彼と彼



赤也の様子がおかしい。最近の赤也は妙にそわそわしている。原因は恐らく、―――。

苗字名前(男)のことを知ったのは昨年のことだ。図書委員だった彼から本を借りたことが何度かある。
所謂「イケメン」に分類されるであろう彼はやがて女子の目に止まり、彼の担当する曜日は女子生徒の利用が増えた。本を読みに来た一般生徒や彼自身が迷惑そうにしているというのに集団の力は恐ろしい。たまりかねてついにこう言ってしまった。

「少し静かにしろ。一般生徒の迷惑だ。」

あまり嫌味にならない口調を心がけたのだが、それでも多少乱暴な口調になったことは認める。だが効果は大きかった。女子の騒ぐ声がピタリと止み、やがて彼女達は図書室から出ていった。

昼休みが終わる頃になって、苗字名前(男)が声をかけて来た。

「あの、…ありがとうございました。」

今まで本の受付で必要事項しか話したことが無かったので、こうして表情のある彼を見るのは初めてだった。まだあどけないと言ってもいいほど幼く見えた彼はそれでも整った顔をしていた。

「…図書委員なら少しは注意したらどうなんだ。」
「したんですけど、…女のコ達って怖くて。」
「確かにそうだな…。」

初めてまともに会話をした時に、彼は存外真面目な性格であることに気付いた。ついでにずっと気になっていた事を尋ねる。

「本が好きなのか?」

彼は当番以外の日にもよく図書室へ来て本を読んでいた。

「はい。先輩も好きですよね?」
「あぁ。本は良いな。」

静かに親交が始まった瞬間だった。彼の真面目な姿に好感を抱いた。
こっそり本を取り置きしてもらったり、お勧めの本を貸し借りしたり。決して図書室以外で話すことは無かったが、それでも自分には珍しいタイプの友人が出来たことが正直、嬉しかった。

彼が図書委員の当番の日に図書室に向かうと小林透子がいた。
彼女とは同じクラスなので俺は彼女がどんな性格なのか大体把握していた。事実彼女は苗字に媚びるような態度を取り続けていた。

付き合うことになった、と苗字は言った。他人の決めたことに口出しをする権利は無いが、行く末が想像出来るカップルだった。


部室で丸井が騒いでいた。

「どうした?」
「あ!柳確か小林さんと同じクラスだよな!苗字名前(男)と小林さんが付き合い出したってマジ?!」
「そのようだな。」
「マジかよー!俺狙ってたのに!」

苗字くん許すまじ!と叫んでいた丸井が部室に入って来た赤也に絡みだした。

「赤也ー!苗字くんの弱点教えてくれよー!」
「苗字?誰スか。」
「は?!知らねーの?!あのイケメンの!」
「あー……何か女子が騒いでたかも。興味無いスけど。」

さっさと着替えを始める赤也は本当に苗字に興味が無いようだった。


何故今そんなことを思い出したのかというと、苗字と赤也は最近とても仲が良いからだ。
俺の知っている苗字は赤也と性格が合うようには見えなかった。彼は静かな生活を望む人だと思っていた。
しかし実際、苗字と赤也は仲良くなっている。
何があったのかはわからないが、興味が引かれた。

観察していて気付いたことがある。
まず赤也は苗字が気になって仕方ないようだ、ということだ。その理由は察しがつく。苗字はあの年齢にしては落ち着き過ぎている。女子に人気があるが女子と親交を深めることは殆ど無い。異性の動向が気になって仕方ない赤也には理解出来ないだろう。
そして、……次が問題なのだが、苗字は赤也を特別な目で見ているということだ。
同性愛者は別に珍しいものではない。この年齢の人間はふとした瞬間に同性愛を感じることがあると書かれた本を読んだこともある。
苗字に詳しく聞いたことはないので推測だが、苗字は女性関連で何かしらのトラウマがあるのだろう。
二人の行く末がどうなるのか、俺は好奇の目で観察していたのだ。

赤也の変化は著しかった。日を追うごとに様子が変わっていく。何か思い詰めているような表情になったり、上の空でいることが多くなった。

何かあったらすぐ俺や他のレギュラーを頼る赤也が一人で考え込んでいるというのは些かショックではあったが、問題が問題だけに仕方ないだろう。


「久方ぶりだな。」

昼休みの図書室。苗字は必ずここにいる。苗字の前の椅子に座って声をかけると、苗字は少し笑って返事をした。

「あ、どうも。お久しぶりです。」

昨年よりずっと穏やかになったその表情は恐らく赤也の影響があるのだろう。

「少し話さないか?」

苗字はこくんと頷き、俺と連れ立って図書室を出た。
俺と苗字はどこへ行ってもやはり目立つので部室へ案内した。普段ならば自主練習をしている部員がいるが、今日は雨が降っているので行くならばトレーニングルームだろう。

「赤也が世話になっているらしいな。」
「いえ、そんなこと……、」

苗字の表情が僅かに固くなった。何を言われるか察したらしい。

「そう構えなくても、苗字と赤也のことをとやかく言うつもりは無いから安心しろ。」
「…そう、ですか。」
「しかし、聞きたいことがある。」
「何ですか?」
「赤也をどうしたいんだ?」

不躾な質問だとは思った。苗字はムッとしたように俺を見る。

「……どうしたいとかは、思ってません。ただ、俺が勝手に赤也を好きなだけですから。」
「…そうか。」

それは果たして本音なのか、それとも嘘なのか。予想することは簡単だが、俺は敢えてそうしなかった。

「赤也を頼むぞ。」

赤也は苗字とうまくやっていけるだろう。
普段の二人の様子を見てそう思った。

苗字と仲良くなってから、精神的にずっと安定した赤也。
赤也と仲良くなってから、人間らしい表情になった苗字。

「……はい。」

静かな、しかし決意の籠った苗字の目は美しかった。


End







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