終わりの始まりの日
四天宝寺・千歳千里落ち/女主未来
電車に乗っていた。
どこへ行くでもない、ただあたしは今日死ぬ気でいたのだ。
理由はたくさんあるような、全然無いような。
疲れているだけなんだって自分でも思う。
この電車が止まったところがあたしの死に場所だ。そんな風に考えていた。
「あれ、___とちゃうん?」
ふと聞いたことのある声がして、顔を上げるとそこには中学時代の部活仲間の忍足謙也が立っていた。
「謙也?」
「やっぱ___や。久しぶりやな。」
あの頃よりよっぽど落ち着いたように笑う謙也の手にはシルバーで出来たシンプルな指輪が嵌められている。彼は去年結婚した。あたしも結婚式に参列した。素敵な結婚式だった。
「うん、久しぶり。」
「何や自分、標準語なんて使って。」
「仕事のときに方言って邪魔になるから直したの。」
「ほーか。元気か?」
「うん。謙也は?」
「俺もめっちゃ元気や。あんな、俺ん奥さん、妊娠してん。」
「ホント?おめでとう!」
「ありがとな。せやから、俺もっと頑張らなアカンねん。」
「そっか、頑張って。」
「もちろん。今度みんなで飲み会しよな。じゃ、また。」
ニコニコと笑って、彼は次の駅で降りていった。
謙也はお父さんの病院を継いで医者になっている。幸せそうだった。
次の駅であたしも降りた。ここで降りるのは初めてだ。他に降りた乗客はほとんどいなく、閑散とした駅だった。
「…___ちゃん?___ちゃんやないの?」
「え?」
顔を上げると小春が立っていた。
「小春?」
「覚えててくれたんか!懐かしいわぁ。」
あの頃よりにこやかに彼は笑った。
「どないしたん?こんなところで。」
「ちょっと散策。」
「さよか。」
「さっき電車の中で謙也に会ったよ。」
「ホンマに?懐かしいわねぇ。謙也くんの結婚式以来かしら?アタシも会いたかったわ。」
「今度飲み会しようって言ってたから、きっと会えるよ。」
「いいわねぇ!」
「小春はどうしたの?」
「アタシ?ヒ・ミ・ツ!!」
「まぁ何となくわかるけどさ。学会?」
「イヤン、そこは突っ込んでよね!まぁ、そうやけど。」
「あはは。…小春さ、ユウジに会ってる?」
「最近はよう会わんわー。」
「…そっかぁ。」
小春は今大学に残って研究を続けている。研究は忙しいけど楽しい、と言う彼は相変わらずのオカマ口調で、それがとっても懐かしかった。
「ほんなら、アタシそろそろ行かなアカンねん。また会いましょうね!」
「うん。」
小春は慌しく駅を出て行った。引き止めてしまったか、悪いことをしてしまったかもしれない。
駅を出て、小春が向かった方向と逆に向かって歩き出した。そのうち家が少なくなって、畑やなんかで埋め尽くされた場所になった。
「___?」
「…あ。」
畑で農作業をしていた人が白石に似ているなぁと思って見ていたら、ふとその人が顔を上げた。
格好はダサいけど、顔が最上級のイケメンだった。
「___やん!どないしたん、こんなところまで。」
「いや…、白石こそ、どうしたの?」
「ん?やっぱ自分で食べるもんは自分で作りたいなぁ思って、ここのスペース借りとんねん。」
「ふーん…。」
「せっかくやからコレやるわ。さっき採れたばっかのトマトやで。」
「ありがとう。」
「ちょっと座っていかへん?」
ここは自分で農業をしてみたい人のために貸し出されている土地だそうだ。
二人で休憩所に座りながらトマトをかじる。思ったよりずっと甘くて美味しい。
「…美味しい。」
「ホンマ?嬉しいわ。自分の子供が褒められたみたいや。」
「そんなに?…そういえばさっき謙也に会ったよ。謙也の奥さん子供が出来たんだって。」
「そりゃめでたいな!今度皆でお祝いしようか?」
「そうだね。」
「…なぁ、自分の標準語やっぱ気持ち悪いわ。俺等に会うときくらい戻されへんの?」
「もう癖になっちゃってるんだって。」
「んー。」
「あと小春にも会った。」
「おう知っとるわ、学会の都合でこの辺によく来るんやて。」
「ふうん。」
「自分はどうしてここに居るん?」
「んー何となく。」
「何やねんそれ。ま、ええけどな。俺は会えて嬉しいで。」
「うん、あたしも。」
「…はぁ、自分昔からホンマ鈍いわ。俺今けっこう勇気出してアプローチしてんけど。」
「え?」
「もうええわ。また飲み会しよな。」
「…うん。」
「二人で。」
「え?!」
「冗談や、本気にしてくれたら嬉しいけどな。ほんなら、今度はうちの薬局にも来てなー。」
白石は今薬剤師をしている。割とよく会う。
白石と別れてからさらに奥に奥にと歩いて行くと、土手についた。
何人か釣りをしている人がいる。
「あー!!___やん!!!」
「…金ちゃん?」
「せやせや!めっちゃ久しぶりやん!」
テンションの高い人がいるなぁと思ったら金ちゃんだった。ずいぶんと背が伸びていたので気付かなかった。
「えーっと、釣り?」
「せやで!ワイめっちゃ得意やねん!近所のジジイと一緒に来てんけど、」
「ジジイって…。」
「アハハ、まぁええやん。どないしたん自分?」
「え?」
「何か疲れてへん?」
彼の勘の鋭さはすごい。
「…ちょっとね。」
「あんまムリせんとき。」
「わかってます。」
金ちゃんは中学、高校と卒業したあとプロのテニスプレーヤーになった。強い奴とたくさんテニスできてめっちゃ楽しいと言っていた。
今は大会と大会の間らしく地元に帰ってきたらしい。
「さっき白石に会ったんだ。」
「ホンマにー?!まだ包帯してん?」
「いや、さすがに。」
「アハハ、そらそうやな。」
白石は卒業と同時に毒手が嘘であることを伝えた。金ちゃんは一瞬とても驚いていたけどみるみる悲しい顔になって、「ワイ、もう悪させえへんから。ゴメンな。」と白石に謝っていた。それを見て全員が泣いたのは今でもよく覚えている。
「金太郎!デッカイ獲物来たで!」
「ほんまかジジイ!!ほな、もう行くわ!また皆で遊ぼうな!」
「うん、じゃあね。」
金ちゃんに手を振ってさらに歩く。と壮大なお寺に着いた。
「…今日は変な日だなぁ。」
「どないした?」
「中学のときの人にやたら会う…って、え?!」
後ろから声がかかったのでつい反応してしまった。振り向くとそこには銀さんが居た。
「銀さん?東京に帰ったんじゃないの?」
「何や、久々に来たくなったんや。ワシはこの寺が好きでな。」
「そうなんだ…。」
「久しぶりやな、___はん。えらくべっぴんさんになって。」
「…銀さんに言われると照れる。」
「ハッハッハ。」
快活に笑う銀さんは今東京で大工の仕事をしている。
相変わらずの坊主頭だった。
「久しぶりやなぁ。元気やったか?」
「…まぁ、うん。」
「無理は禁物や。疲れとるやろ。」
「…うん。」
銀さんに寺の中を案内してもらって、住職さんに「お疲れのようですな。」って言い当てられて、少しだけ座禅を組んでから出て行った。
「ありがとう、いい経験になった。」
「あんなバシバシ叩かれとる人も珍しいけどな。」
「は、初めてだったんだから!座禅組むなんて!」
「また何かあったらここで座禅を組んでみたらええ。」
「うん。」
銀さんと別れて、さらにさらに歩いていくとこじんまりしたCD屋が会った。
「CDっていうかレコード屋みたい…。」
「何や、ずいぶん失礼なお客さんやな。」
「すすす、すいませんそんなつもりじゃ…!」
「アハハ、まぁそう見えるのもしゃーないスわ。___さん、久しぶり。」
「財前?」
思わず呟いた声が聞かれていたことに驚いて振り返ると財前が立っていた。
相変わらずピアスはたくさん空いているし、態度もふてぶてしい。
「ここ、財前の店?」
「もともとここでバイトしとってんけど、店主が店閉めて田舎帰る言うから俺が継いだんスわ。」
「ふ、ふーん…。」
「こんなボロい店で生活は大丈夫なんか?とか思ってんですか?」
「いやそんなことは…、」
「まぁええッスわ。ボロい方が客も来ないし。」
「え…。」
「俺の本業は作曲家なんで、パソコン一台あれば出来ますわ。」
財前はもともとインターネットに詳しかった。パソコンで作曲が趣味だと言っていたけどまさかそれを職業にしていたとは。
「せやから、こっちは趣味みたいなもんです。ほんでもここは馴染みのお客さんが多くて楽ですわ。」
「そっか。」
「まぁ、一人で寂しいとは思いますけど…。」
「一人なの?」
「一人ですわ。でも先輩がここに住んでくれれば二人、いや三人にも四人にも増やせます。」
「どういうことよ…。」
「そのまんまの意味です。」
「あーはいはい。っていうか、あたしもうアンタの先輩じゃないから。」
「…癖なんスわ。いまだに白石部長って言うてまうし。」
「まぁわからなくもないけどね。それじゃ。」
「ええ、また来てくださいね。待ってますんで。」
「うん。」
財前も、変わってないようであの頃よりずっと丸くなった。大人びていて、生意気で、世界の全てがつまらないという顔をしていたのに。
CD屋の横の小道を通り抜ける。広い道路に出ると、綺麗な住宅街があった。
「ん、___?」
「は?」
知らない男の人に声をかけられた。…誰だっけ。こんな知り合いいたっけ。
そう思って身構えるとその男の人はふわっと笑った。
「自分声変えただけでキョトンとすなや。俺や俺。」
「え?…ユウジ?」
「せや、一氏ユウジや。」
「背伸びたアンタって未だに慣れないんだよね。」
「まぁ、な。高校入ってから急に成長期来たからなー。」
ユウジは高校生になってから身長がぐーんと伸びた。身長も髪型もあの頃と全然違うユウジが声まで変えたらわかるわけないだろう。
「何してるの?」
「おー、この家、ええ家やなぁって思って。」
「確かに、綺麗な家だよね。」
「まぁ俺がデザインしてんけどな。」
「え?!」
ユウジがデザイナーの仕事をしているのは知っていた。でもまさか家の建設までしていたなんて。
お笑いの道に進むかと思っていたユウジは「俺の相方は小春しかおらんからもうええねん。」ときっぱりお笑いをやめた。面白いし機転の利く性格な上に器用なのでどんな職業に就いてもうまく行くだろうなとは思ってたけど。
「自画自賛じゃん。」
「せやけど、ホンマにええ家やろ?機能性も重視してんねんで。」
「うん、スゴイ。」
「何や、突っ込まんのかい。」
「…な、何でやねん。」
「自分大阪人やろ?何で自分の故郷の方言忘れとんねん。」
「仕事のせいですー。」
「うわウッザ。」
「…そういえばさっき小春に会ったよ。」
「……このタイミングで言うなや。」
「ごめん。」
「謝るなや。」
「あんま会えてないんでしょ?」
「まぁなー…、最近は一日に2回くらいしか会えへんわ…。」
「………は?」
「めっちゃきついやん。朝と夜だけとか。」
「え?」
「俺等今隣の家に住んでんけどな、いっそ一緒に住もうか思うてん。」
「…そうなんだ…。」
ついさっきのしんみりした空気を返せ。あと小春もよう会えへんなんてどの口が言った。
ラブルスはいつまで経ってもラブルスだった。
「ほんならまたな!飲み会の幹事、白石がやるんとちゃう?なんなら俺がやってもええけど。」
「白石がやると思う。さっきから謙也、小春、白石、金ちゃん、銀さん、財前って皆に会ってるけど皆飲み会やりたいって言ってたよ。」
「ホンマに?自分今日めっちゃついてるな。」
「…うん。」
「小春に偶然会えるなんてめっちゃ運良いやん。」
「言うと思ったよ…。」
「で、大事な奴忘れてへん?」
「え。」
「千歳。」
「…このタイミングで言うの?」
「さっきのお返しや。」
せいぜい幸せになー、なんて言われた。
…そろそろ日が暮れるし、家に帰ろう。
ユウジに駅までの近道を教えてもらって、家に帰った。
「…どこ行っとっと?」
「色々。」
「電話しても出ん、メールも来ん、俺はとうとう捨てられたかと思ったと。」
「千里だって、いつもそうじゃん。」
「…俺今度から気をつけるばい。心臓止まるかと思った。」
「大袈裟だなぁもう。」
「大袈裟じゃなか。」
「…あたしなぁ、今日死んじゃおうかと思ってたん。」
「…なして?」
「わからん。やけど皆に会えたし。全員さ、『また』って言うんやで。全員と約束しちゃったから死ねへんわ。」
「…あぁ。」
「謙也は奥さんとの間に子供が出来たんやって。それで小春とユウジは相変わらずラブラブやったし、金ちゃんはめっちゃ背ェでかくなっててん。ほんで銀さんも相変わらずツルツルやったし、白石と財前には告白紛いのこと言われたわ。」
「…最後だけ納得いかん。」
「アハハ、まぁええやん。」
「はぁ。…ほんなら、俺とも約束せんね?」
「何を?」
「…たくさん悩ませて、ごめん。ばってん、やっと決心のつきよってん。…俺と、結婚してください。」
コイツは、あたしの欲しかった言葉をやっと言ってくれた。
コイツの糸の切れた凧のようなところを好きになったけれど、それでもやっぱりこれで良かったのかってたくさん悩んだ。
一緒に暮らしてからも連絡無しで外泊してきたり、かと思えばいきなり帰ってきたり。
芸術家、なんて収入の不安定な仕事をしている千里の支えになれているかという不安と、周りの友人が結婚していく中、自分だけ取り残されるのではないかという不安と、いきなり千里がいなくなっちゃうのではないかという不安と、それでも千里に縋るようなことをしたら捨てられるのではないかという不安と。
全部がごたまぜになってぐちゃぐちゃになって、あたしは疲れてしまったんだろう。
「…遅いわ、何年待ったと思ってるん。」
世間一般で言うところの給料三か月分、いつの間にそんな大金貯めたのっていうくらい高価そうな指輪を受け取った。
視界が端からじわじわと奪われていく。
「ごめん、ごめんな。」
「いっつも、自分のしたいようにしかしないし、」
「うん。」
「ご飯作って待ってても帰ってこないし、」
「ごめん。」
「あたしの誕生日、忘れてたし、」
「…。」
「もう、ホンマ、遅いわ。」
「ごめん。もう、遅かね?」
「…ギリギリセーフ。」
「ほんなら、良かったばい。愛しとうよ、名前(女)。」
ぐしゃぐしゃになった顔を見られたくなくて、千里の胸に顔を埋めた。
千里はやさしく背中に手を回してくれた。
「幸せにせんかったら許さへんで。」
「わかっとうと。」
抱きしめられながら、また皆で飲み会したいなぁって思った。そんで、そこであたしと千里の婚約発表をして、皆にバカみたいに祝われたいなぁって思った。
END「だけん、いつの間に大阪弁に戻っとっと?」
「…アカン、また出てもうたわ。」
「俺は好きたい、標準語使ってる名前(女)は無理してるみたいに見えるけん、そのままで良かよ。」
「皆にも言われたわ。そないに変やった?」
「すごく。」
あとがき