今日、人生で初めて憲兵のお世話になってしまった。

私はニファと休日を楽しもうと二人で街へ出かけ、お茶をしたり適当に街をぶらついたりして過ごしていた。それまで会話もはずみ楽しく過ごしていたというのに、たまにはお酒でも飲もうかと薄暗くなってから入った店でそれは起きた。
少しお酒も進んでいい感じになってきた頃、隣から聞こえてきた会話に私はつい反応してしまったのだ。騒ぎにするつもりなんかなかったけど、向こうも酒が入っていたから余計盛り上がってしまったんだと思う。
見た感じ確実に相手が年上の男性で、明らかに兵士ではなかった。なのに調査兵の私が一般の人間に楯突いてしまったのだ。そして言い合いの末に殴り合いになった。
そんな事をすればそりゃあ憲兵さんに捕まってしまうのは当たり前だ。

そして、迎えに来てくれた兵長にこんな目で見られるのも当然の事だった。


「……」
「…何があった。」
「………。」


ニファには連行される前に口止めをしてから先に帰らせた。これは私が勝手にした喧嘩で、ニファは全く関係なかったからだ。


「オイ、ナマエ。何でこんな事になった」
「………、」


兵長の顔を見れない。見れるはずがない。調査兵が一般の人間と喧嘩したなんて、調査兵団の評判が悪くなってしまう。最低だ。私が幼稚だったばかりに兵団にも迷惑をかけてしまった。

でも、どうしても我慢が出来なかった。


──毎回毎回壁の外になんか出て、馬鹿なヤツらだよなぁ、本当。


アイツらの会話が頭にこびりついて離れない。


──あのリヴァイってヤツも人類最強とか言われて調子乗ってるんじゃねぇか?聞いた話じゃ大分チビらしいぜ。
──何が人類最強の兵士だよなぁ。自分の仲間すら見殺しだろ?毎回巨人に何人も食わせてんだからなぁ。


「……っすみません、でした、」


拳を握り締め、兵長に頭を下げる。


「俺は何があったのかと聞いているんだが。」


悔しくて、情けなくて、涙で視界が滲む。でも泣く資格なんて私にはない。
そのまま頭を下げたまま動かないでいると見兼ねた兵長が私に手を伸ばし胸ぐらを掴み、壁に叩きつけた。


「っう、……ッ」
「何で喧嘩なんかした?てめぇから吹っかけたと聞いたぞ。それは本当なのか?だとしたらなぜだ?てめぇはそんな馬鹿な事をするような人間だったのか?」
「……すみま、せん…」
「謝罪の言葉はいい。何があったのか聞かせろ。」
「………。」


言いたくない。アイツらが、調査兵団の事を、兵長の事を、馬鹿にしたからだなんて。そんなの兵長に言いたくない。

殴り合った拳よりも、胸が痛んで苦しい。


「……チッ」


何も言わないでいると兵長は舌打ちをして私を放した。


「…いつまでもここに居ても仕方ねぇ。帰るぞ。」


兵長は歩き出す。なのに、私は力が出ない。気力がない。
そのまま壁に背中を預けたままズルズルと地面へと尻をつく。それに気づいた兵長は足を止めた。


「……自分の足で歩く事も出来ねぇのか?」


これ以上兵長に迷惑をかけたくない。


「…頭を…冷やしてから……帰ります……。」
「……。」


言葉を搾り出して、俯いていると兵長がため息を吐き目の前まで来て屈んだ。


「…俺はお前を迎えに行くよう言われてんだよ。なのに一人で帰れるか」
「……。」


情けない。情けなさ過ぎて、兵長と目も合わせられない。


「ニファに聞いてもアイツも何も言いやしない。口ごもるだけだ。お前が口止めしたのか?」
「………。」
「…黙ったままじゃ何も分からねぇぞ。ナマエ。」
「……腹が、立ったんです……。」
「何にだ?」
「…アイツら……が……」
「……」
「気に、食わなかったんです…。ただ、それだけです…」
「…何か言われたのか?」
「……いえ……。」
「何も言われてねぇのに腹が立ったのか?そんなバカな話があるか。何か言われたんだろ?何だ?調査兵団を馬鹿にでもされたか?」
「っ、……、」


思わずドキリと心臓が跳ね言葉に詰まった。


「……そういう事か。」
「っな、ちがい、ます」
「それ以外にお前がキレる理由がどこにある?お前の性格上、自分の事を言われただけじゃ腹を立てねぇだろ。…どうせ俺かエルヴィンの事でも言われたんじゃねぇのか」
「……っ、…ち、ちが…」
「まぁだからと言って兵士のお前が一般の人間に手を出していい理由にはなんねぇがな。もっと調査兵としての自覚を持て。他の人間に俺らの何が分かる?そんなもん勝手に言わせておけ。」
「……、」


兵長の言っている事は間違っていない。きっと正しい。そうだ…あんなヤツら気にする事なんてなかった。言わせておけばいい。聞き流せばいい。そんなの、…そんなの……分かってる……。



「……っいや、ですよ……」
「…あ?」



分かってはいても、リヴァイ兵長の事をあんなふうに馬鹿にされて、黙っておけるほど私は大人にはなれなかった。


「私には無理です…っ調査兵団のこと…馬鹿にされて、あんなふうに言われてっ……そんなの、許せないですよ!!当たり前じゃないですかっ!!」
「……。」
「だって、兵長のこと、アイツら何も分かってないんですよ!!なのにっ…なのに…!アイツら…好き勝手、言いやがって……ふざけんなっ……、」
「…どこのどいつだか知らねぇが、そんなヤツらに俺の事を勝手に理解されてても気持ち悪ぃだけだろうが。」
「っでも!!だって!」
「他人に何を思われようが言われようが俺は気にしない。そんなの何ともねぇ。」
「でも…私はっ、」
「…そんな事より俺はお前がこんなふうに顔を腫らす事の方が辛かったりするんだが。」
「………な…、え…っ?」


兵長はそう言って、私の頬に触れた。


「何を言われたのかは知らねぇし、何を言われたとしてもお前のした事は褒められた事じゃない。」
「……、」
「周りが何と言おうとお前が分かってくれていたら俺はそれでいい。それだけで十分じゃねぇか。」
「……な、なん、で…っ」


いつの間にかぼろぼろと流れていた涙を兵長は拭ってくれる。
そしてそのままゆっくりと顔が近づいてきて、切れて血が滲んでいる私の口の端に触れるくらいのキスをした。その突然すぎる行為に思わず涙が止まる。


「、は……」
「…とにかく、帰るぞ。仕方ねぇからエルヴィンに説教されてる最中も一緒に居てやる。」
「な……え……へい、ちょ…っ」
「ほら、立て。」


兵長は混乱する私を無視して引っ張り上げ立たせる。そしてそのまま手を握り歩き出した。


「ちょっ、兵長っ…?!」
「…何だ。」
「いや…っ、今の、何、ですか…っ」
「何がだ?」
「な、何がってそんな…そんなっ……」


すると兵長は足を止め、こっちに振り向く。


「ハッキリ言わねぇと分かんねぇのか?」
「……っ、」


呆れたようにそう言う。

兵長に失望されたとばかり思っていたのに。どうしてこんな展開になるんだろうか。いろいろありすぎてワケが分からない。


「心配すんな。続きは俺の部屋に戻ってからしてやる。」
「はっ…!?何、言ってんですか…!?」


そう言われ顔に熱が一気に集まる。殴られた痛みなんてもはや気にならなくなった。


「それとも嫌なのか?」


今日は人生で初めて憲兵にお世話になった最低の日だ。調査兵団にも迷惑をかけた。なのに。


「……っい、 嫌じゃ、ない… です……けど…っ」


何で兵長はこんなふうに優しく手を握ってくれるのだろうか。どうしてそれだけで胸の痛みは引いてしまうんだろうか。もっと怒られなければいけないはずなのに。


「それでいい。…帰るぞ。」


それから手を引っ張られながら本部まで静かに歩き、団長室の前に着くと手は離れた。そして兵長と一緒に中に入り団長に経緯を説明し注意を受けた。団長もそこまでは怒らなかったが、けじめとして私は一週間ほど停職する事になった。兵長にも殴り合いの喧嘩なんて二度とするなと釘を刺された。

そして、「お前のケガが治るまで続きはお預けだ。」と言って兵長はその日は何もしてこなかったがキスだけはしっかりしてきた。今度はちゃんと唇に。

なんかもうよく分からないけど、とにかく前から兵長が好きだった私はそのままそれを受け入れ、最低の日になるはずだったその日は兵長と想いが通じ合った日として思い出に残るのだった。


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