しあわせな瞬間
白石蔵ノ介/女主未来/logページの設定引き継ぎ/詳しくはこちら
薬学部にすごくカッコイイ王子様がいるらしいよ。
入学した先の東京の大学で思わぬ人物がいることを知った。
中学卒業と同時にあたしは東京に帰ってきた。
いわゆる親の仕事の都合である。こればかりは子供にはどうにもならない。
結局大阪にいたのは中学3年間だけなのだけど、やたらに濃い3年間だったなぁとたまに振り返って思う。
あたしが東京に帰る日も皆駅まで見送りに来てくれた。爆笑しながら別れたものの新幹線の中でボロボロ泣いたのは内緒である。
それから東京の高校に進学したわけだ。高校生活ももちろん楽しかったけど、やっぱりあたしは中学のときのあのバカなノリが大好きだったみたいだ。あれがわたしの青春だと思う。
さて、そしてあたしは今大学生になったのだけど。
あたしの通う大学は私立で、名前は割と有名なところだ。超チャレンジ校として受けてみたら受かってしまった。先生も周りもすごく驚いていた。(補欠合格でも合格は合格よね!)
そこの薬学部にあたしの知っている人物がいるという。
これがユウジや謙也だったりしたらどんなに嬉しかったか。すぐ会いに行って再会の喜びを分かち合ったと思う。
………でも、残念ながらその人物は白石蔵ノ介なのだ。
あたしは何と出発の前日に白石に告白して逃げるという奇行をしてしまっている。……いや、冗談でとかじゃなくてね。部員のために一生懸命で、努力家の白石がすごく好きだったのだ。
もう会えないかもしれないんだったら告白しちゃえ、と勢いでしてしまったものの、あの時の白石の表情を見たらいたたまれなくなって逃走した。あたしはアホだ。
白石は好きだったけどまぁ美しい思い出の中の人よね、と思いはじめていた矢先、白石があたしと同じ大学にいることがわかった。
……気まずい、けどわたしの大学は人数がバカ多いマンモス校だ。同じ学科だったり同じサークルに入ったりしない限り出会うことはない、ハズ。
それにあたしは髪も染めたしメイクもしてるし、パッと見で気付くことはないと信じたい。
「白石って今フリーらしいぜ?」
「だったら何かな。関係ないだろうキミには。」
あたしと白石について唯一知っているのは、あたしと同じ学科であり白石と同じサークルのむっちゃんこと睦月くんだけだ。
むっちゃんが白石について話したときのあたしの異常な反応を見て根掘り葉掘り聞かれてしまって今に至る、というか。うん。
「運命だと思うけどなー、大阪で別れて東京で再会!燃え上がるだろ?」
「一方的に話を進めるのはやめていただきたい。って言うか向こうはあたしがいることすら知らないし、会っても超気まずいし…!」
「ネガティブだなー…。」
むっちゃんは園芸サークルに入っている。白石はテニスサークルに入ったとばかり思ってたけど、飲みサークルみたいなところばかりだったからやめてしまったらしい。(むっちゃん情報だ。もちろん。)
白石目当ての女の子も何人かいるぜーだの、いつも女の子からメールが来てるぜーだの、あたしにどうしろと言いたいんだ的なことばかり言ってくる。
でもそのむっちゃん情報が気になってしまうのは………なんでなんだ。
だって気になるんだもん。仕方ないじゃん。
「あたしはでももし仮に万が一付き合うとしたら、白石みたいなタイプは気疲れしそうだからやだなぁ。むっちゃんみたいな人がいいよ。」
「ハイハイどうせ俺はイケメンでもなんでもないですよ。」
「全然イケメンじゃないけどあたしむっちゃんのこと好きだよー。」
「俺も名前(女)のこと超好きだわー。バカだし可愛くねーし。」
「わーい両思いー。」
アホな会話を繰り広げつつ(ツッコミ不在の空気にもだいぶ慣れたと思う)お昼のカツ丼を食べる。色気なんてなくてけっこうだ。
「むっちゃんのやつ美味しそう。」
「お前いっつも人の欲しがるのな。」
「いいじゃん一口ください。」
「そういうのは食べる前に言えよ。」
むっちゃんはなんだかんだで凄いいい人なので、白石が完全に吹っ切れたらむっちゃんを好きになる気がする。
というか最近は気持ちがむっちゃんに傾きつつあるのだ。イケメン、って感じじゃないけど、雰囲気とかがすごく好きなんだ。
「二人とも30歳で独身だったらむっちゃんあたしと結婚しようよ。幸せにするぜ。」
「無駄に男らしいな。」
あーカツ丼美味しいわ。むっちゃんのハンバーグも美味しかったけど。午後は政治か、寝るしかないな。早めに行って後ろの方を確保しとこうとこれからの算段を立てていると、後ろから何やら華やかな声がした。
「めっちゃアホやん!」
「蔵もそう思う?でもあたしはその時さぁ……、」
聞き覚えのあるイントネーション。聞き覚えのある声。蔵、と呼ばれてた。
………間違いなく白石だ。
大学の食堂なんだから出会って当たり前だと思いつつ、今まで見たこともなかったので油断していた。
通り過ぎるかと思ったその声はあたしの後ろで止まった。
声の聞こえる方向からしてどうやらあたしの真後ろ、背中合わせになる位置に白石が座ったらしい。
男女数名で来たようだ。白石は主に女のコとしゃべっている。むっちゃんのニヤニヤ顔が腹立つ。
「挨拶して来いよー。」
「や、無理。マジ無理。」
「つーか白石、俺にも気付かなかったみたいだな。そんだけ女のコとの会話に夢中ってことか?」
「むっちゃん意地悪…。ね、どんな人たちが座ってんの?」
「女子は全員美人だな。男子はイケメンだ。その中でも白石が抜群にイケメンだ。なんだあいつら嫌味かっつーの。」
……おのれ…、イケメンとイケ女でグループなんて嫌味なことしやがって…!白石、お前をそんな風に育てた覚えは…!!
無意識のうちに手を握りしめていたらしい。むっちゃんに苦笑いされた。
「って言うか蔵、さっき経済学部の子に告白されてたよね?」
「ん?…あぁ、まぁな。」
「あの子スゲーかわいかったのにもったいねーな。」
「ちゅーか、話したこともないのに告白する意味がわからへんわ。」
「うわーうぜー!」
「やってそうやろ?何を見て告白してんねんっちゅー話やん。」
「まぁ結局は顔じゃん?」
盗み聞きしたいわけじゃないのに勝手に耳に入ってくる。
これは不可抗力だ。あたしは悪くない。
「でも蔵って彼女とかいないよねー、何で?」
「あー、俺、好きな奴おんねん。」
周りが一瞬しん、とした。盗み聞きしていたのはあたしだけじゃなかったみたいだ。
「え!は、初耳!」
「まぁ、今初めて言うたし。」
「どんな子?」
「知りたいん?」
「当たり前じゃない!」
聞きたいんだろう。白石が好きになるのはどんな人か。
それにもしかしたら自分かもと思う気持ちがあるんだろう。
何でか凄い惨めな気分だ。……早くここを出たい。
早く食べ終わってしまおうと食べるスピードを早めた。
「むっちゃんも早く食べちゃってよ。」
「ハイハイ。」
むっちゃんは適当な返事をした。食べるスピードは相変わらず。あー、もう。
やっぱり白石のことがまだ好きみたいだ。
なのに白石がすごく遠くに感じる。
場所はこんなに近いのに。
「大学で知り合った子?」
女のコの一人が聞いた。
質問というより確認みたいな聞き方だった。
「いや?中学ん時一緒やった子。」
周りが静かなことに気付いてるのかいないのか、白石はあっさり答えた。
……中学で一緒だった子って誰のことかな。みっちゃんかな、かなっぺかな。…あ、金ちゃんとか?
「幼なじみ?」
固まる女の子をよそに、今度は男子が聞いた。
「……幼なじみっちゅーんとは少しちゃうな、せやけど部活が一緒やったんや。」
やっぱり金ちゃんだったの?!
と、あたしが思った瞬間。
「俺な、そいつにいっぺん告白されたんや。で、俺が返事しよと思った瞬間走って逃げられたんや。めっちゃアホやわアイツ。」
「ほんで、そいつ次の日には東京に行ってしもたん。ありえへんわー。……っちゅーわけで、俺はわざわざ東京の大学まで来たっちゅー話や。な、マネージャー?」
ポン、と背中を叩かれた。
あたしは箸を落とした。
恐る恐る振り返ると、やたら笑顔の白石がいた。
「……え、ちょっと、」
日本人はサプライズに弱い生き物だ。なんだこれ聞いてないぞ。
「睦月に相談してたんやけど、自分が俺んこといつも避けてるやんか。ホンマに苦労したわ。んで、マネージャー。ちゅーか、名前(女)。返事はイエスや。俺と付き合ってください。」
倒れるかと思った。座ってて良かった。
「良かったな名前(女)ー。」
「む、むっちゃん…?」
「ずっと白石から相談されてたんだよなー。でも上手くいったな!」
呑気に拍手をしてくるむっちゃんにつられて周りの何人かも拍手をしてくれた。
「……………。」
や、頭が真っ白だ。
なんだこれ夢か。夢なら覚めてくださいマジで。
「……うん。」
やっぱり嘘だ。夢なら覚めないでください。
END