かなしいおとこ

跡部景吾/ダーク



俺は、アイツが好きだ。


アイツは優しかった。
いつでも傍にいてくれて、俺を愛してくれていた。
俺の寂しさを埋めてくれたのはアイツだった。

それなのに。

『跡部、俺、彼女出来たよ。』
『え?そんな反応するなよ!俺だって彼女くらい…』
『うん、本気で、好きなんだ。』

アイツは俺ではない奴を愛したのだ。

はにかんで笑っていたアイツはとても愛しかったが、とても憎かった。

だから、俺が壊した。

アイツに彼女が出来る度に声をかけ、
あんな奴より俺にしろよと言えば簡単に言うことを聞いた。

…アイツへの気持ちは、その程度か。

次第に、アイツも何かが変だと気付いたのだろう。
俺に彼女を紹介しなくなり、俺と疎遠になろうとした。

しかしアイツは優しい。
俺を捨てられなかった。

『跡部、俺、彼女出来たよ。』
『うん、今回は、本気なんだ。』
『彼女の事、本気で好きだから。』

新しい女を連れてきた時も、今までと変わらないと思った。
今度の女は非常に我が儘で、浮気を繰り返していたらしいが、アイツは別れようとはしなかった。

…まさか、今回は、本気で…。

アイツの彼女が浮気をしたと知った時に別れは確実だろうと思ったから手は出さなかったが、本気となれば話は別だ。

…本気で、引き離してやる。

その女は掴み所がないと思っていたが、簡単に誘いに乗ってきた。
しかしただのバカ女ではなかった。

『彼と、別れたの。』

そう告げてきたのでいつものように、そうかもうお前に用は無いから帰れと言った。
普通の女なら、ひどいと言って泣き出すか逆上して手をあげてくるが。

そいつは、そうわかったと言っただけだった。


そいつは、彼に愛されたいなら彼を愛さない事だと言った。

アイツを愛さないなんて、出来るわけがない。
ずっと愛していたのだ。
もはや呼吸するのと同じ、して当たり前の事だった。
しなければ生きていけないほど、の。

すると、俺は一生アイツに愛されないのか。
俺にはアイツしかいないのに、アイツは俺を愛してはくれないのか。


その晩、アイツに呼び出された。

「ねぇ跡部。俺振られちゃった。」
「…そうかよ。」
「アンタといるの耐えられないだって。」
「……そうかよ。」

コイツが俺にそういった話をしてくるのは初めてだったので、正直戸惑った。

「今まではさ、皆『跡部が好きだから』って言ってたんだよね。…今回はさ、俺自身を否定されたんだ。何で、かなぁ。」
「んなの、俺が知るかよ。」

あの女は、コイツを愛していたのだろうか。

いや、愛していないだろう。
あの女は言った。

彼に愛されたければ彼を愛さない事。


「お前は、あの女に愛されてたと思うか。」
「…いや、思わない。」
「愛されてなかったなら、振られて当然だろ。」
「…そ、うだね。」

ああどの口が物を言う。
コイツが愛される事に怯えるのは、俺が悪いと言うのに。

「俺、こんなんじゃ誰とも恋愛出来ないな、そうだろ跡部?」
「……ッ。」

俺がいるのに。
お前をずっと見てきたのに。
お前は気付いてるんだろ、俺の気持ちに。
俺はお前しか見てないのだから、お前が俺を愛せばいいのに。

「悪いな、夜に呼び出して。んじゃあ。」
「……あぁ。」

悲しい。
哀しい。
それでも、俺はコイツを追いかける事をやめられない。


だって、俺は、かなしいおとこ。

End






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