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「今何時?」
「9時ちょっと前くらい。」
「へー、じゃあもう少し名前(男)ん家いるわ。」
「赤也の好きにしていいよ。朝ごはん作るね。」
俺の頭をくしゃっと撫でると、名前(男)は起き上がってベッドから出た。
……あー、何て言うかこの新婚さんみたいな空気、すげえいいわ。この場合嫁は名前(男)なんだけど。
俺も起き上がって顔を洗いに洗面所に向かった。
「お前苗字くんにお礼言ったか?」
「え?何がッスか?!」
部室に入るなり丸井先輩に言われた。
あの後朝ごはんを食べて、少し名前(男)の家でゆっくりしてから一回家に帰り、部活の準備もろもろをしてから学校に行った。
「文化祭だよ!赤也が熱出して保健室行ってるから、何かあったら手伝いますって来てくれたんだぜ。」
「マジッスか?!」
「すっげー忙しかったから手伝いお願いしたけど、苗字くんすごい手際いいのな。あっという間にお客さん裁いちゃってさー、かっこよかったんだぜー!」
全然知らなかった。っていうか言えよ、名前(男)。
「赤也が来るよりずっとはかどったぜ!」
「先輩それはヒドイッス……。」
それからすぐに柳先輩や部長が来て今日のメニューを皆に説明しだしたので、話はいったん途切れた。
丸井先輩の言っていたことは本当らしく、先輩達は皆名前(男)を褒めていた。
「赤也はいい友達を持ったな。」
ってさ、ちょっと照れ臭いし友達じゃなくて恋人なんだけど、まぁ俺も嬉しかったわけです。
今日の部活は絶好調だったし、明日の練習試合は氷帝とらしいからかなり燃える。跡部さんと試合してーなーとか、でも負けたら鉄拳制裁だよなぁとか色々思った。名前(男)が応援に来てくれたら嬉しいけど、氷帝が来るとなると色々めんどくさそうだから呼ばないでおこう。
あー、でも今声が聞きたい。今日朝会ったばっかなのにもう会いたい。俺もたいがい重症だ。
家に帰って風呂に入って飯を食って、やることは全部終わった。さて、これからどうしようか。
ベッドの上で正座して携帯を持つ。名前(男)に電話したらどんな反応をされるか。
そういえば電話するのなんて久しぶりかもしれない。文化祭準備が始まる前、二人で出掛けた日の夜以来…かな?
って言うか俺から電話するのは初めてかもしれねー。あぁもう無駄に緊張する。
ええい押してしまえ!と通話ボタンを押した。
何回か無機質なコール音がして、それから。
「もしもし?」
名前(男)の声がして心臓がぎゅーってなった。名前(男)の声は好きだ。聞いてて気持ちいい声。
「あ、俺だけど…、今大丈夫か?」
「大丈夫だよ。どうしたの?」
「いや、別に用があるわけじゃ、……ねーんだけど、」
言ってて恥ずかしくなってきた。ただ声が聞きたかっただけとか乙女か俺は。
「ふーん……。」
電話なので名前(男)の顔はもちろん見えないけど、絶対今ニヤニヤしてると思う。声の感じでわかる。
「俺も会いたいよ。」
「もって何だよ!俺は何も言ってねーし!」
「じゃあ何で電話してきたの?」
べっ、別にお前の声が聞きたかったとかそういうわけじゃないんだからッ!!
とか言ったら名前(男)を喜ばせるだけになりそうだから黙っていた。って言うかそんなセリフ漫画でしか見たことがないけど。
「……明日練習試合でさ。」
「あぁ言ってたね。どこと?」
「氷帝学園ってトコ。」
「あー、東京の?お金持ち学校だよね。」
「知ってんだ。」
「………んー……、前東京に住んでたからさ。それで、俺は応援に行けばいいの?手作りのお弁当でも持って。」
「い、いらねーよ!」
「そうなの?残念だなー。」
「あ、明日打ち上げもあるんだろ!」
「そうだね、その時に会えるね。やったね赤也。」
「だああ違うっての!」
ニコニコしながらからかってくる顔を嫌でも想像してしまう。
そういえば名前(男)って表情豊かになったよなー。無口って言うか自分からあんまりしゃべらないのは相変わらずだけど。
「じゃあ、明日がんばって。」
「……そんだけか?」
「え?」
「もう少ししゃべってたいんだけど。」
「…………長話して平気?」
「余裕。」
名前(男)は俺に気を遣って早めに切り上げようとしていたらしい。…まぁ、それならいいんだけど。
「明日試合する氷帝ってトコさ、部長の人がすっげー派手で目立ちたがり屋なんだぜ。」
「…ふーん。テニス強いの?」
「あぁ強い。幸村部長…の方がさすがに強いけど、真田副部長とは同じくらいかな。…あー、でもうちの先輩達のが強いかなやっぱ。」
「柳先輩は?」
「柳さんはダブルスの人だからなー。シングルスだとわかんねーや。」
「そうなんだ。」
「あ!!って言うかお前昨日テニス部手伝ってくれたんだろ?!悪い!」
「…言わないでって言ったんだけどなぁ。」
「何でだよ!」
「だって俺が勝手にやったことだし。」
「そんなことねーだろ。先輩達皆助かったって言ってたし。俺が来るよりはかどったとか…。」
「あはは、そうかもね。」
「名前(男)!」
「冗談冗談。…まぁ、それなら良かったけどさ。」
「ホントにサンキューな。」
「どういたしまして。」
とまぁ、電話でも普段と同じように会話出来てちょっと嬉しかった。
「……っと、もうこんな時間か。」
「ホントだ。電話代大丈夫?」
「ん?あぁ大丈夫だろ。」
「じゃあそろそろ切るね。電話ありがとう。嬉しかった。」
「……じ、じゃあな!また明日!」
恥ずかしくなって電話を切った。
あーもう、これは重症過ぎる。超会いたい。
時間が時間なのでそのまま寝た。
練習試合は立海でやるので普段の練習と変わらない時間に起きた。
氷帝とってことで先輩達も気合い入ってるだろうし、遅刻するわけにはいかない。
簡単に準備を済ませて家から出た。
名前(男)のマンションの前を通る時に、名前(男)が偶然出てこないかなって思ったけどまぁそんなわけはないから素通りする。
マンションの地下の駐車場から、一目で高級とわかる車が出てきた。
スゲー、左ハンドルじゃん、と一瞬目をやり、すぐに学校に向かう道に視線を戻した。
END