チョコレートクランチ
2.ブレーキ一つにアクセル二つ


 チョコレートクランチだって、春を想ったりするのです。

 と、思ったのですが、違いますかね? だって春だし……。二年生になったばかりの。

 そもそもの発端は、
「ラブをソングしてみないかい!?」
 と、要するに「ラブソング作ってみたい」という翼の提案ではなかったの?

「ゆーちゃん。今日はあの子のお話ないの?」
 翼が首を傾けて僕の方を見る。大きな瞳が、僕をじーっと射抜きます。
 あの子、とは僕の隣に住む女の子のことだ。とっても不思議な子で、宇宙人みたいな可愛い子だ。縁あって仲良くなった僕達二人。その女の子の話をしたら、翼もハル君も興味津々になってしまったのだ。今日もお話を要求されている。
 それにしても、「お話して」。何処かで聞いた言葉だな。そうだそうだあの時だ、と思い出したところで悪魔の声が僕を刺す。
「話せ」
 ハル君は切れ長の目を細めてにやにやしている。眼鏡のレンズも光らせて。いつもそんな笑顔だ。
「えー……だって話したら二人とも僕をからかうじゃーん!」
 唆されて話す、二人がにやつく、そしてからかう。いつもこんな流れだ。
「話せ」
 真っ黒な思考を、まっさらな笑顔で放出してくる超Sなハル君。あぁ、お話を強要されている。
「聞きたいなぁー」
 状況に応じてSもMもボケも突っ込みも天然も、何でも大体やってのける不思議ちゃん翼。
「のんちゃんのお話ですよねぇ……?」
 そして、二人にはどうしても勝てないM(僕は認めていない)な僕。

「へぇ、妖精の森か」
「ゆーちゃんは、森に迷い込んだ王子様ってところか」
「お似合いだね」
「王子様は、妖精さんに惚れてしまっているのですね?」
 ……僕が何をどう話してこうなったかは割愛で。
「ふ、二人だって好きな子ができたことくらい……くらい……あ、ありますよね?」
 言いながら、僕は二人の既知の事実を思い出した。
「何言ってるの今更。翼が恋なんてできますか?」
 ハル君がしれっと言い放つ。そうでしたそうでしたそうですよ。翼には致命的な欠陥があるんですよ。
「翼が普通に恋できる子だったらさ。俺達は泣き叫びそうな翼を宥めたり、女装したり、逃げ去っていく翼を追いかけたりしてないでしょ?」
 ショックを受けたような翼を放置して、ハル君は楽しそうに言う。僕もその時のことを思い出して、頷いた。確かに大変ではあった。
「い、いつもすまないと思ってるよ!」
 普段冷静沈着な翼が慌ててるのは面白い。僕までからかいたくなってしまった。
 大きくて輝く瞳にアヒルのような口。それらのパーツが綺麗に整っている。身長も高くて、顔は小さく、体つきはすっきりしている。そう、翼はとびきりのイケメンなのである。その上、老成して落ち着いた雰囲気があるため、女性は皆目を留める。
 でも、翼は恋ができない子なんだな。恋されることはたっくさんあるのだけど。最近だって、新入生に声を掛けられていた。握手だか写真だか求められていた。
「俺には雫がいるもん」
 ふてくされたようにぼそぼそ呟く翼。恋ができない翼が、初めて恋した相手で彼女の雫ちゃん。
 空野(そらの)雫ちゃんと言うらしいが、一体どんな子なのだろう。あの、あの翼を落とした子って一体……。まだ直接会ったことはないのだけど……。
「雫ちゃんって、どんな子なの?」
 僕は問いかける。ハル君も興味を持ったように翼を見ている。
「可愛くて……奇声を発し……ぴょこぴょこ跳ねまわり……とにかく変態」
「…………」
「……変態?」
「うん。変態」
 ますますわからなくなった……。何故翼が変態と付き合えるんだろう? ハル君も首を傾げている。
「ハルは、どちらにモテるの?」
 翼が、この話題を遮るように質問した。これは恋愛を話題にする上で、とっても気になるところだ。
 ハル君は「二人分」生きてるらしい。だから呼び名も春依(はるい)と遥亮(はるあき)から取ってハル君だし、性別は本人曰く「どっちでもいいじゃん」だそう。因みに「ハル君」という呼び名を考案したのは僕である。色々な経緯があったのだよ。その前は春依君と呼んでいた。(でも春依さんの方は女の子らしいけど)
「モテるのかはわからないが、告白なら両方からされたことがある」
 多分ね、それを「モテる」というんだと僕は認識してるよ。というか、両方って……。
「ハルはどっちを好きになるの?」
「強いて言うなら、声フェチ、だろうか……お茶目な可愛らしさもあると尚いい……」
 質問はスルーして、ハル君はとうとうと語る。それ、タイプです。答えになってません。ハル君にも、好きなタイプがあるんですね……。(何となくわかってたけども)
「俺は、可愛いだけじゃない子かな……」
 何故翼までとうとうと語り始めるんですか。そうですね、雫ちゃんは翼のタイプにも当てはまりますね。だって可愛いだけじゃないんだもの。変態、なんだもの。
「そして、ゆーちゃんのタイプは不思議ちゃんなんですねっ!?」自分も不思議ちゃんな翼の笑顔が爽やか過ぎる。
「天然で可愛い妖精さんが好きなんですねっ!?」綺麗に抑揚をつけたハル君の声が脳内に響き渡る。
 あぁ、逸らしたはずなのに何故、僕へのからかいに戻っているのですか!?
「よし……インスピレーション湧いてきた! 曲作ってくる!」
「頑張れ翼!」
 ちょっと!! まさか僕を元に、否ネタにしたラブソングを作るつもりか!? ひょっとして、まさか……
「最初からそのつもりで僕にお話を要求、いや、強要していたのか!?」
「どうした、ゆーちゃん。落ち着きたまえ」
 いやいやハル君、火に油注いでますよ。その満面の笑顔は質問に対する肯定じゃないか!
「安心したまえ、翼ならきっと素敵な曲に仕上げてくれるはずだ……」
 そういうことを言ってるんじゃない……! 誰か、誰かコイツらを止めてくれ!
 翼は部室の隅で、アコースティックギターを鼻歌口ずさみながらジャラジャラ弾いている。
「即興の曲できた。仮タイトル『妖精の森』」
「さぁ、ゆーちゃん。歌詞を書くんだ」
 僕に歌詞書かすのかい……!!
「歌詞も翼が書いちゃってよ。僕は歌詞とか無理だよー」
「ゆーちゃんの恋だから、ゆーちゃんが書かなきゃ」
「ポエムだよゆーちゃん……さぁ、思いの丈を、言葉に!」
「やーだーよ。恥ずかしいよ!」
「ゆーちゃん……」
 やーだーよー無ー理ーだーよーと喚く僕の目を、翼が真っ直ぐ見詰める。
「俺はね……二十年の人生に起こった様々な経験を、いつだって小説のネタにしようと考えているよ……?」
 翼は物書きさんだ。小説創作が趣味で読書が生きがいだ。因みに人生経験値も半端ない。
「翼の作家根性と一緒にしないで下さい!」
「俺だって、日々の事柄はブログのネタにしているよ?」
 ハル君はネットがとても得意で、ブログもいくつか持っているらしい。(何故アドレスを教えてくれないんだ。まさか僕のことをネタに……)
「ハル君のブロガー根性と一緒にしないで下さい!」
「ゆーちゃん……」
 今度は何ですか翼さん!?
「俺はね……伝えたいことはいつだって、小説で伝えているんだよ……?」
 確かにそれは素敵な話だけれども。
「雫への感謝をこの前短編小説にもした」
 読ませてもらいました。内容は少年同士の恋愛だった上に、表現し難い場面すらあったのですが……
「雫はとても喜んで読んでくれた」
 ……ですよね……変態、なんですもんね……。何で僕にも読ませたんだろう……。
「さぁ、ゆーちゃんものんちゃんに、思いを伝えようじゃないか……!」
 二人がキラキラした目で僕の目を見る。翼は僕の手を取る。その時、僕に妙案が思い浮かんだ
「お、おし。わかった。僕はベースライン考えるよ! 僕はベースで思いを伝えるよ。ベーシストだからね!」
 おし、勝ったぞ。チョコクラ恒例行事、いや活動内容となっている「楽しいこと」を阻止した。「楽しいこと〜ゆーちゃんを可愛がる〜」を阻止したぞ!
「そっかぁ……ゆーちゃんはベースに専念するって」
「仕方ないな……翼が歌詞書いてあげて」
「うん。任せとけ」
 それから翼はまたギターを抱え、何やら作詞作曲を始めた。
「ふぅ。暇だから俺は寝ます」
 それだけ言って、ハル君は部室の端にある小さなソファーに乗る。ソファーの隅に畳んであったブランケットを頭から被り、体をコンパクトに丸めて睡眠体制に入った。
 ハル君のお昼寝は入部当初からのことだ。一年生の時のハル君はかなり心身共に弱っていて、それから部室お昼寝の習慣が始まったのだ。弱っていたあの時を思うと、今はかなり元気になってきたな。何だか嬉しいな。
 ハル君は全身にブランケットを被り、小さくまとまっている。何かから身を守るようだ。ここで僕はふと気付いた。ハル君、眼鏡かけたままお昼寝してるのかな?
 そっとハルベッド(ソファーの名前)に近付いてみる。ブランケットの塊に見える。試しにそっと触れてみる。手にハル君の息遣いが伝わる。良かった良かった生きてる。
 今度は慎重に、少しだけブランケットをめくってみる。覗いてみたらハル君の手が目に入り、その手前に眼鏡ケースが見えた。
 ちゃんとケースにしまってあるんだ……。何故だかほっとした。しかし、眼鏡ケースもブランケットの中にあるのか。ブランケットはハル君の巣みたいだな。
 ハル君は起きる様子がないので、寝顔も拝ませてもらった。とても無防備で純粋そうな寝顔。中身は悪魔なのに、天使のようだ……。か、可愛いなぁ……何だか。
 あまりお昼寝を邪魔してもいけないので、僕はブランケットをそっと戻した。可愛かったなぁ……。いつもこう、大人しかったら可愛いのかもしれない。
「ゆーちゃん」
 ボーっとしてたところに呼びかけられて、僕は驚く。声の方を向くと、翼がギターを抱えたままこちらを向いている。み、見られてたかな、今の。
「何故一人占めする。俺もハル君の寝顔見たかったのに……」
 あ、そういう話ですか。でも二人がかりで寝顔覗き込んでたら、おかしな光景だよね。想像してみたら何だか笑えた。
 ハル君が寝てしまうと僕も暇なので、翼と一緒に作曲することにした。しばらく二人で作業して、即興の曲から大体の感じが完成した。
「できたね。後は歌詞ですね。頑張るぞ!」
 翼が左手でガッツポーズを作る。(翼は左利きなんだよね)気合入ってるね。これで僕に作詞が回ってくることはなくなったな。良かった良かった。

 帰ってから、僕は今日の出来事をのんちゃんにお話した。のんちゃんはとても楽しそうに聞いてくれる。
 のんちゃんは病気で学校に行けない。だからのんちゃんは僕の大学での話を聞きたがる。僕は、チョコクラの話をのんちゃんにできるのがとても嬉しい。のんちゃんはチョコクラの話を喜んで、いつも聞きたがるんだ。
「どんな曲を作ってるですか?」
 のんちゃんは、まんまるな目を輝かせて僕を見る。僕は返答に困った。
 翼と作曲したというお話だったのだ。そこに行き着くまでの話はできる訳ない! そしてその質問に答えられる訳もない……。
「う、うーん……何だか和やかな曲だよ」
 のんちゃんの口角が上がり、三日月形になる。口の前で手を合わせ、首をくいっと傾けた。
「ゆーちゃんが歌うですか?」
「えと、僕は、ベース、だから、ヴォーカルの人が歌うんだよ……」
 明らかにしどろもどろの言葉だけど、のんちゃんは気付かない。のんちゃんは薄い茶色でふわふわとした服を着ているのだが(パステルカラーだったら幼稚園生の着てるスモックに見えるかもしれない)、その袖を摘み、軽く俯いて、
「のんちゃんも聴いてみたいです」
 と恥じらうように言った。
(僕、そんなに歌は上手くないと思うよ)
(君の前じゃ歌えないよ)
(だって、そんな、僕とのんちゃんの歌だなんて)
(あぁ、上目遣いが可愛すぎる)
 とか何とか様々な思いが一気にやってきて、僕の頬は赤くなった。僕も目線を落とす。
「ゆーちゃん、どうしたですか? 大丈夫ですか?」
 のんちゃんは天然だけど、鈍感すぎるということでもない。僕は内心の動揺を隠す方法を必死に模索した。
(いや、だから、上目遣いで見つめないで)

「そうか。お話したか!」
 今日も僕はお話を強要されている。あれから数日経っての話だ。
 のんちゃんにチョコクラの話をしたと伝えたら、何故だか翼もハル君も目を輝かせて喜んだ。
「でも! 曲の内容とかは話してないからね!」
「そのことですが、歌詞が完成しました!」
 翼はカバンから一枚の紙を取り出し、誇らしげに僕に渡してきた。
 僕が紙に目を落としている間に、翼はギターを取り出していた。
 そして、歌い始めた。
 正確に言うと、ハル君が主旋律で、翼がギターを弾きながらハモっている。
 要するに、二人がかりで歌ってくる。視覚からも聴覚からも、その歌は流れ込んできます。
「君が涙を流したら、そっと器を満たそう
最後に君の笑顔を浮かべられたらなと思うんだ」
 心なしか、口調が僕に似せてあるような気がするのですが……。
「君が隣にいるなら、もっと僕は話そう
最高の物語は君と描けたらいいなと思うんだ」
 ……口ずさめてしまうのは、僕も一緒に作曲したからだよ。僕の歌だからじゃないよ。翼とハル君は会心の笑みという感じの表情をしているけどさ。
 というか、ハル君が歌えるということは、事前に練習していたからで。
 コーラスに明らかな空白を作っているのは……
「僕にも歌わせる気満々ですよね?」
「だってゆーちゃんの歌だもんねぇ」
「ねぇ?」
 コイツら何を考えてる……!! 誰か、誰かコイツらを止めてくれ……!! あれ、これ前にも言った……。
「ゆーちゃん、これもお話する?」
 翼の精悍な目が、優しい目線をあててくる。
「え、うん……まぁ、のんちゃんが聞きたがるだろうからね」
「ハル、成功だぞ。ゆーちゃん話すってよ」
 ……はい?
「のんちゃんは、僕らの話を聞くのが好きなんだよね」
 はい。のんちゃんは、チョコクラの話を気に入っています。
「だから、壮大にネタを作ってあげました」
「コードネーム『カノン』」
 カノン……のんちゃんの本名だ。佳音ちゃん。
「……そんな壮大なことしなくても、チョコクラのお話はしますよ?」
 何となく察しがついてきたけど、僕は言った。
「いやぁ、せっかくだからねぇ? ハル君?」
「ゆーちゃんが、のんちゃんの前で照れまくったりしてくれたら楽しいな、と……」
 そういうことですよね……。のんちゃんにチョコクラの話をすることを知ってる上で、今回の曲制作ですよね……。
「曲のタイトル、カノンね」
 だから、コーラスに隙間を作ってたんですか? 途中、確かに輪唱していたけどさ。
「何処から、図ってたんですか?」
 我ながら、声の温度が低い。口先から漏れだす冷気で、春が吹っ飛びそうな温度。
「最初からに決まってるじゃん」
 ハルは全く吹っ飛ばないが。
「ごめんね、ゆーちゃん」
 謝りつつ、とっても楽しそうな翼。翼には「悪戯」という、とても困った趣味がある。「ゆーちゃんに悪戯」という、困り果てるしかない趣味がある。
「まぁ、俺の寝顔を覗いてたからな。多少のからかいは許してもらおう」
「あ、やっぱり気付いてたのか」
 二人の会話に、僕はもう入れません。
「ゆーちゃん……」
 ハル君が、満開の桜の様な笑顔をこちらに向ける。
「ブログのネタを、ありがとう!!」
 僕にはもう、突っ込む言葉も返す言葉もありませんでした。

 おうちに帰った僕を待っていたのは、可愛いのんちゃんでした。今日は紺色のワンピースを着ている。裾に入ったレトロな花柄が可愛い。茶色いカーディガンも似合っている。
 のんちゃんのお誘いで、近所をお散歩している。たんぽぽを見つけるたびにちょっとはしゃぐのんちゃんを見ていると、今日僕の身に起こったあらゆることから癒されていく気がする。
「ゆーちゃん」
 のんちゃんは僕の服の裾を引っ張って、ちらりと上目遣いでこちらを見ます。
「お話して」
 たんぽぽの綿毛が風に運ばれ、何処かへ飛んで行った。

 春のうららかな日差しと、お話を聞いて嬉しそうなのんちゃんの笑顔が、今日も僕には暖かいです。



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