好きの反対の反対でお願いします

仁王雅治/女主



「それでね、間違えて便器の蓋をあけるのを忘れて座っちゃったの。」
「アホじゃな。」
「うん自分でもそう思う。でもひんやりしてたから夏にはいいかもしれない。」
「衛生的ではないがの。」
「確かにそうだね、パンツ下ろしてるんだもんね。」

彼女との会話は全てが新鮮だ。
彼女―――名前を教えてくれないので俺が便宜的にそう呼んでいるだけだが―――は近くの女子校に通っていて、俺とは同い年。
同じマンションに住んでいて、ひょんなことから知り合った。
……ひょんなこと、というか、いきなり上から降ってきたのだ。

マンションの中庭に住人達でくつろげるスペースがあり、たまたまそこに立ち寄った際に上からドサッと。

本人曰く、「巣から落ちた雛を戻そうとしたんだけど、アレって触っちゃいけないんだよ確か。だからそこに雛がいますよーって教えようとしたの。」らしい。
それで木の上に登り足を滑らせて落ちたのだ。

彼女の考えることは面白い。そしてそれを実行してしまう行動力が素晴らしい。
彼女といる時間は楽しく、彼女も俺といるのは嫌いでは無いと思う。

約束したわけでは無いが、日曜の5時にはいつもここで二人で話していたし、平日もたまに会ったりする。

俺は彼女が好きだと思う。
友達以上恋人未満とはよく言ったものだが、俺達の関係は正にそれだ。



ある日彼女は言った。

「わたしね、学校で浮いてるみたい。」
「…ほう、そりゃまたどうして。」
「わかるでしょ、わたしは皆が当たり前にわかることがわかんないもん。空気読んでって言われても何で皆読めるのかわかんないし、『狙ってる?』って言われても何を狙ってるのかわかんない。」
「お前さんでもそんなこと気にするんじゃな。」
「…うん、わたしまだ学生だもん。学校って凄い狭いけど社会じゃない?その中に溶け込めないっていうのは、辛い。」
「お前さんにいいことを教えちゃる。」
「なぁに?」
「『空気読んで』っちゅーのはな、『わたしの都合の良いように動いて』っちゅーことじゃ。」
「そうなの?」
「あぁ。それに学校は特殊な社会じゃ。そん中で溶け込めなくてももっともっと大きい世界があるき、気にすることは無い。」
「…あはは、あんたに励ましてもらえるとは思わなかった。」
「そりゃ、俺は優しいからのう。」
「ありがとう、少し元気出た。」

彼女は薄く微笑んだ。
そして、

「ねぇ、わたしがアンタのこと好きって言ったらどうする?」

と言った。

「嬉しいの。」
「わたしが結婚して欲しいって言ったら?」
「喜んで。」
「じゃあわたしが子供が欲しいって言ったら?」
「そりゃ、召使いのように働く。」
「嘘つき。」
「ホントじゃ。」

このやりとりは何度かしたことがある。
俺達の微妙な関係を崩したくないのか崩したいのかわからないやりとりはいつも決まってこの一言で終わった。
そしてまた曖昧で不明瞭な関係に戻るのだ。

しかし今日は違う。

「ねぇ、仁王雅治くん」
「何じゃ、俺の名前知っとったんか。」
「わたし、貴方のことが好きかもしれない。まぁまぁ。」
「まぁまぁって何じゃ。」
「君だって気付いてるでしょ。」
「……。」
「うん、好き、の反対の反対くらい。」
「俺もお前さんが好きじゃよ。けっこう。」
「けっこうって何よ。」
「好きの反対の反対の反対の反対の反対の反対の反対の反対の反対くらいかの。」
「じゃあ嫌いなの?」
「…の反対じゃ。」

何それ、と言ってふわりと笑う彼女。
不透明だった俺達の関係にはようやく名前がついたようだ。

End


立海D1夢企画amore様に提出。
ありがとうございました!






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