確約的未来
氷帝・忍足侑士落ち/女主未来/logページの設定引き継ぎ/詳しくはこちら
今日は中学の部活の同窓会だ。
…と言っても、200余人もいた部員が一度に集まるのはさすがに無理がある。正式にはレギュラーだった8人とレギュラーマネージャーだったわたしが集まるだけのただの飲み会だ。
イギリスに留学している部長に着いていった樺地くん、氷帝学園附属の大学に通う宍戸先輩、向日先輩、ジローさん。それからドイツに留学した鳳くんに、外部受験をした日吉。と、あと医大に行った忍足先輩。
奇跡的に、部長と鳳くんの帰国日が近かったので皆で集まることになったのだけど。
わたしも外部受験をして大学に通っているので中学のときのメンバーに会うのはとても久しぶりだ。
あの時のメンバーに会えるのはとても嬉しい。
けれど、どういうわけかわたしの気持ちは晴れなかった。
原因はわかっている。忍足先輩だ。
忍足先輩とわたしは、高校時代も中学のときと同じような距離感で過ごしてきた。
……言ってしまえば、友達以上恋人未満な曖昧な関係だ。
わたしは忍足先輩が嫌いではなかったし、何故かわたしの描いた将来像には先輩の姿があった。
先輩もわたしを嫌いではなかったと思う。ポーカーフェイスな人だったけど、それでも他の女の子に対する態度とわたしへの態度は違った。
けれど先輩が受験生になり、次の年はわたしが受験生になった。
その間の連絡は殆どなく、付き合っていないが自然消滅したような感じだったのだ。
だけどわたしはまだ忍足先輩のことが好きだし、大学で付き合っている人がいるなんて言われた日には目も当てられない。
楽しみだけど、こわい。
それが本音だった。
「おーマネージャー!遅かったな!」
「すみません、実験が長引いて……。」
「いいっていいって!…にしてもお前、相変わらず化粧っ気無いなー。」
「いいんですー周りは皆理系男子ばっかだし、メイクすると匂いが邪魔って言われちゃうし。」
「理系女子色気ねー!!」
相変わらずおかっぱ頭の向日先輩に、短い髪のままの宍戸先輩。
「マネージャーじゃねぇか。」
「あ、部長お久しぶりです。」
「もう部長じゃねぇよ。」
「だったらわたしももうマネージャーじゃないです。」
「ああ言えばこう言う奴だな相変わらず……。」
あの時より更にかっこよくなった部長。
「あ、久しぶり日吉。」
「あぁ、久しぶりだな。元気か?」
「おかげさまでー。日吉は何か丸くなったね。」
「そうか?」
「日吉ね、今彼女いるんだけど彼女がすごく穏やかな人なんだよ。」
「そっか、じゃあその影響かな。」
「余計なこと言うんじゃねぇ鳳…!」
とげとげしていた中学時代よりずっと穏やかになった日吉と、相変わらずほんわかした空気を醸し出す鳳くん。
「zzz...」
「もう寝てるんかい!」
ついさっきまで騒いでいたというジローさん。
やっぱり来て良かったと思う。皆元気そうで良かった。
忍足先輩はまだ来ていないらしい。医学部だから実習だの何だの色々あるのだろう。
「こっち来て飲めよ。」
「あ、ハイ。」
部長の隣に座るとお酒を注いでもらった。
「すみません。」
「気にすんなよ。」
そう言ってグラスに口をつける部長につられてわたしも飲んだ。普段はあまり飲まないが今日はいいや、と一気に飲んでしまうと部長はカラカラ笑った。
「女の飲み方じゃねぇな。」
「いいんですー。」
「マネージャーももう少し色気がありゃあな。」
わたしの顔をまじまじと見ながら言われて少しカチンと来た。
「じゃあわたしのお姉ちゃん紹介しますよ。」
「例の昔はお兄ちゃんだったお姉ちゃんだろ。」
「よく覚えてますね。お姉ちゃんの方が色々気を使ってますから。」
「遠慮しておく。」
うん、ネタに使っちゃってごめんなさいお姉ちゃん。
「部長は相変わらず、」
「よぉ、遅れてスマンな。」
ゴージャスですよね、なんて続くはずだったわたしの言葉はそこで途切れた。
聞き覚えのある低い声。勢いよく振り返るとそこには思った通り忍足先輩がいた。
「おっせーよ侑士!」
向日先輩がすぐさま声をかける。
「スマン実習でなー。」
「お前もよー、お疲れさん。なんか飲むか?」
「とりあえずビール。喉カラッカラやねん。」
そのまま向日先輩の隣に座るのかと思ったらなぜか先輩はわたしの隣に腰を下ろした。
「マネージャーも久しぶりやな。ずいぶん別嬪さんになったやん。」
「おやじじゃないんですからやめてくださいよ。」
「ハハッ、相変わらずバッサリやなー。」
少しだけ髪が伸びたような気がする。あんまり寝てないんだろうか顔色がよくない。と無意識に考えてしまうのはマネージャー時代の癖なのか忍足先輩が相手だからなのか。
「大学はどや?」
「んー、別に何も…。問題もないし平和ですよ」
「ふーん、バイトとかは?」
「家庭教師をしてます。」
「サークル……、」
「週1くらいの緩いサークルですけど入ってますよ。っていうか何か尋問されてるみたいなんですけど。」
「そら、可愛えマネージャーが変な奴にひっかかってないか気になるやん。」
「セクハラ……。」
「何でやねん!!」
「っていうか先輩こそモテるでしょ?医学部だし…、医学部だし。」
「意地でもイケメンとは言いたないんやな。」
「うわ自分で言ったよ。」
「怒るで。」
「すみません。」
久しぶりに会ったはずなのに、全然そんな気はしなかった。
中学時代に戻ったみたいで、とても楽しかった。
だんだんと夜も更けてきたころ、ようやくお開きになった。
そのまま2件目に行く人と帰る人に分かれたが、帰る人はわたしと忍足先輩しかいなかった。
「どーせなら送ってけよ!」
「送りオオカミにはなるなよー!」
「マネージャー、気をつけろよ!」
「ええから早よ行きや!」
すっかり出来上がっている先輩たちにやいやい言われながらお店を後にした。
「…にしても、ホンマに久しぶりやな。」
「そうですね。」
「自分が大学受かってみんなでお祝いして以来くらいやない?」
「…そうかもしれません。」
先輩が何かを言おうとしているんだとぼんやり思った。
わたしも何か言いたいのに、何を言えばいいかわからない。
「…えーと、自分、今彼氏とかおるん?」
「いませんよ。先輩は?」
「俺もおらんわ。」
ちょっとだけほっとする。もちろん先輩にはバレないように。
「…俺な、卒業してから気づいたことがあるんやけど。」
「なんですか?」
「中学とか高校のときは、約束なんかしなくても会えたやん。せやけど、今はこんな風に特別なことがないと会えないんやなーって。」
「それは…、そうですね。」
心臓がドクンと鳴った。この会話の流れは間違いなく告白だ、と期待もした。
「せやから、マネージャー、次いつ会える?」
「明日。」
「…明日?!」
それは全然脈ナシなんかそれとも期待してええんか、と先輩が小さくつぶやいた。
「…明日、どこで会えるん?」
「どこで会いたいですか。」
「俺の家。」
「じゃあ、そこで。」
半歩ほど前を歩いていた先輩がそこでわたしを振り返った。
「マネージャー、からかってるんやったら怒るで?」
「わたしはいつだって真面目ですよ。」
「意味わかってて言ったん?」
「もちろん。」
先輩は決してわたしを好きだといったわけではなく、わたしも先輩に好きだとは言っていない。
でも、お互いお互いの気持ちはちゃんと伝わったんだと思う。
「…なぁマネージャー、」
「先輩、わたしもうマネージャーじゃないんですけど。」
「ほんなら名前(女)。俺な、ずっと自分に言いたかったことがあるんやけど、」
「奇遇ですね、わたしもずっと言いたかったことがあるんです。」
「…ほんなら、俺は明日言うわ。」
「じゃあわたしは明日以降会ったときに言います。」
「ちょ、せこいわ自分!じゃあ俺はその次に会ったときに言うわ!」
「えー、じゃあわたしはさらにその次…、」
「いつまで続くんやこのやり取り。」
髪を片手でくしゃっとしながら先輩は言った。
その癖はちょっと動揺してるときに出るものだ。
「じゃあ、帰るで。」
手を握られた。
「駅まではこのままで。」
「先輩手汗すごいですよ。」
「それは言わない約束やろ。」
わたしも軽く握り返した。
手をつないだだけだ。それなのに、なんでこんなに幸せなんだ、中学生かわたしは。
END