「へいちょー!一緒におふろ入りましょー!」
「………。」


仕事から戻ってきた兵長に両手を上に広げながらそう言うと、呆れたような顔をされた。


「お前は本当、無邪気というか……。」


力が抜けたようにそう呟く。そしてすれ違いざまに頭をポンと撫でられ、あとでな。と返された。


「……、」


私は振り返りジャケットを脱ぐ兵長の横顔を見つめる。静かなその表情に、何も言わず目を逸らした。





「いたいっ!目に入りましたっ!」
「だから目を閉じろと言っているだろうが。」
「うぅ…」


兵長とお風呂に入るのは、実は珍しい事ではなかったりする。わりと一緒に入っていると思う。そして私はいつもこうして髪を洗ってもらったりしている。


「あ、へーちょー」
「何だ」
「今日は私、兵長の背中流してあげます!」


頭から水を掛けられ、キレイになったところで兵長に向き直る。


「…何でだよ」
「させてください!したいんです!」
「しなくていい。」
「だって私いつも洗ってもらってばっかですし!」
「自分の犬の世話をするのは当然の事だ」
「私だってたまにはお返ししたいです!いいじゃないですか〜ほらほら〜」
「……。」


せめて背中だけでも、と思い回り込む。それから石鹸を手に取り泡立てた。


「失礼しまーす」


そして勝手にごしごしと兵長の背中を洗う。兵長が静かに息を吐いたのが聞こえたが、構わず続けた。


「……」
「……」
「……」
「……」
「……あの、へいちょー」
「…何だ」


そしてその背中を見ながら私は切り出す。


「あのですね…、私、兵長には、わりと何でも言ってるんです。いつも。」
「……何の話だいきなり」
「なので、兵長も、何かあった時は…その、私、何でも聞くので。だから、何でも言って下さいね。」
「………、」
「…そりゃあ、言いたくない事なら、それはもちろん言わなくていいんですけど。でも、兵長が、元気ないと…嫌、なので……だから、何かあった時は、言って下さい。」


兵長はここ二、三日少しだけ元気がない。ような気がする。勘というかなんとなくだけど、いつもと変わらないようにも見えなくもないが何かを考え込んでいるようにも見える時があるのだ。
兵長に何かあったのなら私はそれを解消したい。言葉でも、何でもいいから。

素直に伝えれば、兵長は私の方に顔を向ける。それからゆっくりと私の頬に手を伸ばし触れた。


「……ナマエ。」
「…はい」


そこを親指で優しく撫でられ、見つめられる。そして。


「…キス、していいか」
「………へ?」


真剣な顔でそう言われ、一瞬何かと思う。

(キス?)

キスは、兵長とはした事がない。というか誰ともした事ないけど。でもどうしていきなりキスなんだろうか。よく分からない。


でも。


「…いいですよ?」


兵長がしたいのなら、構わない。

それを受け入れれば兵長は少し眉をひそめた。だけど何も言わず口を噤み、そのまま顔を近づけてくる。私はゆっくりと目を閉じ、そして、初めて唇と唇が触れ合った。柔らかくて優しいそれに私は微かに高揚する。

それから二、三度重なり、離れた。


「……、」


目を開け、見えた兵長の顔は初めて体を重ねた時の、謝ってきたあの時と同じような顔をしていて。


「……お前は、嫌じゃ…ねぇのか?」


そう言った。


「……何でですか?嫌なわけ、ないじゃないですか」


私は思わず首を傾げる。


「……、」
「そんなの…気にしなくていいんですよ?兵長は兵長のしたいようにして下さい。私はその為に居るんですから。」


私は兵長の犬で居たい。だからキスでも何でもいい。兵長がしてほしい事に、私は応えるだけ。


「兵長の望みは、私が叶えたいです。」


何だってする。だから、そんな顔しないでほしい。


「……そうか。」


真っ直ぐ見つめてそう伝えると、兵長は納得したのか表情が戻った。そして視線が落ち指先が私の首筋をなぞる。


「…悪くないと、言ってたな」
「え?」
「……痕、つけてやる。」
「え、……っぁ、」


そのままそこに唇が触れ、この前のようにまたそこは赤く色付いた。





「あ、リヴァイ。」
「……。」


いつも通り仕事を終え、部屋に戻ろうとしているとハンジに声を掛けられた。足を止め、振り向く。


「どう?ナマエとは」
「……別にどうにもなってねぇ。」
「いやそこはなっててほしかったんだけど……相変わらずなの?」
「…特に何も変わってない。」
「ナマエに対する気持ちも?何か変化はないの?」


この前コイツが言っていた、“ナマエが好きなんでしょ?”という言葉が浮かぶ。
あれから一応それなりに考えた。だが、それでも。


「…分かんねぇんだよ。」
「だから何で?」
「…この前、試しにキスしてみたんだが…」
「いやあんた本当に何も分かってないな。何サラリとキスとかしちゃってんの?そういうのをやめろって言っているんだけど私は。」
「アイツにキスしたのは初めてだったんだが」
「しかも初めてなのかよ!?何で改まってしてんだよ!」
「俺の気持ちも、ナマエの気持ちも分かるかもしれないと思った。だからだ。」
「いやだからって…キスだよ?そんな簡単にするなって…ナマエにとってファーストキスだったらどうすんのさ。…でもまぁそれはいいや。いやよくないけど。だけど仕方ない。それで、何か分かったの?」
「……正直、好きかどうかは分からん。」
「分かんねーのかよ」
「だが、アイツが特別な存在だという事は確かだ。」
「はぁ……その特別ってのが、好きっていう事なんじゃないの?」
「だから、それは、分かんねぇよ。」
「いや何で?」
「知るか。分かんねぇもんは分かんねぇんだよ。」
「あぁそう……。」


ナマエも俺もこの現状を受け入れてる。それならいいじゃねぇか。それで、いいんじゃねぇのか。
今までも、これからも、傷つける事も苦しめ合う事もない。このまま、ずっと。


「……どうだって、いい」


好きだろうが何だろうが、そんなもん関係ない。アイツが側に居ればそれだけでいい。


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