水彩絵の具

仁王雅治/男主友情



最近、何もかもがつまらない。
部活を引退してからずっとそう思っていた。
生きてる意味って何だという位だから相当重症なのだろう。
中二病まっさかりとはこのことだ。

“なぁ、生きとる意味ってなんじゃと思う?”
柳生だって参謀だって、こんな質問されても困るもんじゃろ。


つまらないつまらないつまらない。
そう思っていたら足が自然に屋上に向かっていた。
マンガのように屋上が開放されているなんてこともないが、詐欺師のあだ名は伊達ではない。

以前失敬してちょちょっと合鍵を作らせていただいたので、屋上に入り込むなんて容易い。
しかも誰も来ない穴場であるので俺は屋上が好きだった。


屋上には思わぬ先客がいた。

「…苗字?」

俺に背を向けて座っているその後姿に見覚えがあったのでふと声をかけてみた。
苗字名前(男)は同じクラスで美術部の男子。
無愛想なことに定評がある奴だが、嫌いではなかった。
…そもそも、嫌いになるほど会話をしていないというのもあるが。
授業中だというのに堂々と絵の具を使って絵を描いていて、声をかけたというのに振り返りもしなかった。

「…誰。」
「誰って…同じクラスの仁王雅治じゃよ。知らん?」
「授業中じゃねぇのか。」
「その言葉そっくりお前さんに返しちゃる。」
「俺は先生に許可取ったからいいの。」
「あのハゲがそう簡単に許可なんて出すもんなん?」
「…数学というのは神が生み出した最悪の教科だから俺は受けなくていいの。」
「なんじゃそりゃ。」

苗字はこちらを見る素振りもなく、俺は何故だか苗字の視線が急に欲しくなった。

少し近づいて肩をたたいてみる。

何、とは言うもののこちらを見ようとはしない。

「なぁ、こっち見て。」
「嫌。」
「何でじゃ。」

それ以降返事はかえってこなくて、話しかけても答えてくれなくなった。
苗字の肩越しに手元を覗き込む。

空の絵だった。
空の色は絵の具では再現できないと言われているが、見事な青い空。

「苗字、苗字。」
「…なんだよさっきから、しつこい。」
「この絵、お前さんが描いたんか?」
「見てればわかるだろ。」
「これ、完成したら俺にくれん?」
「…は?」
「凄く、気に入ったけん、俺にくれん?」
「…いいけど。」

苗字がそう答えた瞬間、絵に一滴の水が落ちた。
雨…ではない。この絵と同じ、快晴なのだから。
筆から垂れたわけでもないようだ。

―――こっちを向こうとしない理由は、それか。

「わり、滲んだ。もうあげられねぇや。」
「なん?泣いとるん?」
「うるせー。」
「慰めちゃろうか?」
「いらねぇよ。」

ぼたぼたと絵に水が零れ落ちる。

「滲んどうよ。」

じわじわと滲む絵。
きっと苗字の視界も今こうなっているのだろう。

「何で泣いとるん?」
「振られたんだよ、放っとけ。」
「彼女おったんか。」
「…お前が、この間ちょっかいかけてた女だけどな。『仁王クンが好きになったから別れて』ってな。」
「…。」

どの女かわからないが、とりあえず少し罪悪感を感じた。

「別に、お前を責めてるわけじゃねーよ。もともとそんな上手く行ってなかったし、他の奴と浮気だってしてたみてぇだし。」
「好きじゃったん?」
「わかんねー、けど。」

無愛想な苗字がこれだけ泣くのだ、好きだったのだろう。

「そろそろ、次の授業始まるから。」
「赤い目で行くん?腫れとうよ。」
「仁王に出てけっつってんだよ。」
「泣いとる子放ってはいけんよ。」
「泣いてない。」
「嘘はいかんぜよ?」
「お前自分のあだ名知らねぇの?」
「つまんないことで嘘ついたらいけんっちゅうことじゃ。どうせなら、大々的にやりんしゃい。」
「んだよそれ、詐欺師の心得?」

ああいえばこういう。
そして、不愉快でない。むしろ、楽しい。

「お前案外おもしろいんだな。」
「お前さんも、な。」
「話したこともなかったし、さっきまで本気で仁王が嫌いだったよ。」
「ひどいのう。」
「仕方ねぇだろ。」
「んじゃ、これから俺と仲良くせん?彼女見返せるし、お前とおったら楽しいんじゃ。」
「別に、見返したいわけじゃねーけど。」
「まぁええよ、俺と仲良くしとうせ。」
「…いいんじゃねーの。」

お互い顔を合わせてニッと笑った。
絵は感動したし、苗字は面白い奴だし、これから、楽しくなりそうだと思った。

「…苗字。」
「なに。」
「さっきの絵、やっぱちょーだい?」
「…好きにしろよ。」

愛とか恋とかも、楽しいけど。
こいつといたらもっと楽しいと思うんだ。

End





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