始まりの始まり



たとえばの話だけども。
もしいまここであたしが死んでもこの世は何も変わらないわけで、つまり何が言いたいかっていうと、

「落ちたら死ぬで?」

屋上の柵の外側っていう一歩大きく前進したら死まっしぐらな場所に立っている千歳千里に声をかけた。

「落ちないから。」

振り向いてそう笑う千歳は自分がどんな危ないことをしているか自覚していないようだった。そもそも屋上は立ち入り禁止…、いやこの場合あたしも屋上に立ち入ってるわけだから黙っていよう。

千歳千里はつかみどころのない人間だった。
4月に転校してきたかと思うと、全国大会常連、優勝候補の我等が男子テニス部であっさりレギュラーになってしまった。さらに部活は気が向いた時しか出ないのにあまり文句を言われない。強さが全ての世界だもんなぁと思っていたら何と片目の治療中。言えよ、あたしに。と密かに思ったり、思わなかったり。

そんなあたしはそのテニス部のマネージャーだ。
自分、暇そうやなぁ。せや、今日から自分マネージャーな。と、あのチューリップハットのおっさんに任命された日から。

千歳と仲が悪いわけでは無かったけど良いわけでもなかった。他の部員と分け隔てなく接してるつもりだ。
…まぁ、少しだけおやつを多くしたり(身体が大きいからという大義名分の下)、怪我したときに丁寧に治療したり(大阪人じゃないんから手荒い治療に慣れてないんだからという大義名分の下)と贔屓してたりする。
何でかって言うとあたしは千歳のふわふわしたところが好きだからだ。彼は自由の象徴のようだ、なんて柄にも無く思っていた。

「名前(女)、」

不意に名前を呼ばれた。
…はて、千歳はあたしを名前で呼んでいただろうか。確か苗字って呼んでた気がするんだけど。

「……って読んでもよか?」
「あぁ、ええよ。皆名前で呼ぶしなぁ。」
「………名前(女)。」
「んー?」
「呼んだだけたい。」
「何やそれ。」

ドキッとした。千歳の笑顔はとても綺麗なのだ。

千歳は何かを考えるようにうんうん唸っていたが、やがてあたしに向き直って言った。

「ずっと気になっちょったんやけど、……白石と付き合うとると?」
「へ?」
「仲ええけん、そうなんじゃなかね?」
「アハハ、白石があたしなんか相手にするワケ無いやん。」
「ほんなこつ?付き合っちょらんと?」
「もちろん。」
「………嬉しかー。」

千歳はホッとしたように笑った。


……え、何で。
あたしと白石が付き合ってなくて何で千歳が喜ぶんだ。
…もしかして、千歳って、

「白石が好きなんか?!」
「なしてそっちば行くとね!」
「え、ちゃうん?」
「違う。」
「………じゃああたしが好きとか?」

アハハてめえ調子乗るなよ☆って感じのリアクションを期待していたんだけど、千歳が言った言葉は、

「ビンゴ。」

だった。

「ずっと言いたかったばい。なぁ名前(女)、俺と付き合うて。」
「ええ?!ホンマに?!ちゅーか知り合ったん2ヶ月前やん!」
「…去年全国の会場で見た。」
「………。」

顔がどんどん赤くなって行く。千歳とまさかの両思いだった。信じられない。

「…名前(女)、そげん顔ばされっと…、……期待しても、よか?」
「え、ええよ。」

何か、何か。
こんなドラマチックな展開、聞いて無いよ。

「お、」
「え?!」

柵の外側に立っていた千歳がバランスを崩した。

ぐらりと揺れる長身を慌てて掴もうとして手を伸ばすと、グイッと身体が引き寄せられて、抱き締められた。

「……好き、だよ。あたし千歳が好き。」
「うん、俺も名前(女)を好いとう。」

あたしがたくさんたくさん悩んでたくさんたくさん幸せになる話はここから始まったわけだ。


END







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