」
「…分かったから、いい加減離れろ。イスに座れ。」
「はーい!」



これからもまた、こんな毎日が続けばいい。ずっと兵長の犬で居れたらいい。このまま、何も変わらず。

きっと兵長もまたそう思ってくれたのだと、甘えきった考えの私は浮かれながらそう思っていた。


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