心臓爆発3秒前

財前光/女主



俺は名前(女)さんが、好き。

中学に入学したばかりの頃、どうもこの校風に馴染めなかった俺を救ってくれたのは名前(女)さんやった。

たまたま朝寝坊して遅刻しそうになったときに、校門へダッシュしようとしたら先生が「そこの新入生!そこでボケや!」なんてアホな事言いよるから、一瞬思考と足が止まった。
(いきなり新入生に何させるんや!)

そのとき、

「今だ!犯人を追えー!」

後から叫び声が聞こえたかと思うと、婦警の格好をした女の人が俺を追いかけてきた。

「んな?!」
「逮捕しちゃうぞー!」

ものっそい勢いでとばして来よるから、反射的にダッシュで逃げた。

結果、俺は間に合って、その女の人は遅刻した。

「何で?!わたしもセーフでしょ!」
「お前はアウトや。…ちゅーか苗字、自分このペースで遅刻しとったら留年するで。」
「えぇー!じゃあ見逃して!お願い!」
「アカン、諦めぇ。」

「あ、あの俺は…。」
「おー自分はセーフやで。はよ教室行き。」
「いや、俺もアウトでいいッスわ。」

気づいたら勝手に口が動いてて、先生と女の人はぎょっとしたように俺を見た。

「自分、カッコえぇ奴やなぁ!ほんなら、コイツの男前度に敬意を表して苗字も今日は見逃したるわ!」
「さっすがー!先生もオットコマエー!」

何かようわからんけど、先生に見逃してもらえて機嫌がよくなったらしい女の人は俺に話しかけてきた。

「名前、何て言うの?」
「財前、光ッス」
「へーカッコイイね!わたし、苗字名前(女)って言うんだ。どーぞよろしく!」
「あ、ハイ。」

名前(女)さんは、小学生の時に東京から大阪に引越してきたのだと言った。

「その割には、めっちゃ標準語ですね。」
「あ、うん。つられそうになるけどさ、皆大阪弁だから逆に目立つじゃん?」

そう言って快活に笑う姿は可愛らしく、標準語は冷たく聞こえると決めつけていた自分がちょっと恥ずかしかった。

それから、少しずつ俺は四天宝寺中に馴染みはじめた。
名前(女)さんは学校でも有名なくらいはちゃめちゃな人で、人気者だった。
俺の教室まできて話すことも多かったし、あまり愛想の良くない俺に『冷静なツッコミキャラ』というポジションを与えてくれた。

でも、ある日。

「自分等、ホンマ夫婦漫才みたいやな。」

謙也さんが何気なくそう言った時に、俺は急激に心が冷めてしまった。

名前(女)さんが好き。
多分すっごく好き。

その感情は多分中学一年の時から俺に身についてしまっていた。

好きなだけで、名前(女)さんの笑う顔を見るだけで俺はとてつもなく幸せになれたのだ。
付き合いたい、デートしたい、キスしたい、セックスしたい。
その感情が俺には欠落していた。

見てるだけで、こんなに幸せになれるのに、付き合うたりしたら俺死ぬんとちゃう。

真剣にそんな事を考えていた。

そして、俺は名前(女)さんがどう俺を見ているか知らなかったのだ。

「何言うてはりますの謙也さん。俺と名前(女)さんはただの友達ですやん。」

俺がそう言ってしまった瞬間、空気が凍った。

「あ、はは、そうだよ謙也!」
「名前(女)!」
「ごめん、私帰るね。」

名前(女)さんはいきなり帰ってしまった。

「財前、自分ホンマにそう思っとるん?」

諭すように部長に言われた。

「え、先輩後輩やのに、友達ってあきまへんでしたか。」
「アホ!何言うてん!」
「謙也、自分は黙っとき。」

わからない。何故名前(女)さんがあんなに悲しそうな顔をしたのか。

「…名前(女)の事、嫌いやないんだったら、追いかけてやり。」

部長に言われた瞬間、俺はすぐさま名前(女)さんを追いかけた。
(我ながら、浪速のスピードスター並に良いダッシュやったわ)

「名前(女)さん!」
「…財前、ごめ、何でもないから。」
「何謝ってるん。」
「ごめんね、私、財前が好きなんだ。」

ほぼ泣きながら、名前(女)さんは俺にそう言った。

え、名前(女)さんが、俺を好き?

「財前は、ただのやかましい先輩としか思ってないと思うんだけど、私は、」
財前の事がずっと好きだった。
財前と付き合えたらいいなってずっと思ってた。

名前(女)さんに告白された俺は、どうしていいかわからなくなってしまった。

「ごめん、迷惑なのはわかるんだけど、財前の気持ちが知りたい。」
「俺は……」

名前(女)さんが好き。
でも、付き合いたいとかは考えた事もなかった。

そう素直に告げると、名前(女)さんは困ったような顔をしていた。

…そら、好きだけど付き合いたいたくはないって言われたら困るわな。

「名前(女)さんを見てるだけで、俺はええんです。せやから、そっから先の事は考えたことがなかったんです。」
「見てるだけでいいって、どういう事?」
「見てるだけでめっちゃ幸せになるんです。名前(女)さんに触ったりしたら、俺死ぬかもしれへん。」

言った瞬間に名前(女)さんは俺の手を掴んだ。

「死なないじゃん。」
「例え話ッスわ。」

死にはしなかったけれどじわじわ手があつくなってきて、心臓はめちゃめちゃうるさくて、死にそう。

「名前(女)さん、離し、」
「見てるのが凄ーく幸せなら、触ったらもっと幸せになれるんじゃないの?」
「せやから、俺は、」
「好きだよ。」

その言葉を言われた瞬間に、どうしようもなくなって、何も考えず、気づいたら名前(女)さんを抱き締めていた。

………死にそう。

「ざいぜ、」
「アカンわ。」
「…何が?」
「…このまま離したくない。」

触ったら死ぬとか言っておいて何やねんって自分でも思ったけど、正直な感想だった。

「名前(女)さん、好きッスわ。どうしようもないくらい。」

名前(女)さんはクスクスと笑った。

「うん、私も好き。」

それだけで俺はまた凄く幸せになれた。

見てるだけでめっちゃ幸せにしてくれる名前(女)さんは、触ったらもっと幸せにさせてくれた。

「ね、財前、キスしたい。」
「…それはアカン。」
「何でよー!」
「そないな事したら、ホンマに死にそう。」

…でも、当分これだけでええな。
心臓がもたへんわ。


End


「じゃーいいよ、私からする。死なないか試してみようか。」
「ホンマにあきまへんて!」






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