「…走りに、行ってくる。」


そう言ってリヴァイさんは数分前に出て行った。私は部屋に一人残される。リヴァイさんが走りに行くのはいつもの事で、別に何の問題もないはずなのに。
それなのにそれを少し寂しく感じてしまうのは、この現状のせいだろう。


「はあ〜……。」


思わずため息を吐いてテーブルに突っ伏す。

リヴァイさんと一緒に眠ったのに夢を見れなかった。リヴァイさんの記憶が見れなかった。どういう事なんだろう。意味が分からない。あれはただの気まぐれだったのか?
だって、リヴァイさんも私もちゃんと眠りにはついていたのに。一体何がいけなかったんだろう。


「…しかもリヴァイさん機嫌悪いままっぽいし……」


昨日からずっとそうだ。


あぁもうやだ。あぁやだやだ。

…夢を見れなかったこと、怒ってるかな。


「………。」


気持ちが沈む。沈んでいく。
やっぱり、リヴァイさんもいつまでもここには居たくないだろう。早く帰りたいだろう。なのにこんなまどろっこしいやり方しか分からなくて、しかも今回は記憶は見れなかった。何をどうすればリヴァイさんの為になるんだ。
思い返してみても、よく分からない。ソファで夢を見た時は寄り添って寝ていたけど、最初に見た時は多分普通にベッドで寝てただけ。場所は関係なそさうだし、共通点といえばただ側で眠ってるって事だけ。な、はず。

じゃあ、何で今回は見れなかったの?


「……分からん…。」


二回目のため息を吐いて、体を起こす。

分からない。分からないことだらけだ。
こうなったら考えすぎても仕方ない。一人でぐるぐる考えても分からない。とりあえずリヴァイさんが帰ってきたらまた話してみよう。


「…よし。」


立ち上がり、キッチンへ向かった。





玄関から物音が聞こえて、リヴァイさんが戻ってきた事が分かった。


「……お前、何してんだ」
「あ、おかえりなさい。」


汗を滲ませているリヴァイさんはキッチンに立つ私を見て眉を顰める。


「フレンチトースト作ってます。」
「作ってます、ってオイ……何でだよ」


隣まで来てフライパンの中を覗きながらそう言った。


「甘いの、食べましょう。シロップもたっぷりかけましょう。」
「…言えば俺が作るんだが。」
「大丈夫ですよ。激しく動かさなかったら、もうそこまで痛くないです。」
「……」
「それより、シャワー浴びてくるなら出来上がる前にお願いします。」
「……。」


そう言うと、リヴァイさんは分かったと返事をしてシャワーを浴びに行った。

ずっとリヴァイさんが料理をしてくれていたから久しぶりにフライパンを握った。といってもただのフレンチトーストだけど。でもこういう時は甘いものでも食べて気分を落ち着かせるべきだ。

少しすると二人分出来上がり、テーブルに並び終えたところでリヴァイさんも出てきた。そして紅茶を淹れてくれた。


「いただきまーす。」
「…いただきます。」


甘い香りに包まれながらそれを口に運ぶ。甘くておいしい。ちなみにリヴァイさんのにもシロップをかけた。私のほどじゃないけど。


「……甘ぇな。」
「糖分は大事ですよ?」
「…お前のは見てるだけで気分が悪くなる。」
「女子は甘いのが好きなんです。」


どうやら昨日よりは会話をしてくれるみたいだ。そんな事を思いながら紅茶を一口飲むと、リヴァイさんは私をチラリと見て口を開く。


「…元気、ねぇな。」
「え?」


そこからは意外な言葉が出てきた。私は、普通に接しているつもりだったんだけど。


「……夢を見れなかった事なら、気にしなくていい。そのうちまた見れるだろ。」


そしてまた、気にしなくていいと言った。

リヴァイさんはなんだかんだでいつも気を回してくれる。


「……気に、しますよ。ていうか、申し訳ないです」
「申し訳なくねぇよ」
「…怒ってます?」
「いや怒ってねぇよ。なぜそうなる」
「だって……」
「今は分からなくても諦めなければいずれ分かるはずだ。だからお前のせいじゃねぇし、俺が怒る理由もない。俺があの日の事を少し思い出せただけでも大きな一歩だ。それがお前の協力のおかげってのも事実だろ。」
「……。」
「…だから、こんなふうに気を遣うな。家事くらいは俺にやらせろ。」
「ぇ…、」
「…まぁお前の作るもんはまずくねぇし、別に食う分には問題ないんだが。」
「………。」


慰められてる。慰めてくれている。それが分かって、胸の辺りが少し苦しくなった。リヴァイさんの方が絶対ガッカリしてるのに。夢を見れなかったこと。ようやく分かり始めていたのに。


「……すみま せん。」
「だから謝るなと言っているだろうが。」
「……」
「お前はどうしてそう変なところにまで気を遣う?」
「……」
「焦っても仕方ねぇだろ。」
「…それは、分かって、ます。」
「…本当かよ。」


リヴァイさんはこういう時だけ急に大人になる。ずるい。その分自分がすごく子供に思えて、自己嫌悪に陥る。


「…リヴァイさん。」
「ん、」
「ありがとう、ございます」
「……それはこっちのセリフなんだが。」


でもリヴァイさんからしたら私なんてただの子供なんだろうな。考えてみればそれなりに歳が離れてるんだし。なんか忘れがちだけど。

私は息を吐き、カップに口をつける。


「…リヴァイさんは…何で今回、夢を見れなかったと思います…?」
「……何でだろうな。正直、全く分からん。」
「ですよね…。何が違かったんでしょう」
「…とりあえず、今日もまた寝てみて、それで判断しよう。」
「…はい…。」
「だからそれまで何も考えるな。普通に過ごせ。分かったか?」
「……そう言われても、気になりますし」
「気にすんな。したら殴る。」
「そんな横暴な」
「俺は本気だ。」
「ちょ、やめて下さい」
「それと、あとで買い物に行くぞ。」
「え?買い物?」
「ああ。夕飯の買出しだ。何が食いたい」
「え…何だろう…。何でもいいです」
「…お前は前に、何でもいいは困ると自分で言っていたはずだが。」
「え、あ、…そうですね。じゃあ、ハンバーグとか?」
「分かった。」
「……。」


それからフレンチトーストを食べ終え、リヴァイさんが片付けをしてくれた。そしてまたいつも通りに過ごす。私は言われた通りなるべく何も考えないようにし、だけどリヴァイさんの昨日からの機嫌の悪さはまだ完全に直ってるようには思えなくて、むしろそっちの事がずっと気になってしまっていた。だけど何も聞けずにそのまま過ごして、そのうち買い物に行く時間になった。


「…あ、リヴァイさん」
「何だ」
「雨、降ってます」


玄関を開けると雨が降っていることに気がついた。洗濯物を部屋に入れてから、また改めて玄関を開ける。そしてまた気づく。


「あ、リヴァイさん。」
「何だ。」
「そういえば、傘が一本しかありません。」
「……。じゃあ、俺一人で行く。」
「え、でも」
「買い物くらい一人で行ける。」
「いやでもまだ不安っていうか…」
「大丈夫だ。」
「いやでも」
「行ってくる。」
「ちょい、待って下さい」


一人で行こうとするリヴァイさんの服を掴み、止める。


「…やっぱり、私も行きます。」


買い物に一人で行かせるのは、申し訳ないというのもあるしやっぱり不安だ。

というわけで。



「雨強くなってきましたね。」
「…ああ。」


ひとつの傘に二人で入ることに。傘はリヴァイさんが持ってくれている。


「傘ももう一本買わないとですね。」
「そうだな…」


少し薄暗い雨模様。そういえば、あの時も雨が降ってたっけ。


「…雨が降ってると、リヴァイさんを探して走り回った時のこと思い出しますね。」
「……あぁ…そういえば、そうだな。」
「あの時買っておくべきでしたね。あの時はなんかもうお互いずぶ濡れで傘を使うという発想もなかったですけど」
「…なんか… 懐かしい、な」
「そうですねー。そんなに昔の事じゃないのに」


あの日から、私とリヴァイさんの日々が始まった。今思い返してみてもありえない出会いだったし、何もかもが規格外で簡単に人に話せるような出来事ではないけど。でも、リヴァイさんとの毎日は楽しくて、いろいろあったけどやっぱり出会えて良かったと思う。

あの時、探しに行って本当に良かった、って。


「なんかもう、ずっと一緒に居るみたいな感じがしますね。」
「…そう、だな。」


私には、ちゃんとリヴァイさんを元の世界に帰してあげないといけない責任がある。拾った猫の面倒は、最後まできちんと見なければ。それが飼い主の役目だ。

私の、やるべき事だ。


あの時リヴァイさんに伸ばした手を、今一度強く握り締めた。


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