12
カチ、カチと時計の秒針の音がした。
外はもう明るくなっている。
ときおりうとうととはしたけれど、結局ほとんど眠れなかった。
名前(男)は相変わらず俺の手を握り締めたままだ。
枕元と、本棚の上につまれたパンダのぬいぐるみの数を数えられるくらい明るくなってきた。
隣で俺の手を握ったまま眠っている名前(男)を見た。コイツの寝顔ってレアじゃね?写メでも撮ってやろうか。
あー…それにしても綺麗な寝顔だ。コイツの顔は好きだと思う。まじまじと見つめていると何だか眠くなってきた。
今寝たら何時に起きることになるんだよ、と思いつつも重たくなる瞼に従って俺はやっと眠りについた。
次に目を開けた時に俺が握っていたのはパンダのぬいぐるみだった。
って、何でだよ!!
「赤也?起きたの?」
「おまっ、勝手にいなくなるなよ!!」
「だってよく寝てたから。何回か声かけたよ。」
「覚えてねぇ……。」
「だろうね。寝てたし。」
「……つーか何でわざわざぬいぐるみを代わりに置いたわけ?」
「何となく……。」
……コイツがわからん。
「朝ご飯……ってもう時間的にはブランチだけど食べる?」
「おう。」
名前(男)が寝室から出て台所に行くところをぼんやり眺めた。(ブランチって何だ…?)
そういえば、今まで何の疑問も持たなかったけどコイツの父親ってなにしてるんだろう。
二人暮らしとは言えこんないいマンションに住めるくらいなんだから。
それに、名前(男)は半ば一人暮らしと言っていい状況だ。俺も会ったことないし、全然話聞かないし。昨日も帰ってきてなかったし。
聞いていいのかな、と思ったけど、それで不愉快にさせたら嫌だからまたの機会に聞こう、とぼんやり思った。
『一人で飯食うの、嫌なんだ。』
名前(男)はよくそう言って俺を引き留めた。
それはただ俺と飯を食いたいから使ってるだけじゃなくて、半分くらいは本音なんだろう。
コイツって、一人なんだよな。今まで寂しくて、女のコを怖がってて、男子からは女にキャーキャー言われてるから敬遠されてて。それで、俺がたまたま友達になって、何かまぁ気が合うから好きになっただけなんじゃないだろうか。
何て言うんだっけ、鴨とかアヒルとかの雛が初めて見たものを親だと思う習性、アレに似てる気がする。
もし仮に、俺が名前(男)と話すきっかけになったあのトランプゲームで俺が負けてなかったら、コイツはずっと一人だったのか。
じゃあ、もし俺がコイツとは付き合えないって思って名前(男)を振ったら、名前(男)はまたひとりぼっちになるのか?
…………いや、もしどんな結末になっても、俺は名前(男)とずっと一緒にいたい。こんな風に思える奴は他にはいない。
今までの友達はクラスが変わったり席が変わったりしたら離れていくような奴が主で、小学生の時の友達で今も連絡を取っている奴なんて殆どいない。
それでも名前(男)は何かが違う。一緒にいて凄く楽なんだ。
そう思うと、昨日名前(男)にずっと握られていた手がじわぁと熱くなった。
……え、何だコレ。
「赤也ー出来たから来てー。」
「お、おう!!」
よくわかんない感情を振り払うように勢いよくリビングに向かった。
「美味しい?」
「あぁ。」
「そっかぁ。」
ただ美味しいって言っただけで、名前(男)は凄く嬉しそうな顔をする。
それを見て悪い気はしない。名前(男)がこんな表情をするのは俺の前だけだから。
「今日これからどっか行く?」
「あー、名前(男)はどうしたい?」
「ちょっと買いたいものがあるんだよね。」
「じゃあどっか行こうぜ。」
「たまにはあのショッピングモールじゃないとこにしない?」
「あー…確かに俺等大体そこしか行かないもんな。」
「むしろ鎌倉に行きたい。」
「鎌倉ぁ?!今から?」
「今じゃなくていいんだけど行ったことないからさ。」
「へー、俺よく行ったけどな。」
そういえば名前(男)は中学入学と同時に引っ越して来たって言ってたな。
「じゃあいつか行こうぜ。」
「うん。」
「あ、これ社交辞令的なのじゃねーからな。ちゃんと日付決めて行こうぜ。」
「うん。」
「で、今日はどこ行きたいの?」
「学校から三駅くらい行ったとこ。いい感じの店があるんだって。」
「へー……、誰情報?」
「ネットの口コミ。」
「あーなるほど。」
アレだよな、俺くらいしか友達いねーもんなコイツ。
このイケメン君が好きなのは俺で、一番仲良いのも俺で、唯一の友達(少なくとも学校では)も俺。
皆、コイツと友達になりたいとか恋人同士になりたいとか思ってるのに。
心の底からフツフツと喜びが湧いてきた。優越感ってやつかもしれない。
End