摩訶不思議人生



「苗字…名前(男)です。」

2年生になって最初のHRで行われた自己紹介。
聞こえるか聞こえないかくらいの小さい声で吐き出された言葉は、なぜか俺の耳に残った。

苗字名前(男)は俺の学年でかなり有名なやつだった。
まず顔が超良い。頭もそれなりに良い。そして無口。
バカなことかモテることかエロいことしか考えてない中学生男子の中で確実に浮いている存在だった。
話しかければ普通に答えてくれるけど、向こうから話しかけてくることはほぼ無い。何を考えているかわからない。でもカッコイイ。クールなイケメン。休み時間は本ばっか読んでる。クールっていうか暗い。
まぁ、そんなんが苗字名前(男)に対する概ねの評価だった。

俺は別に苗字名前(男)に興味があったわけじゃないし、むしろ「何かスカしててむかつく」とか思ってたわけだけど、何故かそのとき聞いた声は印象に残った。低いわけではなく、かといって高いわけでもない、耳に心地よいテノールの声だった。


さて、俺の名前(男)に対するイメージはここでいったん途切れる。それくらい名前(男)はいつも静かで、一日中誰とも言葉を交わさない日があるんじゃないかと思うくらいだったからだ。



「今日皆でカラオケ行こうぜ!行ける人ここに集合なー!」

次に苗字名前(男)について覚えてることといえば、5月半ばのテスト明けの日だ。
職員会議やら全校美化やら何やらで部活はナシの日だったのでクラスの殆どが暇だった。
それなら親睦を深めるためにもカラオケ行くか、と鮎川とかが提案して、何となく皆それに乗っかりはじめたとき。

「あ、苗字くんも行かない?」

誰かが帰ろうとしている名前(男)に声を掛けた。女子だったと思う。
周りの女子が少し色めき立った。きゃあ、と小さい悲鳴が聞こえてきた。

苗字名前(男)は少し驚いたような顔をしたが、ちらりと俺等男子の方に視線を向けてきた。

「…ごめん、俺そういうの苦手なんだ。」

そう言うと苗字名前(男)はすぐに教室を出て行ってしまい、声を掛けた女子は周りの女子に慰められていた。
あぁ、やっぱり?と俺は思ったけど、周りの男子はそれだけじゃなかったらしい。

結局男子数名女子数名でカラオケに行くことになり、2時間くらいした時に男子の一人がぽつりと言った。

「苗字って絶対俺等のこと見下してるよな。」
「は?どうした?」
「さっきだよさっき!何でわざわざ俺等のこと見てから嫌味ったらしく言うわけ?!つか、他にも断り方あるだろ!」
「あー…、まぁ確かにな。」
「ちょっとやめてよ、いきなり誘ったあたしが悪いんだからさ。」

女子が会話に割り込んできた。

「何?お前苗字のことかばうの?」
「いや、そういうわけじゃないけど…、苗字くんのことよく知らないのに悪く言わないでよ。」
「そういうお前だって知らねーだろ?ったく、ちょっと顔がいいからってアイツ…。」
「いや、そんなに苗字を敵視すんなよ。」
「赤也まで苗字の味方なのかよ?!」
「味方とかじゃねーけど、苗字見てると本当にカラオケとか苦手なんだってわかるだろ?それに用事があるとか嘘つかなかったんだからいいじゃねーか。」
「嘘も方便だろー…。」

まだ納得していないみたいだったけど、後で聞いたらそいつは好きな人に「苗字くんが好きだから」って理由で振られたらしい。思いっきり私怨じゃねーか。

…まぁ、そこで俺は苗字は嘘がつけないんだと知った。断る直前にわずかに困ったような表情をしたのも(たぶん気付いたのは俺だけだろうけど)何となくひっかかった。たぶん何か理由をつけて断ろうとして良いのが思いつかなかったんだろう。

顔が良い。声は好きな声。んでもって、たぶん不器用で人付き合いが苦手。
そう気付いたときに名前(男)に声をかければよかったなんて今更だけど。
名前(男)は未だに罰ゲームで俺と仲良くなったことがひっかかってるらしい。


「だから、もうその話はすんなって言っただろ!」
「わかってるけどさー…。俺やっぱたまに不安になるんだよ。赤也すっごい可愛いし、変に流されやすいし…。」
「可愛いはやめろ。あと、別に流されやすいわけじゃねーから。」
「ホントに?大金持った巨乳美女に『お姉さんとイイコトしない?』とか言われたら乗せられるでしょ?」
「なんだよその例え。つーかそれで乗せられない奴がいたら見てみたいんだけど。」
「俺別に女の人興味ないし。」
「いやでも大金は魅力的じゃね?」
「まぁそりゃあ。…って何の話だっけ。」
「だから罰ゲーム云々はほんとに悪かったから。でも別に流されて名前(男)と付き合ってるわけじゃねーから。」
「……ほんとに?俺のことちゃんと好き?好きなら好きって言ってよ。」
「………お前さぁ、まさか好きって言わせるためにこの話持ち出したわけじゃねーよな?」
「まさか。」
「……。」
「ホラ、言ってよ。赤也は誰が好きなんだっけ?」

耳元でわざとささやいてくる。絶対わざとだ。超楽しそうな顔してるし。

「…名前(男)が好き。」
「よし。」

でも結局言わされちゃってる俺もそうとう名前(男)が好きだよなぁ、とか思った。

「よしじゃねーよ!お前は?!」
「俺も赤也すっごい好きだよ。」

4月のあのときは名前(男)と仲良くなって、こんな関係にまでなってしまうなんて1ミリも思ってなかっただろうな。


END







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