らいふる



とりあえず俺は柳蓮二と友達になりたいんです。



入学してすぐの頃、俺は柳に一目惚れした。
あの頃の柳は髪もおかっぱで背も割と小さかったから、女のコって言っても全然差し支えがなかった。それくらい、柳は本当に可愛かった。
そう、俺は柳を女のコだと勘違いして一目惚れしたのです。
……冷静に考えれば、男の制服を着てたからよく見ればすぐわかりそうなものなんだけど、ちょっとそこまで頭が回らなかったみたいだ。
名前も知らないし、ただすれ違っただけなのに俺は一瞬で恋に落ちたのだ。初めての恋だった。

名前を知ったのは、一目惚れして少ししてからのことだった。

「苗字って何考えてるかわかんなくてちょっと気味悪いよなー。」
「あぁ確かに。綺麗な顔してるけど、逆にそのせいで人間じゃねーみたいだし」
「俺もそれ思う!アイツ木に向かって話しかけてたんだぜ?」
「うっわキモ!」

放課後、忘れ物に気付いて教室に戻ったときにこんな会話がされていた。俺はもちろんその場で硬直した。
中の様子は見えなかったけど、3、4人くらいの人がしゃべってるみたいだった。

「柳、お前もそう思わねぇ?」
「………。」

柳と呼ばれた男の子は少し間を置いてから静かに口を開いた。

「世の中には色んな人がいる。俺達が気にしようが気にしまいが苗字は苗字だ。それよりも、今は宿題を早く終わらせることが先決だろう。」

淡々とした調子で話されたその言葉を、俺はぽかんとしながら聞いていた。
俺は何だか周りと少しずれているみたいで、そのせいか遠巻きに見られることが多かったのだ。だから、そうやって言ってくれる人の存在は純粋に嬉しかった。

「……まー、そりゃそうか。」
「さっさと終わらせようぜ。」
「確かに。」

柳クンの一言で皆宿題を再開したらしい。
でも何となく忘れ物を取りに行くのは気まずいので、そのまま帰ろうとした。
その前にバレないように教室を覗いた。柳クンの顔を拝んでみたかったからだ。

教室の中にいた人は4人。うち3人は俺が話したことのある人だった。あとの1人は俺の恋した女のコだった。

「………え?」

ちょっと待て。さっきの声は明らかに男の子のものだったぞ。
……つまり、俺の好きになった人イコールおかっぱの子イコール柳クン。
さらに言うと、柳クンは男の子。


俺の淡い恋が散った瞬間だった。


それから2年。あの頃の面影がすっかり無くなった柳とは未だに話したことが無い。(1年の頃は失恋のショックで話しかけるどころじゃなかった。)

俺は柳と友達になりたかった。恋は散ったものの、(本人に自覚はなくても)ああやって庇ってくれた柳をよく知りたいと思った。
3年になって再び同じクラスになったときにすぐ話しかければ良かった、と思いつつ、ずるずる今まで引っ張ってきてしまった。

でも、今日は違う。

「柳ってアレか?」
「アレとは何だ。」
「幽霊的なモン見えるのか?」
「………いや、そういったものは…。」
「ふーん、てっきりそういうの見える人かと思ってた。」
「…俺も一つ聞いて良いか?」
「どうぞ。」
「……俺と苗字が会話を交わすのは初めてだった気がするんだが、俺の気のせいだったか?」
「いや、初めてだよ。ハジメマシテー。」
「……初めまして。」
「え、でも柳は俺の名前知ってたんだ」
「まぁ、苗字は有名だからな。」
「アレだろ、宇宙人とか電波とか頭おかしいとか言う噂だろ。」
「……まぁ、そういうのもあるが。」

あれ、第一印象最悪じゃね。

「で、俺に何か用か?」
「いやー別に。」

今現在、場所は夜の教室。何で俺がこんなところで柳と二人きりでいるかって言うと、偶然と言う名の必然が…って言うか、ね。うん、俺何言ってるんだか意味不明だわ。
柳が机の上に明日提出の宿題を置き忘れたのに気付いて待っていたのです。軽くストーカーの気分。

「忘れ物?珍しいね。」
「あぁ…、今日は少し立て込んでいたからな。」
「ふーん?」
「苗字こそ、こんなに遅くまで残ってるなんて珍しいな。」
「あー、ちょっとね。」
「告白か?」
「え?いや俺柳と友達になりたいと思ってるけど告白する気は無いよ?」
「………いや、苗字が誰かに告白されたから遅くなったのか?と言っているんだが。」
「ううん違うー。」
「…苗字は俺と友達になりたいのか?」
「そうだよー。」

ヘラヘラ笑いながら言うと柳もつられて少し笑ったみたいだ。

「……そうか。」
「友達になってくれますか?」
「あぁ。」
「じゃー友達の印ってことで握手!」

手を差し出すと思ったより強い力で握られた。

「帰るか?」
「うん。」

握手したままの状態で教室から出ようとすると柳は驚いたように手を離した。

「…手を繋いで帰るのはおかしいだろう。」
「あ、そっか。握手ってやめるタイミングわかんなくてさ。」
「……お前はおもしろい奴だな。」

そのまま並んで帰った。

「暗いなー。寒いし。」
「そうだな。」
「あ、でも星スゲー!星座とか見えるかな。」
「あぁ見えるぞ。あれが冬の大三角形だ。ベテルギウス、シリウス、プロキオンの3つだな。」
「えー、どれだよ?あの明るい奴?」
「あぁ。」
「シリウスってどっかで聞いたことあるなー。」
「ハリー・ポッターシリーズの登場人物だ。彼は黒い犬に変身するだろう。シリウスはおおいぬ座のα星だからな。」
「あー!そういう意味だったんだ。」
「シリウスは惑星を除いた星の中で最も明るいからな。都会でも見つけやすい。」
「すげー!」

んで、やっぱり柳は凄い奴だった。俺の知らないことは何でも知っていた。

それから俺達は急激に仲良くなった。柳は俺が変なことを言っても普通に返してくれる。それが嬉しかった。俺は柳がどこへ行くのにもついて行こうとしたし、柳はそれが嫌ではないみたいだった。


「柳、それに苗字も。」

たまには食堂でご飯でも、と柳と二人で食堂に行くと幸村と仁王がいた。
幸村は去年同じクラスだった。俺のことをおもしろがってしょっちゅうからかってきたので微妙に苦手なんだけど。
仁王は屋上でよく一緒になる、サボり仲間みたいな奴だった。柳と仲良くなってからはサボってないから会うのは久しぶりだ。

「二人は最近仲良いみたいだね。けっこう噂になってるよ。」
「そーなの?」
「さすが参謀じゃの。珍獣使いの達人じゃ。」
「それ、俺が珍獣ってこと?」
「よくわかっとるの。」
「仁王!」
「はは、そう怒りなさんな。」
「……って言うか仁王と幸村がこうして二人でいるのは珍しいんじゃない?」
「ん?あぁ。仁王ってほっとくとロクなもの食べないからね。柳生に泣きつかれて今仁王の食生活改善に踏み切ってるわけ。」
「ふーん。」

席についてから柳は殆どしゃべらなかった。

「柳?調子わりーの?」
「いや……、」
「あはは、俺と仁王が苗字を独り占めしてるから妬いてるんだろ。」
「精市!」
「図星かい?」

………おお、幸村は柳までもからかえるのか。

「ま、参謀は昔っから苗字に興味持っとったしの。」「え、何それ。そうなの?」
「……観察対象として興味深かっただけだ。」
「ひでえ!」
「でも正直意外だな。絶対に合いそうにない二人だと思ってたのに。」
「そうか?」
「うん。何で仲良くなったの?」
「俺が柳と友達になりたかったからかな?」
「え、そうじゃったん?」
「あぁ。柳って何かスゲーじゃん!」
「ぶっ……。それだけの理由?」
「なっ、悪いかよ!」

スゲー奴と友達になりたいのは当然じゃないか。
……そういえば柳は星座にも詳しかった気がする。



「柳って夜もスゲーんだよ!!」

柳は何でも知ってるんだぜ!ってことを言おうとしたんだ俺は。

でもその言葉を聞いた瞬間、柳は飲んでいたお茶を吹き出すし幸村は箸を落とすし仁王は味噌汁をこぼした。
よく見たら周りもシーンとして俺を見ている。

「………へぇ、二人ってそういう仲だったの?」
「は?」
「いや、何でもない。」

ヒソヒソと何か囁くような声が聞こえてきた気がするけど、とりあえずお茶で噎せている柳を助けるのが先だと思って背中をさすった。

「柳、大丈夫か?」

咳をしながらこくこく頷かれても説得力ねーよな、と思いつつ食事を再開する。

「………え、アイツ等、…最近妙に一緒にいるし、やっぱり…。」

周りがまだ何やらブツブツ言ってたけどまぁ変な噂になるのは慣れてるしな。
……あ、でも俺があまりに変だと柳に愛想尽かされるかもしんねー。
それは嫌だな、と思って咳が収まってきた柳に再び声をかける。

「柳、これからもずっと一緒にいてくれよな?」

柳は再び噎せはじめてしまった。気管が弱いんだろうか。

って言うか、仁王はいい加減こぼれた味噌汁を拭けばいいのに、と思いながらご飯を食べ続けた。


END







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