鎖なら編みましょう

白石蔵ノ介/女主




side boy

人の記憶なんてたかが知れている。そんなことはわかっている。
それでも、名前(女)と一緒にいる時のこのキラキラした感情は忘れたくないのだ。

初めて会ったときに一目惚れして、それからゆっくり仲良くなっていった。いい先輩でいようと努めたし、名前(女)を喜ばせられるようなことをたくさんした。

付き合うようになってからは本当に幸せだった。この幸せな感情もいつか忘れてしまうのかと思うと、それが何より怖いことのように感じられた。
名前(女)との間にあったことを全て覚えるようになったのはそれからだ。
何回目があった、何回笑いかけてくれた、何回手と手が触れ合った……数えれば数えるほど名前(女)がより近くにいるように思えたし、とても幸せだった。

名前(女)にそれを要求すべきでないこともわかっていた。

しかし、何の気なしに聞いた言葉は俺の心を凍りつかせるには十分だった。

『今日、付き合ってから何日目か覚えとる?』
『えっ……何か記念日でしたっけ?』

名前(女)は俺とのことを忘れてしまうのか。
自分が名前(女)との間にあったことを忘れてしまうよりも、名前(女)が俺との間にあったことを忘れてしまう方がより怖いのだと気付いた。

それから、名前(女)は頑張って俺との出来事を覚えてくれている。たまらない快感だった。
名前(女)は家にいる時も授業を受けている時も心のどこかで俺を思っているのだから。

俺はどうやら、名前(女)に深く依存して執着しているらしい。


そして、俺達の関係はおかしくなった。

名前(女)が俺を見る目が変わった。怯えたような目をしている。

俺の出した問題を名前(女)が間違えると、俺はどうしようもなくイライラした。

名前(女)が少しでも俺から離れようとする度に、俺は名前(女)を縛りつけた。
だんだんと名前(女)の顔からは生気がなくなっていった。正解率が上がるにつれて、名前(女)はロボットのように機械的に質問に答えるようになってしまった。

「なぁ白石、俺、名前(女)と白石を見てると何か心が痛むんやけど……。」

遠慮がちに謙也は言った。
わかっている。このままじゃ名前(女)がおかしくなってしまうことを。
今ならまだやり直せるかもしれないということを。

それでも、俺は名前(女)に忘れられたくないんだ。名前(女)に覚えていてほしい。今まであったこと全て。


「…好きや。」

二人きりの部屋でそう言う。名前(女)との距離はとても近いが、呟きよりも小さなその言葉は名前(女)に届いたかわからない。

「……1089回目。」

名前(女)は小さな声で言った。今までに好きだと言った回数だ。俺が数えろと言ったから数えているんだろうが、それでもそれが俺には嬉しかった。

「好き、好き、好き、………。」

何回も何回も言う。ボーッとした表情の名前(女)は、それでも数を数え続けているのだろう。

俺が望んだ行為のはずなのにひどく虚しくなった。こんな名前(女)を見るために付き合っているわけでは無いのに。

「……名前(女)、もうええよ。」
「………?」
「もう、数えるのは終いや。」
「…何でですか?」
「ええから。もう数えなくていい。覚えなくてもいい。」
「……それって、」

別れるってことですか。

名前(女)は世界の終わりのような表情をした。

「いや、いやや。捨てんでください。あたし、もっと頑張りますから。そんなこと、言わんで……。」

無表情になってしまった名前(女)の表情を見るのは久しぶりだった。名前(女)が俺を愛しているのは知っていたのに、俺は何を怯えていたのだろう。

「ちゃうわ、誰が名前(女)を捨てるか。」
「やったら何で……、」
「……名前(女)が俺をずっと好きでいてくれたら、忘れられることも無いからな。」

そうだ、俺はそんなことにも気づかなかったのだ。
少しおかしくなってしまった名前(女)は意味がわからないようで首を傾げた。

「……ま、名前(女)が俺を好きでいてくれたらええねん。そんだけや。出来るやろ?」

名前(女)は一呼吸置いてから、ふわりと笑って頷いた。

俺の依存症はしばらく治らないだろうし、名前(女)も感覚が正常に戻るまで多少時間はかかるだろうが、それでもまぁいいかと思った。


END






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