黒と白の駆け引き



黒いワンピースが好きだ。

もちろん着たいとかそういう願望があるわけでは無い。(全く無いとも言い切れないが)
ただ黒いワンピースが好きだった。ひたすら綺麗だと思えるからだ。
まず肩は緩やかに出るのがいい。鎖骨は見えるか見えないかギリギリのところ。腰のあたりはしまっていて、ラインが美しく見えるのがいい。それから長さは膝くらいが上品だと思う。背中はチャックがついていて自分一人では着れない方がいい。上にホックなんかがついてたら尚いい。着る人は色白の方が黒と白の対比が際立つ。
それから、それから。

「喪服じゃねーか。」
「喪服でもいいんです。」

跡部サマにはその美しさがわからないらしい。

「喪服なんか撮って何がしたいんだ。」
「愛でたいですねぇ。」
「気色悪い。」
「ひっどいなぁ。ってわけで、先輩着てくれます?」
「死んでもご免だな。」
「先輩が死んだら俺がそれ着てお葬式行きますね。」
「絶対に来るな。」

跡部サマとはひょんなことからこうしておしゃべりする仲になった。写真を撮るという名目だったけど、写真を実際に撮ったことは殆ど無い。ただ跡部サマに話をするだけだった。元々俺は人物は女のコ専門で、男に食指が動かないからだ。跡部サマが女装とかしてくれたら話は別なんだけど。

「お前ホント気持ち悪い。」
「いやぁそれほどでも。」
「誉めてねーよ。」

眉をひそめたその顔も美しいとは思う。笑った顔や怒った顔も美形なんだけど、こういう何とも言えない表情まで絵になる人はなかなかいないよなぁ。

「で、その気持ち悪い名前(男)くんが俺に何の用だ。」
「いーえ特に何も。」
「嘘つけ。」

普段は跡部サマからお呼びだしを受けることが多いけど、今回に限っては俺が跡部サマを呼んだ。

「あの二人、別れたらしいですよ。」

どの二人だ、とは聞かれなかった。誰と誰を指しているかわかったらしい。

「…で、だから何だ?」
「ただの報告です。そんで、こっからは俺の独り言なんで聞いても聞かなくてもいいんですけど。」

あるところに一組のカップルがありました。二人はお互いを尊重しあい、深く深く愛し合っていました。しかし二人は大きな問題を抱えていたのです。それは同性であるということ。
二人にとって何の障害にもならなかったその問題はしかし二人の親にとっては大きな大きな問題でした。そのうち片方の親は日本で有名な大会社を経営していたからです。同じくらいの規模の会社のご子息と交際していたはずが何故同性などと付き合っているのか、と。
とてもとても怒ったご両親は、相手方の女のコを脅して無理矢理別れさせました。二人はあんなに深く思い合っているのに、彼女の心はズタズタですよ。喪服の花嫁って知ってますか。彼女ほど今黒いワンピースが似合う女性もいないでしょうねぇ。全く、ひどい話があったもんですねぇ。ちゃんちゃん。


「……だから何だよ。」
「跡部サマに復縁のご依頼が来ませんでしたか?そして跡部サマは彼女を受け入れませんでしたか?」
「………。」
「沈黙は肯定ですよ。相手の女のコはまだ別の子を想っているのに、跡部サマと付き合わなきゃいけないなんてかわいそうな話ですよねぇ。でもそんな脱け殻を愛している跡部サマもかわいそうですねぇ。」

跡部サマの眉間の皺がみるみる深くなる。殴り付けたい怒鳴りたい、そんな衝動を押さえているような表情だった。
あぁこの人は今こんなにも綺麗。今この瞬間、初めて俺はこの人をレンズに収めたいと思った。

「…俺に、どうしろって言うんだよ。」
「別にー。跡部サマのお好きなようにしてくださいよ。どんな形であれ復縁を願ったのは彼女なんですから。」
「俺は!…俺はどうしたらいいんだよ。」
「……こっからも俺の独り言なんですけど、…ホントに好きなら逃してあげればいいじゃん。」
「……そうだな。」

跡部サマの表情が和らいだ。あれ、予想外。今度こそぶん殴られるかと思ったのに。

「…お前も、アイツが好きだったのか?」
「正確にはアイツ『等』ですかね。」
「…そうか。」

跡部サマはおもむろに立ち上がるとどこかに電話を掛けはじめた。―――勝った、と反射的に思った。彼女達はこれで自由だ。俺はまた彼女達の美しい表情を見ることが出来る。しかも、今度は更に憂いを帯びた美しい表情の彼女達をだ。喜びに身体が震えた。

思わず自分の身体を抱き締めたくなる衝動に駆られていると、跡部サマが目の前に立っているのに気付いた。

あれ、やっぱり殴られるかな、と思って見上げていると、跡部サマは俺の唇に唇を寄せてきた。

「…あれ、何で?」
「ただしたくなっただけだ。」

しれっと答える跡部サマの表情はまたいつもとは違う、美しい表情だった。


END







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