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苗字名前(男)について知ったのは1年の時だ。
彼はいつも窓の外を眺めていて、クラスメートの何人かは彼のその独特の雰囲気に惹かれていた。しかし、彼の存在を持て余している人も多くいた。
俺は彼に何か特別な感情を抱いていたわけではないが、彼の顔は好きだった。美しいものが好きなのは人類共通の感覚だ。
ただ、今の俺は苗字に対して一言で言えないような複雑な感情を抱えている。



悲しい不幸な終わり方をしている本はたくさんあるじゃん。俺はそういう本はできるだけ読まないようにしてんだよね。
大体、途中が幸せすぎる本は最後が悲しいから、そのへんでやめちゃうの。
ハッピーエンドだとしても、何か大切なものを失って得た幸せなのだとしたら、それは俺にとってハッピーエンドじゃないからさ。


俺が変な奴だといわれるのにはこういうすごくすごくネガティブなところがあるのも理由の一つだと思う。


小さなころに読んだ絵本は「末永く幸せに暮らしました。」で終わっていることが多かったんだけどさ。でも人間にとって幸せっていうのは麻薬みたいなもので、一度味わった幸せでは満足できなくなってまた大きな幸せを求めるようになる。だからずっと幸せなんてありえないと思うよ。


どんなに大好きな本も大好きな曲も、終わってしまう瞬間って嫌いなんだ。
始まりがあるから終わりがあるのは当たり前なのに、何かが終わってしまうことがとても悲しい。
幼稚園も小学校も、仲の良い友達なんていなかったのに卒業するのがすごく悲しかったから。だから中学からは別れが殆どない一貫校にしたんだ。感情を動かされずに済むからさ。


惰性の問題点についていろいろ述べられてるけど、惰性って何が悪いのかわからない。
変化ってすごく勇気のいることなのに。その変化を受け入れることができない人だっているのに。そんな簡単に変われるわけがないじゃん。


思い出ってなんでこんなに美化されるのかな。
昔のことを思い出すと、楽しいことしかなかったような気がする。
昔の自分と今の自分を比べてしまうのが辛い。
未来の自分に何も期待していないはずなのに、今の自分を見ていると、このまま大人になれるはずがないって思ってしまって怖い。


辛いことはしたくないんだ。
幸せになりたいんだ。…そうだ、幸せになりたいんだよね。



苗字は別に、完全にぶっとんでいるわけではない。話をすればきちんと通じる。
しかし苗字の発想はなかなか面白いものだった。次の行動の予測がつかない。
今は俺をとても慕っているのは見てわかるが(まさしく親鳥の後ろをついてくる雛のようにどこにでもついてくる)、苗字はするりとそのままどこかへ行ってしまうのではないかと思わせるような危なっかしさがある。
だからこそ、俺のものにしてしまいたいという欲が働くのだ。

これは恋だとか愛だとか、そういう綺麗な感情だとは到底思えない。
…そうだ、これはただの欲望なのだ。

「やなぎー。あのさぁ、」
「どうした。」
「昨日思ったんだけど、俺って柳の何?」
「……何、とはどういう意味だ。」
「友達とか親友とか?柳にとって俺はどこに位置する存在なの?」
「聞いてどうする。」
「今後の参考に。」
「…そうだな、強いて言うなら……、」

友達、というにはやや行き過ぎた感情。
親友、というには何かが足りない感情。
これを表す的確な言葉は、…そうだな。

「ペットだな。」
「はあ?!」

独占欲、庇護欲、加虐欲。そんな感情を持つ相手なんて、ペットくらいだ。

「……柳ってたまに変なこと言うよね。」
「そうか?お前に比べたらまだまだだと思うがな。」
「ペットって具体的に何したらいいの?」
「さぁな。尻尾でも振って俺の後でも着いてくればいい。」

苗字は少しポカンとした後、ニヤッと笑った。

「じゃあ絶対捨てないでよ?ご主人様。」
「当たり前だ。お前こそ逃げ出すなよ。」

今は飼い主でいい。
もちろん今は、だがな。


END







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