「おなか空いたなぁ……」


今日は兵長に夕食を食べずに部屋で待っていろと言われ、言われた通りに何も食べずに部屋で大人しくしているのだが、兵長はいつ来るのだろうか。お腹の虫が鳴りテーブルにうな垂れる。するとドアが開いて、パッと顔を上げるとそこには兵長が居た。


「…兵長っ!お疲れ様です!」
「ああ。…何も食ってねぇだろうな?」
「もちろん食べてないですよー!」
「なら行くぞ。」
「えっ?…どこに?」


踵を返す兵長に、立ち上がり尋ねる。


「…メシだ。外に食いに行くぞ。」
「えっ」


そう言ってスタスタと歩いて行ってしまう背中を追いかけ、隣に並ぶ。


「外食ですかっ?兵長もうお仕事終わったんですかっ?」
「ああ。今日は早めに切り上げた。」
「わー!だから何も食べるなって言ってたんですねー!…あっ、でも待って下さい!私お金置いてきちゃった!」


お財布を持っていない事に気づき、取りに戻ろうとすれば首根っこを掴まれ止められた。


「馬鹿か。」
「…ぁえっ?」
「いいから行くぞ。」
「あ、ちょっ」


そのままズルズルと引っ張られ、ハテナマークを浮かべているとそのうちもしかして私の分も兵長が出してくれるのだろうかと気がつき、素直にお礼を言うと手が離れた。





「兵長ごちそうさまでした!幸せ!」
「そりゃ良かったな。」
「おなかいっぱいですー!」
「そうか。」
「ありがとうございます!」


兵長と夕食を食べ、その帰り道。幸せな気分で歩いていると道の端に犬が居るのが目に入る。


「ハッ兵長!犬が居ますよ!かわいー!」
「オイやめろ。触んな。」
「何でですかかわいー!」
「……。」


思わず駆け寄って撫でてやると嬉しそうにしっぽを振る犬。可愛い。


「おー、よーしよしよし。かわいいなお前!」
「仲間を見つけて嬉しいのは分かるが、さっさと行くぞ。」
「えっもう少し待ってください…!」
「……。」
「ふふ、かわいー」


懐っこくて可愛い。撫で回していると、兵長も私の隣に腰を下ろす。


「…はしゃいでんな。」
「可愛いですよねー!」
「コイツも仲間が居て喜んでんじゃねぇのか」
「なるほど!…犬同士なかよくしよーねー」
「……お前ら、似てるな。」
「え?似てます?」
「この構ってやると馬鹿みてぇに喜ぶあたり、そっくりだ。」
「…えへへ!でも私はこの子とは違って兵長だけの犬ですよ?構ってくれたら誰でもいいわけじゃありません!」
「そうか。」
「そうです!私はずっと兵長だけの犬です!」
「…そうか。」
「ねぇ兵長、この子と私…どっちが可愛いですか?」
「……。」


犬と一緒に兵長を見てそう聞くと、少しの沈黙のあとに兵長は犬の方をゆっくりと指差した。


「なっ?!」
「…お前は壁外では従順じゃねぇしな。」
「そ、それは…!」
「ほらもういいだろ。帰るぞ。」
「え、ちょ、待って下さい兵長っ!」


立ち上がり歩き出す兵長に、待ってと言いながら犬に別れを告げ追いかける。


「…何で私よりさっき出会ったばかりの犬なんですかー?!」
「うるせぇな。」
「確かに私はっ壁外では兵長の言葉も聞こえなくなってしまいますけど…でも!兵長の命令を聞くのが一番好きなんですよー?!」
「どうだかな。」
「本当です!一番ですよ?」


巨人を倒すのはもはや快感だし、かなりテンション上がってしまうけど、でもやっぱ私は兵長と居るのが一番だ。
必死でそれを伝えていると、兵長は黙ったままくしゃりと私の頭を撫でた。そしてその時、ふと思い出した。この前兵長がメシ連れて行ってやると約束してくれていたことを。特に何も思わず喜んでついてきたけど、これはもしかしてただの気まぐれじゃなかったのかもしれない。ようやくそれに気づいて、顔が綻んだ。


「…あの、兵長。今日は、ありがとうございました。おいしかったです!」
「…何だ、また改まってどうした」
「いえ、ただ、兵長と外食できて楽しいなーって」
「……いきなりおかしな奴だな。」
「えへへ!」


兵長が私を犬として受け入れてくれて、部屋に住みつく事も許してくれて、こうしていつも構ってくれる。だから私は幸せだ。ずっと兵長の犬で居たい。これから先も兵長に命令されたい。それだけで私は毎日元気に過ごせるのだ。

兵長のおかげで、今日も私はちっとも寂しくない。





「…どうした?」


部屋に戻ってきてからは紅茶を飲みながらゆっくりして、お風呂も済ませた。寝巻きにも着替えた。ベッドに入る前に私は鏡の前に立ち、自分の鎖骨の辺りに触れる。兵長につけられた赤い痕が、薄くなっている。それを指でなぞっていると後ろから声をかけられた。


「……赤いの、消えかかってるな、って」
「…あぁ…。なんだ、またつけて欲しいのか?」


兵長の方に向き直ると、そう言って私に近づきそこに触れる。


「いえ…。でも、なんか…これは、悪くなかった、です。」


兵長の犬である、証みたいで。スカーフと同じ。


「そうだな…また、そのうちつけてやる。」
「……はいっ」


それから二人でベッドに入り、横になる。
こうして一緒に眠るのももう当たり前になっているけれど、もちろん最初からこんなふうに同じベッドで寝ていたわけじゃない。


「…お前、ちゃんと自分の部屋は掃除してるのか?」
「してますよ?たまにですけど」


私の部屋には今も私の荷物は普通に置いてあるし、たまに戻って掃除とか整理はちゃんとしている。今は私以外誰も使ってないけど最初は他にも同期の子達が同じ部屋だった。だけど、壁外調査に行く度にだんだんその数は減っていき、最後は私一人になってしまった。それが嫌で寂しくて、それから私は兵長の部屋に行くようになった。一人で眠るのが寂しくて兵長に甘えた。そして兵長はそれを許してくれた。分かってくれた。


「ここに居るのはいいがちゃんと掃除はしとけよ。誰も居なくても埃はたまっていくんだからな。」
「はーい。換気もしなくちゃですしね」


兵長と話しているとだんだんと睡魔がやってきて、少しすると私はうとうとし始める。それに気づいた兵長が指で頬を撫でてきた。


「…もう寝ろ。」
「ん…はい……おやすみ、なさい…」
「ああ」


眠ろうとすると兵長はこっちに背中を向け、私はその背中にくっついて目を閉じる。
目を閉じると真っ暗で何も見えなくなるけど、兵長が側に居るのを感じながらだとすごく安心して眠ることが出来た。


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