「……おっせぇ…。」


深夜三時過ぎ。家には俺一人。ナマエはまだ帰ってこない。


「……チッ。」


チラリと時計を見るとさっき確認してからまだ五分も経っていなかった。さっきから何度も時計を見ている。落ち着かねぇ。

なぜこんな時間にナマエの姿がないのかというと、アイツは“小学校の同窓会”というものに参加しているらしい。同期の集まりだとか。それがかなり久しぶりなんだとか。だからどうしても行きたかったらしい。俺を残して行く事にかなり後ろめたさを感じていたみたいだったが、気にせず行ってこいと言えば謝りながら礼を言ってきた。
ナマエにはナマエの世界があるのは当然の事で、俺ばかりに構ってはいられないのも当たり前だ。だから行ってこいと言ったのだが……


「しかし遅すぎる……。」


遅い。遅すぎる。「そこまで遅くはならないと思うんですけど、でも本当に久しぶりに集まるのでもしかしたら少し遅くなるかもしれません。なので先に寝てて下さいね!」と楽しそうに出て行ったのは確か六時過ぎだったはず。あれからもう九時間近く経ってるじゃねぇか。
そりゃ遅くなるかもとか言ってやがったがこんなに遅くなるものなのか?いくらなんでも遅いだろ。だんだん腹が立ってきた。

ナマエが出て行ってから一人でメシを食い、風呂に入り、テレビを流しながら適当に過ごし、そこまで眠くもないからアイツが帰ってくるのでも待っておくかとソファで大人しく待っていたのは三時間前までだった。日付が変わってからはまだ帰ってこないのかと考え始め落ち着かなかった。自分でも何でこんなにソワソワするのか分からなかったがとにかく気になって仕方がない。
まさか帰り道に何かあったのか?とテレビで観たいくつかの事件を思い出したり。それとも無事なんだとしたら、その集まりが楽しすぎて俺の事なんか忘れ楽しんでいるのか?となんだか気に食わなかったり。
楽しそうな笑顔で出て行ったナマエの顔を思い出すとなんとなく胸がざわつく。楽しんで来いと見送ったのは自分なのに。あれは本心だったはずだ。だが今思い出すとなんだかあの笑顔に少し腹が立ってくる。


「…ハァ…」


アイツが友人と楽しんでいるのならそれは良い事だ。なのになぜこんなに取り残されたような気持ちになるんだろうか。置いていかれたような、そんな気分になる。アイツが仕事に行っている間はこんなふうには思わなかった。なのに何で今になってこんな。


………腹立たしい。なんだか本当によく分からないがムカつく。

しかしこんな時間だ。帰り道に何かの事件に巻き込まれるとかそういう可能性だってある。そう考えると不安にもなってくる。落ち着けるわけがない。だがアイツの居る場所も知らないし探しに行ってもあまり意味はないだろう。だからここで待つしかないのに、もはや座る気にもならない。そこまで広くもない家の中を行ったり来たりするしかない。掃除でもして気を紛らわそうとクイックルを取っても全く手につかない。

アイツもガキじゃないんだからこんなに心配しなくてもいいはずなんだが。いやしかしアイツも一応女だし。それにすぐ騙されそうだし。連れ去るのなんて簡単だろうし。

…いや、でも、アイツだってあれでも大人だ。自分の身くらい自分で守れるはずだ。こんな時間だが今でも同期の連中と馬鹿みてぇに騒いでるのかもしれない。楽しすぎて時間が経つのを忘れているのかもしれない。俺が一人待っている事なんてすっかり忘れて楽しんでいるのかもしれない。

そもそも、アイツは先に寝ろと言っていた。そもそも別に待っている必要がない。


「あぁ…クソ……何なんだよ…」


それからも俺は家の中を往復し続け、外に人の気配を感じて玄関に走りだしたのは一時間後だった。





「あれぇー?リヴァイさぁん?びっくりしたぁ…まだ起きてたんですかぁ?ぁははっ」
「………。」


玄関を開けると、へらへらと笑いかなり酔っているナマエの姿がそこにはあった。


「もう四時すぎですよぉ…?先に寝ててくださいって言いましたよねぇ?えぇ?わたし言いましたよねぇ?ねぇ?リヴァイさん?」
「………」
「でもまさかこんなに遅くなるとは思いませんでしたよぉ…なんか、盛り上がっちゃって……えへへ。だって、すっごい、たのしかったんですよぉ?」
「…っ」


何だ、この感情は。

なぜこんなにも腹が立つんだ。無事だったんだからそれで良かったじゃねぇか。楽しめたのなら。それで、良いじゃねぇか。俺の事なんか気にせず楽しんで来てほしかったんだから。


「…ん?…リヴァイさん?おーい。どうしたんですか?眠いんですか?だいじょうぶですか?なにかあったんですかぁ?」
「……別に、何も……ねぇよ」
「………?」


首を傾げるナマエから顔を背ける。

そのまま黙っているとバタンと玄関が閉まる音がして、するとナマエが俺の服を握ってきた。


「……リヴァイ、さん…」


静かに名前を呼ばれ、ナマエの顔をチラリと見ればさっきまでの様子と違い、真面目な顔をしていた。


「わたし…すみません…」
「……あ…?」


俺の服を掴んでいるその手に、力が入ったのが分かった。


「ずっと……気に、してたんですよ…?はやく帰らなきゃって…ずっと、思ってたんです……でも、ほんとに久しぶりに会う子達もいて……たのしくて……でも、リヴァイさんは家でひとりだし…わたしだけ楽しむのも申し訳ないなって……おもってたんですけど…、」
「……、」
「でも…途中から…お酒もけっこう飲んじゃって……なんか……すごい…遅くなっちゃって……すみませんでした……。」
「……。」


コイツはかなりのお人好しだ。それはずっと感じていた事で、誰よりも身に沁みていたのは俺だったはずだ。
だからこそ俺は気にせず行って来いと言った。だが、お人好しのナマエだからこそきっと早く帰ってくるものだとどこかで思っていたのかもしれない。

なのに、いつまで経っても帰って来ないコイツに俺は、腹を立てていたのか。


なんという身勝手な考え。その上ナマエにこんな顔をさせ、しかも謝らせている。コイツは何も悪くないというのに。


「……ナマエ、」
「…はい……」
「…お前は、そこまで俺を気にしないでいい。謝るのは俺の方だ。悪かった。」
「ふぇ…なんで…リヴァイさんが謝るんですかぁ……」
「…とにかく、お前は何も悪くない。ちょっと帰りが遅くなったくらいでそんな顔するな。」
「り、リヴァイ…さん…で、でも……さみしく、なかったですか…?」
「……、」


ナマエは涙を溜めながらそう言う。

そうか。俺は、寂しかったのか。

コイツが俺から見えないところで楽しく過ごしているのが。俺のことなんか気にしていないんじゃないかと思えた事が。それが嫌で、あんなに腹が立っていたのか。


「……」


なんという大人気なさ。いつのまに俺はコイツにそこまで入れ込んでいたんだ?


「…リヴァイさん…?」
「……寂しい、わけ…ねぇだろ?ガキじゃあるまいし。」


そう言って軽くでこぴんをしてやると、いたっと小さく漏らし手が離れた。


「ううう……また…でこぴん…。」


この世界に来てから情けないことに俺はコイツの世話になりっぱなしだ。しかもいろいろと面倒までかけている。それでもまだこんなふうに俺を気にかけているナマエは、本当に馬鹿だと思う。


―この世界で、たった一人ですがあなたの味方です。

いつだかナマエが言っていた言葉が頭に浮かぶ。
なぜこの世界に来たのかは分からないし正直不安に思う事もある。だが、出会えたのがナマエで良かったと、本当にそう思う。


「……ナマエ、」
「…はい…?なんでしょう、リヴァイさん…」


その名前を呼び、ちゃんと目を見て、口を開く。


「…おかえり。」


するとナマエは嬉しそうに笑った。


「…ただいま!リヴァイさんっ!」


そして笑顔で飛びついてきたので、それは避けておいた。





「……無防備にも程がある…。」


飛びついてきたナマエを避けると足元をふらつかせたまま床へとぶっ倒れた。そして肩が痛いと半泣きになり始めたので仕方なく宥めながら靴を脱がせてやると、次は歩けないと言い出した。また転んで肩を余計に痛めても困ると判断しベッドまで運んでやったのは良かったんだが、俺の服を掴んだまま離そうとしなかった。

『リヴァイさん、今日は、すみませんでした』
『だから、お前が謝る事じゃないと言っただろうが。』
『でも……』
『いいから気にせず寝ろ。』
『…じゃあ、いっしょに寝ましょう。』
『それはない。いくらなんでも。』
『いいじゃないですかぁ……ね?』
『………どうなっても知らねぇぞ?』
『あはっ…いいですよ?寝ましょう?』
『……。』

コイツは本当に馬鹿だった。誘ってるとしか思えない言葉を発し、俺を同じベッドに入れた。そして即行で寝息を立て始めた。別に何もする気もないし、そんな気にもならないが、さすがに無防備すぎて呆れる。

しかし俺も一人で勝手にいろいろ考えて多少疲れていたのと、ナマエが無事に帰ってきた安心感とですぐに眠気がやってきた。そのままそれに逆らう事なくナマエの寝顔を最後に、目をつぶった。


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