どうぞお好きに
千石清純/男主
俺は、千石清純が嫌いだ。
「ねーねー名前(男)くん。」
「話しかけるんじゃねぇ。」
「ひっどいなぁー、オレ傷ついちゃうよ?」
「知るか。」
いつでもへらへらして、女にだらしないところが大嫌いだった。
真面目でいつもキチンとしている。
責任はきちんと果たす。
規則を守る。
それが俺の美徳。
硬派をきどっているわけではなかったが、それでも俺は常に「正しく」ありたいと思っている。
先生方やクラスメイトに真面目だと評価されることはとても嬉しかったし、俺のアイデンティティでもあった。
俺は正しさをよりどころにして生きてきたのだ。
「ひどいなー名前(男)くんは。ねー、オレとデートしてよ。」
「気持ち悪い消えろ。」
千石は俺と対極にいる存在だと思う。
だから俺とは相容れない存在のはずなのだ。
それなのに、アイツは俺が好きだと言った。
『呼び出しちゃってゴメンネ。』
『別にいい。何だ?』
『あのさ、オレ、名前(男)くんが好きなんだよね。』
『…は?』
『だから、好きなんだよ。』
ただ伝えたかっただけだから、じゃあね。
それだけ言ってアイツは帰りやがった。
今まで話したことも無く、接点も無かったのに。
その次の日から千石は俺に強烈なアプローチをしてくる。
俺はソッチの趣味があるわけでもないし、興味もない。
何より、学生の身分で好きだとか付き合うだとかは、男女であっても早いと思っていたのだ。
ましてや、男同士。
そういう世界があることを否定はしないが、俺は正直気持ち悪いとさえ思っていたのだ。
だから断じてその、少し気になるとかではないのだ。
「お前帰るか部活行けよ。」
「名前(男)くんが一緒なら行くけどー。」
「…帰れよ。」
「それ、さ。名前(男)くんだけの仕事じゃないデショ?何で名前(男)くんが1人でやってるの?」
「…別に。」
それ、とは俺の所属する風紀委員の仕事。
各クラスごとに点検や制服指導などがあり、俺はその資料の整理とまとめを資料室でしていたのだ。
本来は俺ともう1人、同じクラスに女子がいたのだがどうしても外せない用事があるとかで帰ったのだ。
「あの子さー、合コン行ったんだって。知ってる?」
「…ふーん。」
どうせそんなようなことだとは思っていた。
バッチリ髪をくるくる巻いて、化粧(メイク?)をゴテゴテとしていたからな。
「ねー、オレも誘われてたんだよ、合コンに。」
「行かなかったのか。」
「だって、名前(男)くん1人になっちゃうの可哀相じゃん?」
「お前と一緒にいることが何より可哀相だ。」
「言いすぎだよ!」
うううと大袈裟に泣き真似をしてくるこいつが本気でうっとうしい。
「名前(男)くん冷たいよ…ツンデレなの?」
「は?つんでれって何だよ?」
「い、いや、ごめん忘れて。」
悶え始めたコイツの将来が心配だった。
「名前(男)くん、好き。」
「キモイ。」
「ひどいなー、…オレだって傷つくんだよ?」
いつの間にか千石の顔が物凄く近くて、どんどん近づいてきて、何というか、その。
キス、された。
「へへへ、名前(男)くんのファーストキス?もらっちゃった。」
もうコイツ本当にどっか行けと思った。
「お前…ッ。」
「怒った?嫌だった?」
悪戯が成功したように笑う千石を見て怒る気すら無くした。
「お前は誰にでもそうなのか?」
「え。なにそれ今まで散々スキって言ってたの気づいてないの。オレだってスキでもない子とはキスしないよさすがにさ。」
「俺は男だ。」
「オレも男だねぇ。」
「…だったらこんなの変だ。」
「何が。好きな人とキスしたいって思うのは当然じゃんか。」
あまりに平然として言ってくる。
俺は思わず、言ってしまったのだ。
「…本気で、気持ち悪い。もし俺が女でもお前みたいなヘラヘラした奴なんか好きになんねーよ!俺の前にもう現れるな!」
完全な拒絶。
キモイ、帰れ、死ね、などと散々に言ってもヘラヘラニヤニヤしていたアイツの表情が一瞬で凍りついた。
「アハハ、オレ振られちゃった?」
傷付いたように笑うアイツをみて心が痛まないでも無かったが、それでも俺はかなり頭に血がのぼっていた。
そのまま何も言わずに資料室を出た。
まだまとめ終わっていないが、明日朝早く来ればいい。
ここにいたくなかった。
翌朝登校し資料室へ行って驚いた。
綺麗に見やすいように整理整頓された資料。
机の上に置いてあったまとめ。
この右上がりの癖字は、あのオレンジ頭の字だ。
手に取り呆然としていると、後ろのドアが開く音がした。
「…名前(男)くん」
やっぱり。
「んだよ、千石。」
「それ完璧でしょ?」
手元のまとめに視線を落とす。
「字が汚い。」
「ひっどいなー相変わらず。」
「座れよ。」
アイツは驚いた顔をして俺の隣に腰かけた。
「……何で隣…。」
「近くにいたい。」
ここで俺は唐突に思い出した。
何でコイツが嫌いになったかを。
俺はコイツに憧れていた。
毎日が楽しそうで、充実しているであろうコイツに。
毎日正しく生きているはずの俺は辛い事だらけだったというのに。
コイツが俺に近付いてきてから、コイツにも辛い事があるのだと知った。
コイツにも手に入らないものがあるのだと知った。俺の事だが。
それでも、コイツは毎日楽しそうで、それがひどく癪に触ったのだ。
「…気持ちワリィ。」
「知ってる。」
「俺男なんだけど。」
「当たり前じゃん。」
「…俺の何処がいいんだよ。」
「いつも一生懸命なところ。」
「…バカじゃねーの。」
「うん。でも好き。」
「……俺もだよ。」
呟くように言った声は、千石の耳にきちんと届いたかわからない。
昨日一睡も出来なかったので俺は何と千石の隣で倒れてしまったのだ。
目が覚めると保健室らしいところにいた。
今は何時だ、と思って起き上がると保健室の先生がやって来た。
「苗字くん起きた?寝不足からくる貧血よ。昨日何時に寝たの?」
「昨日はちょっと…。」
「もう、ちゃんと寝ないとダメよ。とにかく、運んでくれた千石くんに感謝しなさいね。」
先生がそう言ったところでチャイムが鳴った。
「今はお昼休みよ。わたしお客さんが来てるらしいから少し外すわね。もう少し休んだら、今日は帰りなさい。」
先生にそう言われ、再び横になろうとした瞬間、保健室のドアが開いて見慣れたオレンジ頭が入ってきた。
「名前(男)くん無事?!」
「…あぁ。」
「そっかぁ、良かったー。なかなか戻って来ないから不安だったんだー。」
ニコニコと話しかけてくる。
…俺は何か重要な事をコイツに言ってしまった気がする。
「…何しに来たんだよ。」
「何って、お見舞い。」
「別にもう大丈夫だから帰れよ。」
「何で?」
「何でって…。」
「名前(男)くんさ、さっき倒れる前に何か言ったよね?」
「…知らねー。」
「俺の事好きでしょ?」
「何言ってんだ…。」
「素直にならなきゃ。損だよその性格。」
「うるせーよ。」
俺の血迷ったとしか思えない発言をコイツはバッチリ聞いていたらしい。
「…俺は好きだよ。」
「………。」
「俺もだよって、言ってくれない?」
「嫌だ。」
「…好きなくせに。」
「バカじゃねーの。」
「うん、バカでいいよ。」
「……。」
「ごめんね。」
「何が?」
好きになってごめん。
ハッとして千石の方を見ると泣きそうな顔をしていた。
「オレだって、同性なんか好きになろうと思ってなったんじゃないんだよ?」
「でも、名前(男)くんが好きになっちゃったんだもん。」
「ごめん。名前(男)くん迷惑だったよね。」
「オレはバカだから、諦められないんだ。」
コイツはいつだってまっすぐで、正直な気持ちを伝えてくる。
コイツの気持ちが正しいか正しくないかなんてわからないけど。
それでも、俺は、
……俺も、コイツが好きなのかもしれない。
「……別に、諦めなくていい。」
「えっ。」
驚いて顔を上げた千石に噛みつくようにキスしてやった。
「な、何、名前(男)くん…。」
「お前だってやったじゃねーか。」
「そうだけど、さ…。」
何かもう、むかつくけど。
「俺も、好きだよ。」
コイツと一緒にいるのも、悪くないなぁと思った。
End