君に伝えるラブソング 桜草


 窓を開ける。
 外の世界をこっそり覗き見るように開ける。
 時計を見るより、こっちの方が夜明けを実感できた。
 今日が始まる。

 光が入ってきて、真っ暗で黒一色だった部屋が照らされる。
 僕は自分の手を見た。
 僕は確かに存在しているらしい。

 何が辛い。
 自分は何者なのか。
 どういう立ち位置なのか。
 今日は何故部屋に篭るのか。

 一つずつ疑問を出していき、自問自答する。
 それはまるでパズルゲーム。
 他人と自分が切り離された気がして。
 自分がバラバラになった気がして。
 何もかもがわからなくなった。

 考えるうちに、憂鬱は深まる。
 太陽は雲に遮られ、僅かな光は届かなくなった。
 また部屋は暗くなる。

 引きこもりになるつもりは全くないけれど、今日だけは。
 勉強も遊びも何もかもお休み。
 暖かい毛布に包まる。
 今日はこのまま部屋に閉じこもる。
 外から、全てから、世界から逃げる。

 家の近くの小さな公園。
 時々やってきては外の風にあたる。
 やっぱり外はいい。学校に行く時くらいしか外に出ないから。
 学校とここが僕の居場所。
 学校は友達と騒ぐ。公園では一人静かに過ごす。
 いつも何をするでもなく、ブランコを揺らす。
 考え事はいつだって同じところに辿り着く。


「遥香……」


 でも、今日は行かないつもりだ。
 今日はこの毛布の中だけが僕の世界。

 何を失ってしまったのだろう。
 何から失ってしまったのだろう。
 一つ初めに失ってから、全てが崩れて行った。

 大丈夫。これから。まだこれから。
 いつもと同じ質問を出し、いつもと同じ答えを自分に聞かせる。
 大丈夫。これから。まだこれから。
 ゆっくり探せばいい。

「まだこれから」

 いつも君は言う。
 君というパーツが真ん中にあるから、周りのピースも見つかって。
 いつかはきちんと一枚の絵が浮かび上がる気がしている。
 その絵はこんな曇り空じゃなくて、きっと晴れた空。
 清々しいんだろうな。

 しっかり引きこもるために、腹ごしらえはしていた。
 両親が家にいないのをいいことに、食料を部屋に持ち込んでいた。
 朝ご飯にジャムパン。
 そして、遅めの昼ご飯だ。鮭おにぎり。
 さすがに毛布から出て頬張る。

 さてどうするか。
 自問自答も終わってしまった。
 そもそも考え込む性質なので、既に答えは自分の中で見つけてしまっていた。
 同じことをいつもグルグルとグダグダと考えるから、答えにもすぐに辿り着くようになっていた。
 考え込む性質だけど、悩み続ける性質でもない。

 おいおい。何のために引きこもってるんだ。
 そうだ。逃げるためだった。
 何も考えることなかったんだ。
 癖だ。いつもの癖。

 そして僕は気付いていた。


 いつも考え込むのは、一番大事な悩みに到達しないため。

 今日は一番大事な悩みから逃げていた。


 揺れるブランコが思い浮かぶ。
 すると次に幼馴染の顔が思い浮かぶ。
 小さい頃から今に至るまで、ずっと側にいた幼馴染。
 体の弱い僕を、いつだって助けてくれた。そしていつだって励ましてくれた。

 ほら、どうしよう。考えが振り切れなくなった。
 いつのまにか僕は部屋を出て、公園にいた。
 またブランコに乗っちゃって。どうするんだよ。
 余計に考えちゃうじゃないか。

 でも、これはきっと。
 いい加減、答えを出しなさいという啓示なのかもしれない。
 他の悩みにはケリをつけているのに。
 昔より学校に行けるようになったし。勉強だって遅れなくなったし。
 友達だっているし。仲も良いし。
 他の人と違うなんて、もうさすがに慣れたし。
 どうしても調子悪いなら、最悪授業の半分出たら保健室行けるし。

 ほらほら考えを逸らしてる。

 逸らしてると気付いたから、また戻ってきてしまった。

 進まなきゃいけない。
 進まなきゃ何処にも行けない。

 どうしようどうしよう。
 どうにかしなきゃいけない。
 ずっとこのままじゃいけない。
 悩んで、焦って。
 さっきまでも考えてたのに、また考え込み。
 すぐに疲れてしまった。
 思考が停止する。

 公園には誰もいない。
 いつしか夕日が差して、オレンジの光と薄暗い影を作る。
 橙の世界に独りぼっちな気がしてきた。


 最終的に辿り着く選択肢はたった二つ。

 伝えるか、伝えないか。

 二つだけの選択肢に延々考え込んでいる。


 止まった思考を夕空に向ける。
 ブランコをゆらゆら揺らす。
 寂しいと思うと同時に目に入る人影。
 停止した思考は働かず、自然と叫んでいた。


「遥香!」


「奏太?」


 足を止めて、こっちを向く君。
 今日から、もしくは今から。
 世界を変えて行こう。

 もう一度、名前を叫ぶ。


 君を呼ぶよ。


 届くように……


song by ASIAN KUNG-FU GENERATION ファンクラブ 桜草



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