とっくにすきだ。
鳳長太郎/女主
「好きです。貴方が好きです。」
苗字名前(女)。
わたくし、生まれて初めて告白をされました。
わたしはどうやら平均的な人よりもほんのちょっと存在感が薄いらしくて、「あれ、いたの?」みたいな扱いを受けることが少なくなかった。
前は学校に遅刻してしまったのに先生も気づいてなくて結局遅刻扱いにはならなかったりしたし。
そんなわたしだから、クラスではそこそこ友達は多いほうだけど、彼氏が出来るなんて思ってもいなかった。
男の子っていうのはもっとこう、目立つ感じの子が好きなんだよなぁと思っていた。
だから、本当に、生まれて初めて告白された。
しかも、相手は天下のテニス部レギュラー。
恐れ多いにも程がある。
もしわたしがとても嫌われているだとか、そういう子だったらバツゲームだとも思うけれど、
わたしはバツゲームの対象にもならないほど地味なのだ。
「…え、わたし?」
だから、つい、誰かと間違えたんじゃないかとかそういうことかと思った。
「うん。苗字さん。俺、1年のときからずっと好きだったんだ。」
眩しいまでの笑顔でそう言われて、あまりの眩しさにそのまま消えられないかなとかよくわからない可能性を模索してしまった。
「あ、ごめん、俺の事知ってる?」
もちろん知ってますよむしろ貴方がわたしの存在を認知していたことが驚きです。
「苗字さんさ、図書委員会じゃん。図書室行った時にいつもいるから何か気になってたんだ。いつも偉いなって思ってさ。」
体よく押し付けられちゃってるだけです。
「それで、何読んでるのかなって気になったからこっそり見てみたら、俺の好きな作者の本でさ、これは運命かもしれないって思ったんだ。」
ロマンチストなんですね…特に好きな作家はいないし、フィーリングで決めるほうだから本当に偶然なのだろう。
「あの、だから、」
付き合ってもらえるかな?
言われてしまった。
鳳くんがわたしを認知しているのも嬉しかったし、好きだと言ってくれてもっと嬉しかった。
でも。
「その、ありがとう。そんなに言ってくれてわたしには勿体無いくらいなんだけど、わたし、鳳くんの事よく知らないし…。」
「…そっか、じゃあ、これから知ってくれる?」
…は。
いやいや、わたしは相手を傷つけないように断ったつもりだったけど、間違えたみたいだ。
だってわたしのような影の薄い女が、天下のテニス部レギュラー様とお付き合いなんて、身分違いも甚だしい。
「俺は諦めないからね。」
彼がニッコリ笑って宣言したその日からわたしの生活は大きく変わってしまった。
まず、休み時間は移動教室や特別な事が無い限りやって来る。
昼休みはお昼御飯を一緒に食べないか聞いてくる。
放課後はテニスコートに誘われる。
断ったり、はっきり拒絶すればいいだけなのにそれは出来ない。
…断った時の悲しそうな瞳を見て良心が痛まない人がいるだろうか。いや、いない。
そのせいですっかりわたしは氷帝の時の人になってしまった。
鳳くんの彼女でしょー?
あんな子いたんだー
バカアンタ去年同じクラスだったから
まじでー?
こんな会話を聞いてしまう事もしばしば。
わたしどれだけ影薄かったんだろうか。
そして一番問題なのは、鳳くんに好かれて迷惑でないわたしがいること。「苗字さん!」
「鳳くん、どうしたの?」
「あ、明日!明日試合があるんだけど、」
今日一緒に帰らない?
…えーっと、前後の文章が繋がって無い気がするのですが。
「今日一緒に帰るの?」
「う、うん。」
「明日見に来て欲しいじゃなくて?」
「だってそしたら、先輩達に苗字さんが取られちゃうかもしれないから。今日一緒に帰って欲しいんだ。」
いや、その発想は無かったわ。
彼のお願いが断れなくなってしまっているわたしは了承せざるを得なかった。
帰り道。
「その、一緒に帰ってくれてありがとう。」
「そんなの気にしなくていいよ。」
「だって、俺、苗字さんに迷惑かけてないか不安で。今日断られたらどうしようかと思ってたんだ。」
それを先輩に相談したら、いいから当たって砕けろ!って言われて、もし今日断られたら俺明日の試合絶対負けてたよ。本当に嬉しかった。宍戸さんもひどいよね砕けろって。だけど宍戸さんに感謝しなきゃ…あ!宍戸さんって言うのは俺のダブルスのペアの人で、……
鳳くんは案外よくしゃべる。
少し驚いて鳳くんを見つめていると、ハッと気づいたような顔をした。「ごめん、俺自分の話しかしてないや。」
「ううん大丈夫。面白いよ。」
それでも少ししゅんとなってしまった彼を見て心が傷んだ。
「試合に勝ったら、二人でどっか行こうよ。」
だからかわからないけど、思わず、本当に思わずわたしはそう言っていたのだ。
その時の彼の顔と言ったらもう凄く幸せそうで。
「苗字さん、俺いまスッゴい幸せ。」
「うん、そういう顔してる。」
「明日絶対勝つよ。」
「うん。…鳳くんはさ、わたしでいいの?」
「どういう意味?」
「わたしは自分で言うのもアレだけど、存在感無いじゃない。」
「そんな事無いよ。確かに、苗字さんは少し影の薄いところがあるって皆言うけど、俺はすぐ苗字さんを見つけられるから。」
…うわぁ。
そんな事言われたら、ときめいたって仕方がないよね。
「わ、わたし家こっちだから!」
「そう?じゃあ気を付けてね。」
急いで家に帰る。
顔が火照る。
あぁもう、彼には勝てない。
明日、こっそり試合を見に行ったわたしはもちろんすぐ見つかるんだけど、まだその事を知らない。
…ほだされた。
End