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とうとう文化祭の日だ。
海原祭一日目。この日は一般公開はせず、生徒のみが参加できる日だ。
朝練と同じくらいの時間に家を出た。名前(男)のマンションの前まで行くと名前(男)は既にロビーに座っているのが見えた。
「おはよ。」
「おはよー。」
何か新鮮だ。朝早くに名前(男)といるなんて。
「朝行ってやることあんの?」
「仕込みとか着替えとか?」
「あー、なるほど。隠し撮りには気をつけろよ。」
「…今日と明日はもう諦めるよ。」
「そのほうがいいかもなー…。ま、せいぜいカッコ良く写れよ。」
「はー…。」
「ま、頑張れよ。」
「うん。」
名前(男)はなんだかんだで楽しそうだった。クラスの奴等と協力して何かをする、っていうのが名前(男)にはなかなか無かったからだろう。
「んで、働くばっかじゃなくてちゃんと遊ぼうな。大人数で回るのも悪くないし。」
「うん。」
そんでもって、楽しみなのは名前(男)だけじゃない。もちろん俺もめちゃくちゃ楽しみだった。
学校に着くと既に実行委員や他のクラスメートも何人か来ていた。
皆で料理の仕込みをしていく。名前(男)はやっぱり手際が良くて、んでもって集中して作業をしている姿は絵になっていた。
名前(男)と俺は1時くらいまでずっとシフトが入っている。
クラスのウェイトレス役の女子が次々と着替えていったのを見て名前(男)も慌てて着替えに行った。
戻ってきた名前(男)はやっぱりめちゃくちゃカッコ良かったけど俺を見ると苦笑いしていた。
「絶対汚しちゃうと思うんだけど。」
「気にすんなよ。カッコイイし。」
「ありがと。じゃ、頑張ろう。」
……と、ここまでは良かったんだ。
文化祭開会の合図と共に、もうあり得ないほど忙しくなった。
口コミで俺等のクラスはかなり評判になっていたらしくて、いっせいに人がやってくる。
教室内は常にいっぱいで、持ち帰りとかもあるから目が回るくらい忙しかった。名前(男)は更に苦手な女子の歓声を浴び続けている。きっと体力も精神力も消耗し続けていることだろう。
あ、ちなみに俺は料理を手伝う方に入っていた。…名前(男)の希望である。マスク着用義務があるからめちゃくちゃ暑苦しい。
マンゴープリンが一つ
杏仁豆腐が一つ
肉マン暖めて
小籠包入りましたー
一つひとつ丁寧にでも手早くこなすのは割と難しかったけど、元々自分でも集中力はある方だと思うし、体力も自信がある。
「何つか、火を制する料理人って感じだな…!」
「…赤也、バカなことを言ってないで手を動かして。」
「どうもすいませんでしたー。」
調子に乗って鍋を揺すっていたら名前(男)に怒られた。すげー暑そう。汗が輝くのはイケメンの特権だよな。
低くなった仕切りの外側を見ると女子が何人かでこちらを見ていた。その中の一人が携帯のカメラをこっちに向けていたのを見て無性に腹が立った。
「ちょっとお客様ー、店内での撮影はご遠慮くださいよー。」
わざと大きな声で言ってやると言われた女のコは顔を真っ赤にして出ていった。ふん。ざまぁみろ。
「赤也、そんな言い方良くないでしょ。」
「でもむかつかね?」
「………まぁ、ありがと。」
午前中は常に超満員で終わった。これ明日どうなるんだ俺。死ぬのか、と少し本気で考えた。
一時間経つ頃にはくたくたになっていた。そんで二時間経過したあたりで手が痺れてきたけど、お客さんはどんどん増える。
午後になってシフトから外れる頃には半分死人みたいな顔をしていたと思う。
名前(男)は一度制服に着替えたがっていたけど、そのままの格好を義務付けられた。
「汗掻いてるのに……。」
「まぁ宣伝になるしな。さっさと皆と合流しちゃおうぜ。」
「ちょっと休憩取らせて…。」
名前(男)は俺以上にぐったりしていた。帰宅部ドンマイだな。
人があんまいないところってことで図書室に行った。担当の人が一人カウンターで寝ていたので奥の人目につかないところへ行く。
「あー疲れた…。」
「体力ねぇなー。」
「赤也と一緒にしないでよ…、うー暑い。」
ぐったりと机に突っ伏す名前(男)は確かに汗で髪が濡れていた。
何となく、触ってみたくなって名前(男)の髪の生え際から流すように撫でてみた。しっとりと濡れた髪はサラサラしている。
「……何してんの。」
「何となく。」
名前(男)はしばらく俺にされるがままになっていたけど、少しして身体を起き上がらせた。
「名前(男)も汗臭くなるんだ。」
「人間だもの。」
「みつをか!」
「赤也も汗掻いてんね。」
確かに名前(男)は汗臭かったけど、何となくこの匂いは嫌いではない。
「……何かやばいかも。」
名前(男)がボソッと呟いた。
「やばいって何が。」「赤也の汗の匂い、好き。」
「気色悪いこと言うな…!」
まさかの匂いフェチ。勘弁してくれ。
「赤也………、」
「…ハイ休憩終わり!皆と合流すんぞ!」
変な雰囲気を作られる前に打ち切った。こんなとこでそんな声を出すなバカ。
END