特別措置



幼い頃過ごした環境がその人の人生を決定付ける、という言葉がある。それが全てだとはさすがに言わないが、一理あるとは思う。
俺を取り巻いていた環境に、女性は母親しかいなかった。……否、道場に女の子は数名いたものの、俺は自分より強い相手にしか興味がなかったから、男しか見ていなかったのだ。
名前(男)さんは俺の家の道場に通っていた人で、同年代で誰より強い(と俺は思っている)人だった。
男しかいない環境で育った俺にとって、名前(男)さんを好きになるのは至極当然のことだった。
小さな頃からゆっくりゆっくり刷り込まれていったその感情はいつの間にかどんどん大きくなり、やがて俺を構成する一部分となる。

成長するにつれて、それが倫理的に社会的にタブーとされているということは学んだ。しかしその頃には名前(男)さんへの感情はすっかり完成されていたので今更変えることも出来ず、俺は日々満たされないものを感じながら鬱屈と過ごしていた。

そんなある日、転機が訪れた。名前(男)さんに告白された。

「……あのさ、俺、今からお前に縁切られても仕方ないこと言うから。」
「…何ですか?」
「俺さ、…若が好きなんだよね。」

落ち着かなそうに、手で髪をいじりながら、視線をどこかへ漂わせながら言った名前(男)さんに普段のカッコ良さは皆無だったけれども、叶うなんて全く思っていなかった俺の片思いは思わぬ形で幕を閉じた。

………それで終わればどんなにか幸せだろう。
俺は今幸せの絶頂、のはずなのだが。


名前(男)さんが全くカッコ良くなくなった。これは由々しき事態だ。
今まで俺にとっての名前(男)さんという存在は完成されていたひたすら輝いている存在だったが、名前(男)さんと付き合うようになってからそうでない部分ばかり目につく。
例えば、意外と偏食家だったり、部屋が散らかっていたり、グラビアアイドルの載っている本を全く隠さなかったり、ボタンの取れかけた服を気にせず着ていたり、と挙げていくとキリがない。今までの俺はこの人のどこを見てカッコ良いと思っていたのか、と本気で考えてしまう程だった。

「名前(男)さん、また散らかしたんですか?」
「悪い!俺片付けとかマジ苦手なんだ!」
「まぁいいですけど。捨てられたくないものは早めに言ってくださいね。」
「ごめんなさい。」

……と、この調子である。

名前(男)さんの部屋に遊びに行くと、まず部屋の片付けをしてしまう。部屋は綺麗にしろ、と小さい頃から口を酸っぱくして言われ続けていたせいだろうか。


そして、最近真剣に考えていることがある。このままでは、俺は名前(男)さんとやっていける自信がないという事だ。

名前(男)さんの部屋を片付けたあとは何をするでもなく、ただ雑誌を読んでいたり映画を見ていたりするだけ。これだったら片思いしている時の方がどんなに良かったか。

今日も今日とて、名前(男)さんが出した洗濯物を片付け、部屋に掃除機をかけ、まるで家政婦のようなことをしている。……俺が勝手にやっているだけなのだけれど、それでも虚しさを感じた。こんなつもりでは無かった。

はぁ、とため息を一つ吐いた。最近ため息ばかり吐いている気がする。
今日はもう帰ろうかと思って荷物をまとめていると、名前(男)さんが怪訝そうな顔で俺を見てきた。

「…若?何してんの?」
「帰ります。」
「え、何で?」
「…………俺、もうアンタとやってく自信がありません。」
「……え?」

名前(男)さんは一瞬固まってたけどすぐ我に返った。

「どういうこと?」
「………俺は、アンタの召し使いじゃない。」
「いや、……若?」
「…俺にはもう無理です。」
「ちょっと待てよ!」

立ち上がって玄関まで行ったところで名前(男)さんに腕を掴まれた。
振り払おうとしたものの、思った以上に強い力で掴まれていてどうにも出来ない。

「離してください。」
「いや、ちょっと待てよ。どうしたんだよ急に。」
「もうアンタに我慢出来ないって言ってるんです。」
「……え?」
「大体、いつも俺が……、」

文句を言おうとしたら、名前(男)さんが予想外の言葉を吐いた。

「…若、今まで俺に我慢してたの?何で?」
「は?!」
「え、だって俺等恋人同士でしょ?何で今まで文句の一つも言わなかったわけ?」
「……それは、アンタが、」
「俺何かしたっけ?」

……何だこの人。
何を言ってるんだ、この人は。

「もう名前(男)さんと価値観が違い過ぎるんです。このままじゃやってけない。」
「……え、価値観が違うのなんて当たり前じゃん。元々他人だったんだから。」
「…………。」

このままじゃ埒が開かないので、一度部屋に戻って名前(男)さんと話し合うことになった。


「いや、俺はさぁ。確かに若とは常識が違うなぁって思うけど、それは当たり前だとも思うよ?」

つーか、我慢って何。そんなんされても全然嬉しくねーよ。大体さ、カップルなんて元々他人なんだから、多少価値観の違いがあるもんでしょ?お互い妥協出来るトコ探して、それで落ち着くモンでしょ?俺ずっと若は掃除とか好きなんだと思ってたけど。

とまぁ、聞いてみればこんな話だった。
俺のしてたことって何なんだよ、とは思った。

「……でも確かに俺もちょっとやり過ぎたな。ごめん。俺ホントに片付けとかできねーんだ。若が嫌だって言うなら頑張るけど。」

名前(男)さんに顔を覗き込まれて思わず赤面する。

「……俺は、アンタに嫌われたくないんです。だから、…その……。」
「嫌いになんてなるわけねーだろ。大体俺が告白したのに。」
「……。」

名前(男)さんのその自信がどこから来るのかわからなかったけど、でも久々に名前(男)さんがカッコ良く見えた。

……俺は今まで、勝手に名前(男)さんのイメージを作って、勝手にその型に名前(男)さんを当て嵌めて、勝手に不満を抱いてたんだ。
何て嫌な奴。でもそんな俺でも名前(男)は好きだと言ってくれた。
………俺も、この人が好きだと思った。


END


「じゃ、一個決まりごとな。何かあったら腹に溜め込まないですぐ話すこと!」
「わかりました。じゃあまずグラビアの雑誌は片してください。あと部屋は最低床が見える状態をキープすること。それから嫌いなものも一口は食べること。」
「……もうちょい緩くなんねー…?」
「精一杯妥協してそれなんで。」







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