だから目を閉じる
海堂薫/女主シリアス
わたしは今日も、朝が来たことに絶望するのだ。
わたしの毎日はひたすら平穏を求める毎日だった。
変化をしてしまう事がとても怖い。
だから、変わらない日々を送ると言うのが毎日必死に生きているわたしの信条だった。
何でも息を吸って吐いたら終わる。
そうして全部やり過ごせばいい。
朝起きて、学校へ行き、帰ってくる。
特別なことが起きない日はわたしは驚くほど心が安定したし、何かイレギュラーなことが起きるとわたしの心はとても乱れた。
寝る前にはいつも朝なんて来ずにこのまま眠ってしまいたいと思う。
そして、また朝が来る。
わたしはまた、何も起きませんようにと祈りながら1日を過ごすのだ。
「苗字、今日お前日直だから頼むな。」
「はいわかりました。」
昼休み、先生にそう言われ、日誌を受け取った。
「海堂、お前もだからな。」
「…ッス…。」
そして、海堂、と先生が声を発した瞬間日誌を落とした。
海堂、薫。
彼はわたしにとって常に恐ろしい人物だった。
元々強面だが、それだけではない。
わたしは彼の傍にいると、どうしても穏やかでいられなかった。
友人に誘われて嫌々見に行ったテニスコートで、クラスでの姿からは想像もつかないほど熱い彼を見てから。
彼とは一年生からクラスが一緒の事もあり、わたしの数少ない男友達の一人だったが今では挨拶すらしない。
彼と目があってしまうと、言葉を交わしてしまうと、わたしは心の平穏を保てないのだ。
平穏を何より求めるわたしは、彼と出来るだけ接触しないでいるのが一番だったのだ。
「苗字?大丈夫か?」
「あ、うん、ごめん、大丈夫だから。」
たったこれだけの会話なのに声が震えてみっともない。
「じゃあ、授業で使う資料取りに行こうか。」
「あぁ。」
彼と連れ立って廊下を歩く。落ち着かない。
早く資料室に、早く、早く、早く。
「そんなに急がなくても大丈夫だろ。」
「え、そうかな、早い方がいいよね。」
「…あぁ。」
「アレ、マムシ。何してるんだよ。」
「…桃城。」
「女の子なんかつれちゃって、マムシのくせに隅に置けねぇな、置けねぇよ。」「日直の当番なだけだ。放っとけ。」
「へぇ、そうかよ。ねぇ名前何て言うの?」
「え、あ、苗字名前(女)です。」
「ん、名前(女)な!俺は桃城武。桃ちゃんでいいぜ。」
「桃城!」
非常に落ち着かない。
有名なテニス部の2年レギュラーじゃないか。
こんな人と知り合いになるなんて、今日は何と非日常。
早く帰りたい。
「怖いねぇ、そういう事?」
「桃城てめぇ…!」
海堂くんが何故こんなに怒っているかはわからなかったけれど、わたしはそれ以上に今日は何とついてない日なんだと思った。
「悪い苗字…。」
「別に海堂くんのせいじゃないし、不愉快でも無いよ。早く資料室行こうか。」
そう言ったら海堂くんはいつも以上に無口になってしまった。
資料室は明かりをつけても薄暗くて埃っぽく、なかなか目当ての資料が見つからなかった。
「こっちかな?」
「そこはもう探したけど無かった。」
「そっか、じゃあ、」
あっちかな?
そう言いかけた瞬間、不安定に積んであった資料室の一部が雪崩を起こした。
「危な…!」
「ぎゃっ!」
非常に色気の無い叫びと共に(きゃあ、なんて普通出ない!)海堂くんに引っ張られ、気付いたら抱きしめられる形で海堂くんの胸におさまっていた。
「大丈夫か、苗字。」
「う、ん。大丈夫。」
何これ、心臓がバクバクして止まらない。
怖い、…わたしどうなっちゃうの?
「放して!」
このままじゃ本当に心臓が危ないと思っていたら、つい海堂くんを突き飛ばしてしまった。
「あ…ごめんなさ…。」
「いや、こっちこそ、悪い。苗字が俺の事苦手なの知ってたのに…。」
「苦手ってわけじゃないんだけど、」
「じゃあ何で俺を避けてるんだよ。」
「…それは、」
「桃城には名前で呼ばれてるくせに、俺には挨拶すら返さねえじゃねぇか。」
違う、海堂くんが苦手なんじゃなくて、
「俺は、無口だし無愛想だ。だから苦手意識持たれやすいが、」
「違うの、違くて。」
「好きな奴にまで苦手意識持たれたくねーんだよ。」
「えっ…。」
今、何と?
「悪い、こんな事言うつもりじゃ無かったんだ。忘れてくれ。」
「違うの!」
「…何がだよ。」
「わたし、海堂くんがテニスしてるの見てから、海堂くんを見かけると落ち着かなくて、穏やかでいられなくて、怖くて、」
だから避けちゃって、ごめんなさい。
一気に捲し立てるように言ったら脱力してしまった。
海堂くんを見かけて落ち着かなくなる理由なんて一つしかない。
わかってたのに、変化を恐れるわたしはそれを認めたく無かっただけだ。
「苗字…。」
「だから、苦手とかじゃないの。わたしは、海堂くんが好きです。」
心臓はさっきから凄くうるさくて。
でも不思議と不愉快では無かった。
きっと決定的な何かが変化する。
でも、それは悪い方向へは変化しない、と思った。
End平穏を望むヒロインは変化を受け入れるようです。消化不良なところがあるから続編書くかもしれません。