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「切原、看板どんくらい終わってる?」
「大部分は終わったけど、絵の細かいトコが俺等には描けねーからちょっと女子何人か派遣してくれるか?」
「りょーかいー。」
看板の絵の仕上げは俺にも鮎川にも出来ないから絵が上手い美術部の女子に任せることになった。
女子って手先器用だよなーと思いながら綺麗に色がついていく看板を見る。
「こっちのが淡い色だから先に塗っちゃおうか。」
「この辺色ムラあるから消しちゃうね。」
「ここって何色?原画見せてくれる?」
………うん、俺には未知の世界だと思っていたら、女子がパレットとバケツを持って洗い場に行くのが見えた。
「高崎、それ代わろっか?洗うくらいなら俺にも出来んだろ。」
「えっ、あっ、ありがとう…。」
………おお…。
美術部の子は普段あんまり喋らないから、こうして遠慮がちに対応されるのは何となく新鮮だ。
いつも、オメーバカじゃね?!とか言って背中をばんばん叩いてくるような女子ばっかと話してるからな、うん。
「あ、じゃあ切原くん、こっちもお願いしていい?」
「おう大丈夫ー。」
看板とにらめっこしていた女子がパレットを渡してきた。
「けっこう多いからわたしも手伝うよ。」
「マジ?悪いな。」
高崎と並んで水道でパレットを洗う。外の階段下の水道は人気が無かった。
……会話が無い。女子って何話せばいいんだ?
「切原くんってさ、」
と、向こうから話を振ってきてくれた。感謝。
「何?」
「名前(男)と仲良い、よね。」
「あー、最近な。………名前(男)?」
ん?何だコレ。名前(男)は名前(男)だけど何か違和感がある。
……あぁ、呼び名か。名前(男)のことを名前(男)って呼んだのか。
「あ、あのわたし小学校名前(男)と同じだったの。」
「え、マジ?アイツ引越してきたんじゃなかったっけ?」
「うん。わたしも小学生の時こっち越してきて…。」
「へー、いつ?」
「わたしは6年生の初め。」
「ふーん……。」
じゃあ高崎は小学生の時の名前(男)を知ってんのか。
あぁ、じゃあ気になってたことがあったんだ。
「…名前(男)がさ、」
「うん。」
「仲良かった女のコに告白されて、振ったら無視されるようになったって言ってたんだけどそれって高崎?」
「ち、違うよ!…可愛いけど気が強い子がいて、名前(男)のこと好きだったみたい。」
「へー……。」
「名前(男)ってその辺から少し変になっちゃったんだよね。元々大人しかったけどよく笑う人だったのに、無表情になったって言うか……。」
なるほど、名前(男)が男しか好きになれなくて悩んでた時期だな多分。
「家でも色々あったんだろ?」
「みたい。いきなり『俺もうだめ。今から女のコになる』って言われた時には全力で止めたけど。」
「アハハ、何だそりゃ。」
……多分それは半分くらい本気なんだろうな。
「って言うか、高崎って名前(男)とけっこう仲良かった?」
「え?」
「同じクラスだっただけにしちゃ詳しいなと思って。」
「……まぁまぁ、かな。名前(男)もわたしも天体観測好きだったから、夜によく見に行ったりプラネタリウム行ったりしてたよ。」
「ふーん。」
高崎ってもしかして、名前(男)が前言ってた「今は全然話さない」「仲の良かった子」なんじゃないだろうか。
高崎はニコッと笑った。
地味な顔立ちだと思ってたけど、笑うと可愛い。
「でも、最近切原くんと仲良くなってから名前(男)変わったもん。良かったなって思ってたんだよ。」
「なら良かった。俺も、名前(男)と居んの嫌いじゃねーし。」
何故か胸がチクッと痛んだ。
名前(男)は女のコを好きになれない。これは知ってる。
名前(男)は俺が好き。これも知ってる。
でも、名前(男)の過去とか、名前(男)が一番苦しんだ時期とかは知らない。高崎は全部知ってる。
気の強い子が原因で女のコがダメになったとしたら、高崎みたいな子なら…いや、高崎なら大丈夫なんじゃねーの?仲良かったんだろ?
「……切原くん?」
高崎は自分の方が名前(男)をよく知ってることをアピールしたわけではない。ただ友人として名前(男)を心配していただけだと思うのに、何でか嫉妬した。
「わり、ちょっとぼーっとしてた。」
ペンキがこびりついてなかなか取れないパレットを洗うことに集中したフリをした。
「あ、いたいた。赤也ー。」
名前(男)が階段を降りてきた。手にはお盆を持っている。
「ん?名前(男)どーしたそれ。くれんの?」
「そ。味見してくれる?」
看板で作業中の女のコにも差し入れるんだろう。お盆には小さい器に入った杏仁豆腐がいくつか乗っていた。
「ハイ、クロ。」
「ありがと。」
名前(男)は高崎に杏仁豆腐を渡した。
「…クロって何だよ…。」
「高崎のあだ名。」
「名前(男)、その呼び方で呼ぶの名前(男)だけだからあだ名って言わないよ。」
「…何でクロ?」
「わたしの前の苗字が黒田だから。小学生の時両親が離婚したんだ。」
「名前(男)…、そのあだ名で呼び続けるのってどーなの?」
「だって今更高崎とか呼べないし。」
「じゃ、これ皆に届けとくね。切原くんもあと女のコだけで出来る作業だから教室戻ってて平気だよ。運ぶときは呼ぶかもだけど。」
クロ……高崎は片手にお盆、もう片手にパレットとバケツを持って看板のとこに戻って行った。
「クロから俺の話聞いたの?」
「まぁな。名前(男)の仲良かった子って高崎だろ?」
「うん。」
――クロ。
――名前(男)。
しばらく話してないと言われても、親密な雰囲気で呼び合う二人の間には俺が知らない時間が流れてる。何となく悔しかった。
「赤也今日何時に帰る?」
「んー、周りに合わせるかな。」
「今日は俺の家来る?って言うか、来て。」
「えー、疲れてんだけど。」
「お願い、ちょっとでいいから。」
お願いされると弱い。んで、まぁ悪い気はしないからOKした。
「って言うか杏仁豆腐美味い。」
「ホントに?良かった。」
End