クラッシュオンユー
「別に、あたしじゃなくてもいいんでしょ?あたしと同じ顔なら。」
名前(女)にそう言われた時、すぐにそんなことないと言い返せなかった自分がいた。
名前(女)とはあれから何度も話し合い、何度か修羅場を迎えたものの、今もまだ付き合っている。
白石をはじめとするテニス部員は「当人同士が良いなら」と完全に傍観体制に入っており、名前(女)と俺の関係は劇的に変化したわけではないがとりあえず安定していた。
名前(女)は相変わらず表情をあまり表に出さないままだし性格も良いとは言えない。四天宝寺の生徒の大半はまだ俺と名前(女)が別れれば良いと思っている。
しかし俺達の関係はあの時を境にゆっくりと変わっていってきている。
今日名前(女)が俺の部屋に遊びに来た時も普段より柔らかい表情を見せてくれたし、一緒に映画を見ていい感じの空気にもなった、が。
「……名前(女)はほんなこつむぞかね。」
「そういうの反応に困るんでやめてくださいって言いましたよね?」
「…んー、聞いたような気がすっと。」
「言いましたよあたし!」
「アハハ。だけん、名前(女)はむぞかよ?むぞかもんをむぞかっつってイカンことはなかばい。名前(女)ほどうつくしか女はおらんよ。」
「……でも、先輩の好きなあの人形とあたしは同じ顔なんでしょう?」
「んー、まぁそうやね。」
「だったら、―――。」
そして冒頭のセリフである。
名前(女)はすっかり機嫌を損ねてしまい、俺も俺で何て言えば良いかわからなかったので、現在とても気まずい空気が流れている。
「名前(女)、」
「すいませんあたし帰ります。変なこと聞いてすいませんでした!」
バタバタと足音を立てながら名前(女)が帰ってしまった。
「………なして?」
俺は呆然と部屋で立ちすくすことしか出来なかった。
名前(女)は好きだ。俺は名前(女)を愛している。…ただ、名前(女)がこの外見で無かったら俺が名前(女)を好きになることは無かっただろう。
だが俺は今名前(女)のあの性格の悪さや素直じゃないところも全てひっくるめて好きなのだ。
じゃあ、何で俺はすぐに「名前(女)が名前(女)だから好きなんだ」と言えなかったのだろうか?
「自分等、喧嘩でもしたん?」
名前(女)と気まずくなってから4日が過ぎた。普段なら名前(女)と一緒に帰る俺が4日も一人で帰っている姿はさすがにおかしかったらしく、白石が遠慮がちに話しかけてきた。
「……ちゅーか、ええ加減別れたらええんスわ、あんなワガママ女。」
「財前!……まぁ、俺等一応口出しはせぇへんつもりやったんやけど、悩みとかあるなら聞くで?」
「んー悩みっていうんじゃなかとよ。…ばってん、」
俺が名前(女)について話すのは珍しかったのか、白石だけでなく、謙也や他のレギュラーの面々も話を聞くようだった。
「……で、名前(女)に何て言えばいいかわからんと…。」
名前(女)が怒っているのはわかるが、何て謝ればいいかわからない。どうすればいいか。
と、そこまで話したところで顔を上げると、レギュラー一同が変な顔をしていた。
「………なぁ白石、つまりコレって、」
「…あぁ多分……、」
「何ね?」
全員が気まずそうに顔を見合わせている。
……もしかしたら、本当に由々しき事態なのか、と内心焦っていたが。
「いやん千歳クン!それってつまり痴話喧嘩よね?」
「………痴話喧嘩?」
「やっぱそうやんな!?『あたしが一番って言ってくれなかったから拗ねちゃった彼女と謝りたい彼氏の図』やろ!?」
「………は。」
「はー…くだらな。俺帰りますわ。」
「俺も帰るわ。痴話喧嘩とか…アホやん…。小春ー、今日ネタ合わせできるかー?」
「大丈夫よユウくん!」
財前に続いてぞろぞろと出ていってしまうレギュラー陣。
ぽかんとした顔でそれを見送っていると、最後に残った白石と謙也が苦笑いしながら言った。
「自分等、俺が思っとったよりずっと上手くいっとるんやな。」
「……上手く?」
「ちゅーか、自分等が痴話喧嘩するようになる日が来るとはなぁ。」
「…………。」
「苗字呼び出してちゃんと謝ればええやん。なんなら今呼び出しても構へんで?」
「……じゃあそうすったい。」
言われた通り名前(女)に電話をかけてみると、名前(女)は1コールもしないうちにすぐ出た。
「……もしもし?」
微妙に冷ややかな声だったが、それでも名前(女)の声を聞くのは久しぶりなので嬉しかった。
「今どこにおる?」
「…図書室ですけど…。」
「そんなら、部室来よらんね?待っとうと。」
「わかりました。」
5分もしないうちに名前(女)が来た。と同時に白石と謙也が出て行こうとする。
「…久しぶりやな苗字。元気か?」
「おかげさまで。」
「相変わらず嫌味な奴やな自分は。」
「それはどうも。」
「あんなぁ、俺等別に苗字が千歳と付き合うてること、容認しとるわけやないんやで?」
「別に忍足さんに認めてもらえなくても構いませんし。」
「アハハッ、ホンマむかつくわ自分。ほんなら上手くやり。」
むかつく、なんて言いつつも白石も謙也も笑って部室を出ていった。
名前(女)の性格の悪さも、開き直った様子も、そこまで嫌いではないらしい
「で、何の用ですか。」
「あー……っと……。」
部室のドアが閉まると名前(女)が俺に向き直った。
「この前の話ですか?」
「…ん。名前(女)、まだ怒っとっと?」
「いや別に。」
「まぁそれでもよか。……名前(女)、すまんばい。すぐ言えなくて。俺は名前(女)が名前(女)だから好きたい。性格ん悪さとか全部含めて名前(女)を好いとう。やけん、名前(女)じゃなきゃ嫌よ?」
「…………。」
名前(女)は答えない。
「名前(女)、」
「……その…あたしもすいませんでした。つまんないことで怒っちゃって。謝りたかったんですけど何つったらいいかわかんなくて、それで……。」
目を泳がせつつ言う名前(女)の姿は(そんな場合ではないが)新鮮だった。
「名前(女)…。」
「あー!謝るのとか久しぶり過ぎてわかんないや。とにかく、すいませんでした!」
名前(女)は少し頬を赤らめた。
思わず笑いが込み上げてくる。
「な、何笑ってんですか!」
「いやーいいモンが見れたばい。」
俺達の関係は決して健全なものではない。このまま円満に終わるとも思っていない。
それでも、少しずつ、俺達は「普通の恋人同士」になっていっているのではないかと思った。
「………で、名前(女)は俺のことどう思っとっと?俺じゃなくても良かね?」
「何でそんなこと…!」
「言ってくれんとわからんよ?」
END