夢で見たあれが本来あるべき姿のリヴァイさん。部下らしき人と会話をしていたその顔つきは上司そのもので、落ち着いた声色で話す彼の姿を見てなんだか急にものすごく遠い存在の人みたいに思えた。いや間違ってないけど。


「……。」


だけど、今ここに居るリヴァイさんとは別人みたいに思えた。


「…ナマエ?」
「……」
「…なぁ、……」
「……」


それが無性に、なんだか。


「っオイ、無視か?」
「……うわっ、」


いきなりリヴァイさんが視界いっぱいに広がり、ビックリして思わず体を後ろに引いた。


「な、え、何…ですか」
「…もしかしてどこか痛むのか?」
「へ?」
「ボーっとしてやがるから、どうにかなったのかと思うじゃねぇか。」
「あ、え……すみません。どうにもなってないです。」
「……。」
「…な…なんですか…」
「…本当か?」
「え…、」
「よく分からねぇが、お前まで頭痛に悩まされでもしたら困る。体は何ともねぇのか?」
「あ、あぁ……、大丈夫ですよ?本当に。私はただ夢を見ただけですから。」
「我慢してねぇだろうな?」
「してないです」
「…そうか。」


そう言っているのに納得のいっていない目でそのままジーッと見つめられ、私はまた大丈夫ですと言って顔を逸らす。するとリヴァイさんは黙ったまま離れた。
そして、頭にはさっき私の肩に寄りかかって寝ていたリヴァイさんの姿が思い浮かぶ。


「……。」


私も私でリヴァイさんに寄りかかって寝ていたみたいだったけど、まさかリヴァイさんもあんなふうにしてくるとは思わなかった。いやまぁ寝ていたから無意識無自覚だろうけど。


「…肩、痛むのか?」
「へっ?」


そう聞かれ、私はさっきの感触を確かめるように自分の肩を触っている事に気がついた。


「痛めてるのはそっちじゃねぇだろ?」
「え、あ、はい。大丈夫、です。」


さっと手を引いて答えると訝しげな顔をするリヴァイさん。

どうした、私。なんかおかしいぞ。


「本当に大丈夫か?」
「すみません…。本当に大丈夫、です。」
「……。」


目を伏せ、自分で自分に戸惑う。
するとリヴァイさんの手がゆっくりと伸びてきて、それに気づくと指で思い切り額を弾かれた。


「ぎゃッ!?!」
「……。」
「イッ…タ…っ?!何、するんですかっ!」
「…ボーっとすんじゃねぇよ。心配するだろうが。」


だから何でこの人はこんなにも痛いでこぴんをしてくるんだろうか。本当に。マジで。


「…って、え…?しんぱい、?」
「何考えてんだよ。」
「っえ、いや別に何も……。」
「……。」
「……いやほんとに…」
「………(ジーー。)」
「(う、視線が…)」
「(ジィーーーー。)」
「……ちょ、もう、何なんですか。怖いです。」
「…何か他にも見たのか?」
「え?何がですか」
「だから…巨人とか。」
「巨人?いや見てませんけど…夢で見たのは話したので全部です。」
「じゃあ何でそんな浮かない顔してんだよ。」
「浮かない?」
「してんだろうが。」
「…別にしてませんよ…。」
「してる、だろうが。」
「……して、ませんよ。……ただ…、」
「ただ?」
「…ただ、夢で見たリヴァイさん、が…なんか、知らない人みたいに思えて……すこし、変な気持ちになっただけです」
「……、」


私はリヴァイさんの事をどれくらい知っているんだろう。そもそもたった数週間で、何が分かるというんだ。勝手に分かったつもりでいたけど、私が知っている事なんてきっとほんの一部分でしかない。

だけど、私に寄りかかり眠っていたリヴァイさんからは警戒心なんてものは少しも感じられなくて、私は多分それが嬉しかった。


「何だ、そりゃ…」


確実に距離は近づいているんだ。なのに、私の知らない顔をするリヴァイさんを見て、きっと少し寂しくなった。


「…だって、リヴァイさん、私と居る時と全然違う顔してたんですもん。しかもなんか上司感がヤバかったし。」
「何だよ上司感って。」
「とにかく別人みたいでした」
「…まぁ、そりゃあ…こんな腑抜けた世界で過ごしていれば、顔つきも多少変わるんじゃねぇか。」
「……」


そりゃそうだ。
リヴァイさんは向こうでは人類の敵と戦って生きているような人だ。そこでの思いなんて私が知らなくて当然の事だし、それを寂しく思うのはおかしい。


「ですよねぇ…。」


何だろうこの気持ち。
拾って可愛がっていた猫が、実はどこかの飼い猫でしたみたいな。気分的にそういったところでしょうか。少し違うけど。


「……俺は、違う世界を経験してはいるが…、だがどこに居ようが俺は俺だ」
「…え?」
「向こうの世界の俺がお前にどう映ったのかは知らねぇが、今ここに居る俺も、俺だ。」
「……、」
「だから、そんなもん…、関係ねぇだろ。」
「………。」


私が知っているここに居るリヴァイさんも、リヴァイさんである事には変わりない。
知っている事はほんの一部分だけかもしれないけど、でもそれだって彼の一部。


「……です、よねぇ…。」


全く違う世界で生きてきたけど今こうして出会った。そして知り合った。私は私が見てきたリヴァイさんをちゃんと知っている。それが嘘じゃない事も知っていたはず。


何を、寂しがることがある?


「……ふ、」
「……。」
「ですね。ごめんなさい。」


リヴァイさんは違う世界の人。いずれ居なくなる。その事を今強く認識した。


「…ていうか、お腹空きましたね。」


話題を変えようとそう言って笑いかけると、リヴァイさんはそれ以上何も言ってこなかった。そして、そうだな。と返事をしてくれた。





あれからリヴァイさんがごはんを作ってくれて、二人で食べた。私の心もいつも通りになり食べ終えてからはリヴァイさんは掃除を始め、私は邪魔にならないようソファに座り静かにしていた。

すると突然部屋に着信音が響く。


「……あ、電話」


リヴァイさんはチラリと私を横目で見て、私は一声かけてから電話に出た。
相手は同窓会で久しぶりに再会して連絡先を交換した男友達。電話の内容は今度また会わないかというお誘いで、しかし今はリヴァイさんが居るのでしばらくは忙しいと伝えて、またこっちから連絡するねと答えた。そして少しだけ話をしてから電話を切った。


「……誰からだったんだ?」


スマホを置くといつの間にかリヴァイさんがそこに立っていて、スマホに目をやりながら聞いてきた。


「あ、同窓会で久しぶりに会った友達です。今度また会おうって。」
「……男か?」
「はい。本当久しぶりだったんですけど、変わってなくて。懐かしかったです」
「…ほう。随分楽しそうだったな。」
「そうですか?…あ、でも会ったばかりなのでしばらくは会わないと思いますけどね」


リヴァイさんが居るから、というのは口にせず遊びに行かない事を伝える。するとリヴァイさんはふいっと背を向けまた掃除をやり始めた。


「……。」


これから先、順調に夢を見続け記憶を取り戻せるとして、リヴァイさんはあとどのくらいこの世界に居れるんだろう。早ければ早いほど彼の為になるのだから、私もしっかりしなければ。

今日の夜はちゃんとベッドでリヴァイさんと寝てまた夢を見よう。
寂しいなんて感情は、もう出てこないでほしい。リヴァイさんの背中を見ながらきゅっと拳を握った。


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