「名前は?」


お母さんが動かなくなってから現れたその人。リヴァイがお母さんは死んでると答え、そして“ただのリヴァイ”だと名乗った。私はリヴァイの服をきゅっと掴み身を寄せてその人を見ると、目が合う。


「お前は?」
「………」
「…何だ、お前も名前くらいあるだろ?」
「………ナマエ……。」


お母さんの知り合いだったとかいうその人は自分を“ただのケニー”だと言った。そしてそれから私たちを家から連れ出した。よく分からなかったけど私たちはその日からケニーと一緒に居るようになった。





「オイナマエ、お前いつまでもリヴァイの後ろに隠れてねぇでナイフを持て。」
「…いらない」
「そんなんでこれから先、生きていけると思うのか?」
「ケニーがずっと居ればいい…」
「おいおい…勘弁しろよ。俺だっていつまでもお前らの面倒みれるわけじゃねぇんだぞ?一人でも生きていけるようになれ。何の為に俺がわざわざここまで来てると思ってんだ?」
「……。」
「いいからナイフを持ってみろ。ほら、リヴァイを見てみろよ?健気に言われた通りやってんじゃねぇか。少しは見習ったらどうだ?」
「わたしはいい…リヴァイがやってるからそれでいい…」
「あ?何だそりゃあ?確かにてめぇらは双子だが…だからって一人がやればもう一人も同じように出来るようになるわけじゃねぇだろ?それともお前らはそういう面白ぇ繋がり方でもしてるのか?」
「………。」


ケニーはいろいろと教えてくれる。ナイフの振り方を教えてくれる。別に知りたくないのに。
リヴァイは言われた通りにしていたけど多分そうするしかなかっただけ。私はあまり興味がなかったし、ケニーみたいに人を殴ったりはしたくなかった。痛いのは嫌だから。

だけど私はケニーが言っていたことの意味を身をもって理解する事になる。

それはケニーが居ない時に起きた。私とリヴァイは些細な事で喧嘩に巻き込まれ、やり返す事も出来ずに一方的にやられてしまうという出来事が起きた。リヴァイは私を逃がそうとしてくれたけど、一人で逃げるのは嫌だったから私も相手に立ち向かった。だけど喧嘩のやり方も何も知らなかった私は当然何も出来なかった。
二人で初めて喧嘩をして、初めて負けた日だった。


「何だてめぇら、揃ってボロボロじゃねぇか。仲良いな。」
「……。」
「……。」


ケニーは私たちを見てそう言った。弱ければ負けるのは当然だと、そんな顔をしながら。だから私は、何も出来なかった拳を強く握って口を開いた。


「…ケニー、私に……ナイフの使い方、おしえて」


今まで喧嘩なんて痛いのは嫌だと思っていた。でも、違った。


「あ?どうした、痛い目に遭ってようやくやる気になったのか?」
「……うん」
「そうか。そりゃあ良かったな。」
「 ……リヴァイが痛いと……私も、痛い、から…」


一番痛かった、左胸辺りの服をギュッと握る。


「…あ?」
「だから、リヴァイが痛くないように、強くなりたい。」


目の前でリヴァイがやられているのに私は何も出来なかった。相手を一発殴る事さえも出来なかった。それが何より嫌だった。私がもっと強かったらリヴァイも痛い思いしないで済んだかもしれないのに。だから強くなりたい。大事な家族を守りたいから。リヴァイが痛い思いしないように。


「……はッ。だから、お前らは一心同体なのかよ?」


ケニーがそう聞くと、リヴァイが私の手を握ってきた。


「…オレも、同じ」
「……」
「ナマエが痛いと、オレも痛い」


それを握り返して、頷く。


「だって、双子だもん」


それから私とリヴァイは喧嘩の仕方やナイフの振り方を改めて学んだ。実戦もした。だんだんと強くなっているのが、自分達でも分かった。

そして、自分より大きい相手でも勝てるようになっていった。


「ねぇリヴァイ」
「…何?」
「最近、ケニーのクソヤロー来ないよね」
「……。」
「何でかな」
「…さぁ。クソでも詰まってんのかもな」


大人にも負けないくらい強くなったのに、ケニーは突然姿を消した。ケニーの言う通りにしていたのに、いきなり居なくなった。


「もう…来ないのかな」
「……、」
「…ケニーのクソみたいな冗談を笑ってあげなかったのがいけなかったのかな」
「いや多分それは関係ねーと思うけど」
「……何で…居なくなっちゃうのかな。どうして、私たちを置いていっちゃうんだろう」


お母さんも、ケニーも。


「…ナマエ」
「……、」
「…お前は、オレが…守る。だから心配するな。」
「……リヴァイ」
「オレらに何かしてこようとする奴が居たら、ぶっ殺してやる。」
「…うん。」
「オレはナマエを一人にしない。」
「うん…私も、離れない、から。」


私にはリヴァイしか居ない。リヴァイには私しか居ない。それを思い知る。でも一人じゃない。それだけで心強かった。

だからそれからも、二人だけでも生きていけた。ケニーが教えてくれた生き方で。私たちが負ける事はもうなかった。





「ねぇリヴァイ」
「何だ」
「あのさぁ……、」
「……。」


あれから大分月日が経って、私達は地上へと出てきた。いろいろあって調査兵団とかいうところに入る事になってしまったけど、地下から地上へ出る事は簡単に出来る事ではないので有り難いといえばそうかもしれない。

そして地上の空気を吸えば思い浮かんだあの人の存在。


「……アイツ、まだ生きてるのかな。」


結局あれから一度も姿を見てない。
リヴァイにそう聞けば表情を変えずに答える。


「…さぁな。」
「……。」
「だが、そう簡単に死ぬような奴でもねぇだろ。」
「…そう、だね。…きっと、どこかで生きてるよね。」
「……お前、そんなにアイツのことが気になるのか?」
「そりゃ…。リヴァイだって気になってんじゃないの」
「…どうだろうな。今考えればロクな事教わってねぇ。」
「ふ、でもそのおかげで生き延びられたじゃん。」
「一体何なんだよ、あの野郎は。」
「……さぁ。まぁでも…“ただのケニー”、でしょ?私達と同じだよ。」
「……。」


何をしている人間なのか、今どこに居るのか、私達との関係は何なのか。
知らない事ばかりだけど、分かっているのはケニーが私達に生き方を教えてくれたという事。


「リヴァイ、私達…これからどうなるのかな」
「……ナマエは、どうなりたい」
「私は……分かんない。」
「分からねぇのかよ。」
「でも、リヴァイとずっと一緒に居れたら、何だって出来る気がする。」
「……居れたら、じゃねぇだろ。」
「…そうだね。」


リヴァイは私の指に指を絡め、そして手を握る。


「ナマエ、お前は何があっても俺が守る。」
「…うん」


昔と同じ目でそう言ってくれる。


「だから、心配すんな。」
「…うん。してない、よ?」
「じゃあそんな寂しそうな顔すんな。」
「……寂しくは、ない。リヴァイが居るんだもん。」
「…生きてりゃ、いつか会えるかもしれねぇだろ。」
「そう、だね」


いつか会えたら、その時は何て言おう。別にお礼を言いたいわけじゃない。ただ、ここまで生きてこれたと、それを見てもらいたいだけなのかもしれない。


「…とりあえず、リヴァイにあんな事したあのエルヴィン・スミスとかいうのを、ぶっ殺すのは決定事項だよね。」
「そうだな。」


リヴァイと私は一心同体。だからリヴァイが何かされたら私は黙ってはいられない。相手が誰だろうとぶっ殺してやる。


「私だって、リヴァイを守るよ。リヴァイが痛いのは嫌なの。」
「…そうだったな。」
「だから、私もどこにも行かないよ。」
「……ああ。」


これから先もずっと離れないように、お互いの心のずっと奥にある寂しさを少しでも埋めるように、繋いでる手を強く握り合った。


いつか、どこかで会えたら、何で私達を残して消えたんだと文句を言ってやろう。だからそれまでは生きていてもらわないと困る。

そんな事を思いながら、二人で上に広がっている空を見上げた。


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